76.漸減邀撃作戦③
敵の数が20名になり、彼我の距離が10mを切ったところで、白兵戦に移行した。
手始めに右方向から紅が薙刀で突入し、敵を薙ぎ払う。
一瞬遅れて後方から黒が、左方向から白が敵に斬りかかる。二人の獲物は小太刀。黒は二刀流だ。
素早い動きで局所的に一対一の状況を作り出し、相手の腕を刈って無力化していく。
あっという間に敵が半減した。
遅ればせながら、俺も参戦する。
俺の獲物は長巻。
紅の獲物である薙刀が柄の長さ六尺(約180㎝)に刀身が二尺(約60㎝)の長柄武器に分類されるのに対し、俺の長巻はあくまで刀剣に分類される。刀身は三尺(約90㎝)、そこに三尺の柄が付くから、重心がほぼ中央に位置し、ただの長い剣に比べ振るいやすくなっている。西洋でいうツヴァイヘンダーに近い。
その長巻を振るい、遠心力を生かした重い斬撃で、受けようとした太刀ごと斬り伏せる。
3人倒したところで、とうとう総大将の佐伯と斬り結ぶことになった。
数合の打ち合いの後、鍔迫り合いのまま停滞する。
その間に紅と黒、白が一名ずつ討ち果たし、佐伯が最後の一人となった。
鍔迫り合いのまま、佐伯が荒い息を殺しながら話しかけてきた。
「まさか……まさかこれほどとはな……酒など勧めず、あの場で殺しておけばよかったか……」
「いや、あの場で殺し合いになっていても結果は変わらんかっただろうよ」
「そうか……そうかもしれんな。俺はどこで間違えた?何をしたらお前に勝てたのだ」
「そもそも俺の里を襲ったことが間違いだったな。最初の襲撃の後、弥太郎が警告しただろう」
「ちっ……そもそもあの攻撃はなんだ。一瞬で盾が割れ足軽の頭が吹き飛んだあの攻撃は、矢によるものではないな」
「ああ。銃という。じきに蒙古軍が襲来すれば、お前たちも目にするかもしれないな」
いや、蒙古軍が使っていたのは『てつはう』という手投げ弾発射機、元の世界での擲弾筒のようなものだったか。
「蒙古軍だと……貴様まさか蒙古の先兵か!」
「あほか!先兵だったらもっと大人しくしてるわ!」
一瞬の沈黙の後に、佐伯が突然笑い出した。
双方込めていた力が抜け、自然に刀を下げる。
「いやあ負けだ負け!お前の勝ちだ。別に勝ちを譲るわけではないぞ。お前を討ったところで、俺の配下は全滅だ。今更博多にも領地にも戻れん。俺を斬れ!」
佐伯が地面に腰を下ろし、どっかりと胡坐を掻いて言う。
「斬れと言われてもなあ……とりあえず息があるものを助けてもいいか?」
「なんだ、お前本当に助けてくれるのか。あいつらが言っていたのは嘘や方便ではないのか……」
「まあ見てろ。紅、黒、白、頼む」
「あいよ~」
紅が応え、とりあえず手近なところから負傷者を集め始める。
3日目に戦った主戦場は大隈の集落から里までの間の約1㎞、その間に150人の敵が倒れている。
負傷者の多くは矢がバイタルポイントをずれて肩や腹に刺さった者だ。馬に蹴られた者、そして黒や白に腕を刈られ無力化された者がまだ生きている。矢が直撃した者と銃で撃たれた者、紅や俺に斬られた者は残念ながら息絶えていた。
集められた負傷者をまとめて緑の精霊で包み、一気に治療する。
土気色の肌に紅が差し、傷が癒えていく様を、佐伯が不思議そうに見ている。
「なんと面妖な……これが陰陽の術か……」
まあそういうことにしておこう。
「黒、白、廃寺に残してきた者たちの様子はわかるか?」
「もちろん。死者の埋葬を済ませて、ぼーっとしている」
「そうか。ひとっ飛びして連れてきてくれ。あと弥太郎もな。あと黒、竹筒に入ったアレあるか?」
「タケル?連れてくる時、門を使ってもいい?あとアレってこれのこと?とりあえず10本置いていく」
門は使っても構わないが、あまり見せたくはない少し離れた所に出てきてもらおう。一旦は死地を潜った者たちだ。門を潜っても無事な確証はないが、たぶん大丈夫。そう伝えながら、黒から竹筒を受け取る。
「わかった。じゃあ行ってくる」
「紅姉さん!タケル兄さんをよろしくね!」
「おう、まとめて面倒見てやらあ!」
紅が気が付いた負傷者を軽く小突きながら手を振る。
黒と白がスッと浮き上がり、そのまま穂波方面へ飛翔した。
その光景を見て佐伯達が絶句している。
「お前達まさか妖魔の類ではないよな……英彦山の天狗か??」
英彦山の天狗か……そういえばそんな伝説が元の世界にもあったな。
「まあそうかもしれんな。それはさておき、飲むか?」
そう言って佐伯に竹筒を一本渡す。
「なんだこれ?上の栓を抜くのか?」
「上に二個栓があるあるだろう。大きい栓と小さい栓だ。両方とも外して、こうやって中身を飲む」
実演して見せると、佐伯は大人しく栓を抜き、中身の匂いを嗅いで一口飲んでニヤリとする。
「ぷはああ……旨え……お前意外とわかる奴だな」
「まあ約束だったしな。そろそろ欲しい頃だっただろう」
竹筒の中身は濁酒だ。米を炊いて麹で発酵させた甘酒を、更に酵母でアルコール発酵させている。甘酒の中の糖分の大半はアルコール発酵により失われているが、それでも残った糖分でほんのり甘い。
「和睦が成ったら……だったか。この戦はお前の勝ちだ。儂のことは煮るなり焼くなり好きにしろ。首を掻いて博多に届ければいい。だがな……生き残った者達はよろしく頼みたい」
佐伯は回復した者たちをみながら呟く。回復したとはいえ、まだ意識が朦朧としているようだ。
「ああ……そのつもりで助けた。あいつらはお前にとってただの配下ではないのか?」
「配下か……配下といえば配下だが、家族みたいなものだ」
そう言って佐伯がこの世界の武士と兵の関係を語り始めた。
佐伯はこの地方の「地頭」という役職に就いている。
地頭は任命地域の年貢の徴収と治安維持を任務とし、その下に何組もの家族がぶら下がる。
ちょうど農村で言うところの豪農と小作人のような関係らしい。
普段は家族ぐるみで農作業や戦闘訓練を行い、地頭から一定の賃金や恩給を受ける。
いざ事が起きれば男達が参集し、地頭の指揮下で治安維持に当たる。
200人のうち20人が騎乗していたのは配下の主だった者達で、地頭である佐伯の直系の部下や子供達。
その部下達それぞれの配下が、足軽達180人だった。
ちなみに少弐家は「守護」という役職で、「地頭」を束ね年貢の徴収と治安維持に当たっている。
「ということは、亡くなった者たちの中に、お前の兄弟や子供もいたのか」
「ああ。俺には息子と娘が二人ずついてな、次男がちょうど元服を迎え、初陣にちょうどいいと思って連れて来ていた。最初の戦闘で姿が見えなくなってな……そんな顔をするな。まあ残念ではあるが、要領の悪い奴だったしな。戦場でドジを踏めば、誰でも死ぬ。今回はたまたま儂の息子だったというだけだ」
そう言って佐伯が竹筒を呷る。
責任を感じないわけではない。だが、俺にも守るべきものがある。
里の子供達の命と、見たこともない佐伯の息子の命であれば、天秤に掛けるまでもないことだ。
俺は…この世界で強く生きなければならない。




