71.襲撃者を監視する
里が襲撃を受けてから数日が経った。
弥太郎達は4日目に二手に分かれた。
軽傷組は大隈の集落から西に向かい、山越えして宰府に向かっている。明日には宰府に着くだろう。
率いているのは指揮官だった男だ。こいつは脳震盪だけだったしな。
重傷組は大隈の集落から北に向かっている。一旦北に向かい海まで抜ければ、山越えせずに博多にたどり着く。山越えは難しいという判断だろう。
現在地は飯塚から宗像の間。博多に到着するのは早くてもあと3日といったところか。
こちらを率いているのは弥太郎だ。
こちらも監視を継続しながら、子供達の鍛錬と貯蔵庫の増設、農作物の収穫や炭焼きに勤しんでいる。
子供達の鍛錬は素振りや乱取りに加え、精霊の力を制御する練習も行っている。
精霊の力を制御するには実践がもっとも効果的だ。
小夜と一緒に農作物の成長をコントロールし、青と一緒に水路の水量を調整し、紅や黒と一緒に狩りを行い、白と一緒に風の力の刈り取りや運搬をする。
俺の手伝いをするときには、土の精霊と火の精霊が役に立つ。
皆器用に精霊の力を使いこなしているが、やはり得手不得手はあるようだ。
桜と梅は緑と青の精霊に気に入られている。農作物の成長管理や、怪我や病気の治療に活躍できそうだ。
椿はなんでも上手に使役するが、中でも黒と白の精霊が得意だ。結界の維持と敵の警戒監視、遠距離狙撃に期待する。
杉は赤と白、松は青と土の精霊と相性がいい。杉と松をセットにすると、防御から攻撃までバリエーションが多彩になる。
貯蔵庫は二棟増えて現在4棟立っている。水車小屋も3棟に増えた。
外の稲刈りと麦の収穫を終え、次の田植えに向けて水を張っている。
収穫できた米は800Kgを超えた。ちょうど1反の田だから、反収800Kg。
元の世界の農林水産省も驚く超豊作。これで米の備蓄がおよそ1000Kgとなった。
内側の稲はまだ刈り取っていないが、恐らく500Kgぐらいの収量は見込めるだろう。
雑穀やイモ類・豆類やトウモロコシも合わせれば、軽く10石を超える備蓄になる。
3期目の田植えをするかどうか、悩ましいところだ。
明日、宰府に派兵の動きがなければ、板塀の内側の田も刈り入れ、内側の田だけは3期目の田植えをしよう。年貢を納めることを考えなければ、今の人数なら板塀の内側だけの収穫量でも十分だ。
襲撃を受けて5日目、軽傷組が宰府の街の近くに到達した。
そのまま三善の屋敷か政庁に赴くかと思っていたが、郊外でまた野営するようだ。
つまり再派兵にはまだ猶予があるということ。
今のうちに3回目の田植えを行うべく、内側の田も稲刈りする。
やはり収量は500Kgを超えた。反収では830Kgほど。収量が徐々に上がっている気がする。
襲撃を受けて6日目、軽傷組が博多の郊外に到達した。しかし博多の街には入らず、海の近くまで出てから郊外に留まっている。海沿いに来る予定の弥太郎達重傷組を待つつもりだろうか。
重傷組は宗像まで到達している。博多まであと2日といったところか。
とすれば、再攻撃までは1週間ほどの猶予ができる。
内外の田とも、さっさと3期目の田植えを終わらし、ある程度成長させておくことにした。
3回目の田植えは、準備から子供達に任せてみる。
2回目の田植えを手伝っていたからか、皆てきぱきと準備を進めている。
苗代を育て、田を鋤起こし、堆肥を撒き、十分に鋤き込む。
水路の水量を上げ、田に水を入れる。
翌日まで待って、田植えをする。これも子供達主体で行った。
多少いびつだが、内外合わせて1.6反の田植えが終わった。
襲撃を受けて8日目、とうとう軽傷組と重傷組が合流した。
そのまま全員で博多の街に入るかと思っていたが、弥太郎だけが離脱し、袖の湊に向かった。
湊にほど近い一件の家に入り、しばらく出てこない。
出てきた弥太郎の荷から、生糸1括分の木箱が消えていた。どうやら生糸を一箱置いてきたようだ。
売ったのか、あるいは鑑定のために預けたか。
弥太郎は櫛田神社で本居と合流し、ひと際大きな屋敷に入っていった。
これが少弐家の博多の住居なのだろう。
少弐家の屋敷の庭には、50人の襲撃者達が神妙な面持ちで座っている。
先頭に座る指揮官と、その副官らしきほら貝を下げた男の隣に弥太郎が座る。
本居が屋敷の中に入った。
しばらくすると、縁側の引き戸が開き、中から現れた男が一喝した。
「襲撃に失敗したとはどういうことか!貴様らガキ相手だと思って油断したか!」
この男が少弐家の当主らしい。
歳は60代だろうか。背筋はシャンと伸びており、眼光も鋭い。
顎鬚を長く伸ばし、鋭い目つきで襲撃者を見下ろしている。
部屋の中には数人の男がいる。古参の家来と言われた者たちだろう。
その中に三善のじいさんが混じっている。
「申し訳ありません!ですが……」と指揮官が話し始める。あの戦闘がこいつらにどう映ったか、いい機会だから聞いてやろう。
「何が起きたというのか!説明してみよ!」
「畏れながら私が見たことをお話しします」弥太郎が話し始める。
「まず、指揮官殿が攻撃開始の合図をされ、ほら貝が吹き鳴らされるのとほぼ同時に、指揮官殿が気絶されました。兜の辺りから大きな音がしたようですが、何が起きたかはわかりません。副指揮官殿もほぼ同時に倒れられました。集落に向けて火矢を放ちましたが、射かけた矢は途中で失速。逆に音もなく上空から矢が飛来し、弓を持っていた者たちが次々と倒されました」
「真上から首と大袖の間の隙間を貫いてくるんです!あんな矢は防げません!」
「弓を持っていた第二陣全員が倒されると、集落を半包囲していた第一陣が端から攻撃を受けました」
「暗闇の中からでっかい男が飛び出してきて、俺の手を斬り飛ばしたんです!あれで戦えなんて無理です!」
「俺のほうは恐ろしく強い女だった。気づいたら両手を斬られ、倒れていた」
「逃げても背中から矢が降ってくるんです!逃げることもできず、斬り結ぼうにも敵の姿が見えない。戦いようがない」
「そうやっておよそ半時で全滅しました。彼らが全員帰還できたのは、タケルという集落の頭が怪我人を癒したからです」
「半時……半時で50名が全滅……。しかも慈悲を受けて生きて帰ってきただと……三善!本居!奴らはガキが6人ではなかったのか!」
「現在は滅びかけた集落から身請けした子供達がいるようですが、奴らは間違いなく6人です」
そう答えたのは本居。三善のじいさんも頷いている。
「その子供達はまだほんの子供でした。2名だけ女がいましたが、戦えるようには見えませんでした」そう答えたのは弥太郎。
「ではその6人に50人が負けたというのか!そんなことは許さぬ!この少弐の名に泥を塗ることは許さぬ!貴様らもう一度攻めてこい!いや50人では足りぬ。100人……いや200人で行け!」
「では某が行こう。貴様らは大人しく待っておれ」
そう言って一人の男が立ち上がった。体が大きく、ひげ面のおっさんだ。
「おお佐伯!お前が行くか!」
「はい。某の手勢200名を連れて明日の朝立ちます。案内役に弥太郎も連れていきます。弥太郎、嫌はないな」
「承知いたしました。お供いたします。ですが次に攻めてくれば全員命を捨てる覚悟で来いとタケルに言われております。どうかご再考を……」
弥太郎が少弐家当主に思い留まるよう説得しようとする。
当主がジロリと弥太郎を睨み、腰に履いた太刀に手を掛けて庭に出る。
「弥太郎!怖気付いたか!そんなに命が惜しくば、今ここで儂が成敗してくれるわ!」
佐伯も庭に出てくる。
「まあまあご当主様。ここで弥太郎を討っても仕方ないでしょう。此奴は所詮行商人にすぎまぬ。命を賭ける気概など持ち合わせてはおらんのです。弥太郎、お前は案内だけすればいい。命が惜しくば手前の集落にでも留まっておれ。我らは勿論命など惜しくはない。少弐様が受けた恥辱は我らの手で晴らさねばならんのだ」
「そうか!佐伯よ!お主が行くなら安心だ。そのタケルとか言う小僧を、見事ひっ捕らえて来い!」
こうして次回の襲撃の規模とおおよその時期が判明した。
早くて4日後、規模は200名、前回の襲撃のちょうど4倍だ。指揮官は佐伯という男。さて、話のわかる男だといいが。




