70.子供達の戦い方を模索する
翌朝は早朝から武術の鍛錬を始めた。
対象は桜、梅、椿、杉、松の5名に加え、小夜も含めた6名。
指南役は俺一択だった。ほぼ本能だけで戦う式神達は、こういう役目は向いていない。
皆農作業や仕事の手伝いと里の食生活のおかげで、身体は出来上がっている。
特に杉と松は元の集落の一つ上の世代よりも逞しいかもしれない。
あと必要なのは技術と場数だ。
まずは小太刀を使って基本的な構えと素振りの練習。次に薙刀を使った素振りの練習だ。
最初は木刀から始めようかとも思ったが、真剣の重量と迫力に慣れなければいけない。
乱取りを始めるまでは木刀よりも真剣を使ったほうがいいだろう。
素振りなどすぐに飽きるかと思ったが、5名の表情は真剣そのものだった。
実際に自分達の里が襲われたという事実が、子供達のモチベーションに繋がっている。
子供達の鍛錬を通して、必ずしも和式武器や鎧ばかりに拘る必要もないのではと思い始めた。
例えば西洋風の片手剣と盾の組み合わせで戦ってもいいはずだ。
実際のところ、子供達に全身を覆う鎧を着せるのは無理があるし、俺や式神達も軽装で戦う。
問題は、西洋風の例えば片手剣が、板金に漆を塗って重ね合わせた大鎧や、漆で強化された胴丸に効果があるかということだ。
時間を作って紅や黒に相談してみよう。
子供達が鍛錬をしている間に、黒は貯蔵所の建築を、紅は狩り兼大隈方面への偵察に出てもらう。
白はチビ達の世話と弥太郎達一行の監視、青は農作物の成長管理だ。
昼食後は大豆やトウモロコシの収穫を行う。
弥太郎達一行の監視ローテーションの合間を縫って、子供達も応援に来てくれた。
大豆は株ごと切り取り、よく乾燥させてから「豆叩き」という作業を経て、豆を取り出す。
「豆叩き」とは、株ごと木の棒で叩くか、硬い地面に打ち付けて鞘を割る作業だ。
またこれが重労働である。
枝豆で食べるのなら調理も簡単なのだが、何せ緑の枝豆は収穫時期が極端に短い。
豆叩きは時間を見て行うしかない。
トウモロコシは房をもぎ取り、数日で食べてしまう分以外は皮と髭を除いてから吊るし、乾燥させる。生のままで置いておくと、みるみる糖度が下がってしまうからだ。
2つ目の貯蔵庫はびっしりと大豆とトウモロコシが干された乾燥小屋になった。
畑に残った大豆の根とトウモロコシの茎と葉は、そのまま白の精霊の力を借りて細かく切り刻みながら、畑に漉き込んでいく。
大豆のようなマメ科の植物は根粒菌と共生している。
根粒菌は大気中の窒素分から窒素を固定化し、植物が窒素肥料として利用できる形態に置き換えてくれる有用な微生物だ。
トウモロコシも茎や葉には大量の養分を蓄えている。
根や茎・葉を畑に漉き込むことで、その窒素肥料や養分を畑に還元することができる。
ただ、次の植え付けは襲撃が無くなってからになるだろう。本当は空いた畑にはレンゲソウかクローバーなどのマメ科の植物を植えておけば、窒素肥料にもなっていいのだが、あいにく種がない。
里に戻ると、紅が大きなイノシシを捌いていた。大隈の集落近くの山で狩ったらしい。
これも皆でソーセージを作り、燻製にして保存食にする。
ソーセージにできない分は肉として美味しくいただく。
紅が大隈の集落を覗いてきたらしいので、夕食の席で感想を聞く。
「いや何だか活気のねえ集落だったぜ。別に痩せ細っているわけじゃねえけど、何となく怯えたような眼をした連中だった。もしかしたら最近何かに襲われたのかもしれねえな」
襲われた……悪党どもか。
まさか俺達が近隣の集落を襲っている設定にするために、弥太郎達が襲ったのではないだろうな。
いずれにしても気になる報告だ。大隈の集落も監視したほうが良さそうだ。
夜、母屋に引き上げたあとで、紅と黒に子供達の戦闘スタイルについて相談する。
片手で扱う剣が大鎧に通用するかという疑問に、紅があっさりと解決方法を提案する。
「んなもん、やってみればいいじゃねえか」
まあその通りだ。弥太郎達から没収した鎧と太刀を納屋から取り出してくる。
攻撃を受ける側を紅が引き受けてくれた。万が一でも死ぬことはないという理由でだ。
早速、太刀を片手で構えてみる。うん、すごい違和感だ。やはり太刀にせよ長刀にせよ薙刀にせよ、日本の武器は両手持ちが基本になっている。
とりあえず鎧を着た紅の胴に打ち込んでみる。と、見事にはじき返された。
袈裟懸けに斬りつけても、肩の大袖に弾かれる。
やはり片手ではインパクト時の引きが足りないのだ。
いろいろ試した結果、「鎧を相手に片手剣+盾では全く歯が立たない」が結論となった。
とすると、子供達が自分の身を護るための戦い方は決まってくる。
鎧に守られていない部分を狙った刺突か、遠距離から躱せないほどの速度で矢を打ち込むか。
刺突と簡単に言うが、敵の懐に飛び込むようなものだ。相当の勇気と冷静さが必要だ。
とするとやはり弓矢は必須なのだ。
試しに空の大鎧に向かって矢を打ち込んでみる。使う弓は弥太郎達からの没収品だ。強さは白が愛用している弓よりも弱いが、子供達が扱える弓の倍近くはあるだろう。
50m先からの打ち込んだ矢は大鎧に弾かれたが、15mの距離で打ち込んだ矢は最も厚い胴の部分を貫通した。
ある程度引きつけて、弓矢で射止めるのがもっとも効果的か。
「タケル、いったい何を悩んでいる?基礎的な体術を教え込んだら、あとは精霊の力を制御する術を教えればいい。小夜はもちろん、椿は特に才能がある。杉や松もなかなかのもの。桜と梅はまあまあ」
「ん??子供達も精霊の力が使えるのか?」
「何を今更……弥太郎達の監視を窓を使ってできている時点で、精霊の力が使えるに決まってんだろ。そもそも精霊が見えなきゃ窓も見えねえし」
これは完全に盲点だった。椿がこの里にきた直後から精霊を目で追っているのは気付いていたが……。
だがしかし、何故だ。まさか子供達はみんな精霊使いなのか。
「これは仮説だけど」そう黒が前置きする。
「この里に来てから、子供達は精霊の力をふんだんに浴びている。緑の精霊による治癒もそうだし、食べているものも着ている服も、住んでいる家も精霊の力を借りている。その結果、子供達は精霊の力を自然に自分達のものにしている。桜と梅があまり上手ではないのは、この里に来た時点で既にある程度大人だったから。もしかしたら10歳ぐらいで境目があるのかもしれない」
「その仮説が正しければ、小夜はどう説明する?この里に来たのは10歳を過ぎていたぞ」
「小夜はもともとその才能を持っていた。聞けば小夜の家は巫女の家系らしい。巫女であれば精霊と会話したり、精霊を使ったりすることもあると聞く」
「確かに俺と会った次の日には、精霊を指に止まらせて遊んでいたが……」
「つまりそういうこと」
「ってことはだ、里の戦力を強化したけりゃ、よその集落のチビ達を受けいれて、精霊の力が使えるように訓練すりゃいいってことだな。チビ達ならそんなに食わねえし、なにより素直だ。これいい案なんじゃないか?」
いや紅よ。それはまずいだろう。完全に思考回路がテロリストのそれだ。
そんなアイデアはともかく、子供達が精霊の力を使えるとすれば、状況は一気に変わる。
子供達に遠距離攻撃と戦域監視、結界の維持や負傷者の救護を任せ、俺と式神達が思う存分切り込むことが可能なのだ。
明日にでも早速子供達の適性を見極め、それぞれの適性に合ったスタイルを見つけなければならない。




