66.里を護る
さて、とりあえず里を護らねばならない。
勾玉を使い、皆の状況を確認する。
「白です!結界の強化は完了。南の正門、北と東の扉は閉鎖。上空も結界を張ったから、矢が飛んでくることはないよ!でも田畑の畦道に敵が潜んでいるみたいで、そこから先に結界が動かない!一番近いところで板塀から30m付近!」
「了解だ。今から3Dスキャンで敵の位置を特定する。黒は敵をマーキングしてくれ」
「了解」
里の広場を中心に、半径1㎞を3Dスキャンする。敵は里の西側から攻め寄せたようだ。西側300mの地点、ちょうど川沿いの道と新しく拓いた畑の中間地点の木の陰に、5人の男が集まっている。恐らくこれが指揮官の一群だろう。里を囲む敵勢は第一陣が20名、第2陣が25名、総勢45名がそれぞれ5~10m間隔で散らばっている。里の東側には回り込まれていない。どうやら北側から迂回しようとして、ヤギに気付かれたようだ。
しかし集落一つを襲うために、衛士を50名か。どんな盗賊団だと思われたんだ。
「タケル。マーキング完了。敵の姿を窓に写す」
映し出された敵の姿は、揃いの黒い具足に身を包んだ男達だった。さすがに兜は被っておらず、烏帽子のみだ。非正規の野戦だからか。指揮官らしき男だけが、飾りのない兜を被り、椅子に座っている。第一陣の装備は太刀と槍、第二陣は弓と太刀。松明などは持っていない。どうやら第二陣から矢を射かけ、第一陣が突入する構えのようだ。
「白、俺が犬走りから最初の狙撃をする。それを合図に弓を持つ敵を優先して撃破。黒は照準補助。紅は南門のスロープで待機。敵が突撃してくればこれを迎撃しろ」
そういって俺は西側の犬走りに上がる。板塀の内側に補強も兼ねてぐるりと一周させたステージだ。ここに立つと、ちょうど板塀と竹林の上に頭一つ出るから射線が通る。
指揮官までの距離は300m。夜間とはいえ、仄かな月明かりもある。そもそも窓を使うので距離はさほど関係ない。
猟銃に弱装弾を詰める。鹿狩り用に装薬の量を少し減らした弾丸だ。いくら兜があるとは言え、イノシシの頭蓋骨より兜が硬いとも思えない。
そのまま監視を続ける。まさか攻撃を受けないまま、こちらから手を出すわけにはいかない。
あとになって、弥太郎を迎えに来て野宿していただけだなど言い訳されても困る。
まずは相手に先に攻撃させなければいけない。
慎重に指揮官の兜に狙いをつける。兜はシンプルな鉄帽型。丸みを帯びた鉄の板は、自然と避弾経始の効果を出すだろう。戦車の装甲板に傾斜をつけることで、砲弾を弾くというアレだ。
兜を貫通させれば間違いなく即死する。できれば脳震盪で気絶程度に留めておきたい。
ヒトを撃つというのに、不思議と落ち着いている。初めてイノシシと対峙したときのほうが、もっと緊張していた。
監視はおよそ3時間ほども続いた。
襲撃に気付いたのは、午後9時ごろだった。そろそろ日付が変わる頃合いだ。
指揮官が、椅子に座ったまま報告を受けている。何度かうなずくと、座ったまま軍配を振った。直後に、指揮官の後ろに立っていた男がほら貝を吹き鳴らす。攻撃開始の合図だろう。
第二陣の辺りにいくつかの火が灯る。火矢が里に向かって射かけられたが、全て結界に阻まれ失速し、そのまま火が消える。これで専守防衛の要件は成立した。
呼吸を整え、息を止め、引き金を引く。一瞬後に指揮官がその場に崩れ落ちた。同時に後ろに立っていた男も胸を押さえ倒れる。跳弾が命中したようだ。これで2人。
銃声はしたが、里の外に漏れることはないだろう。
指揮官の近くにいた連中が、何が起きたかわからず右往左往している。
後方から弓鳴りが聞こえる。白が狙撃を始めた。50mほど先から男たちの呻き声が上がりだす。
俺も射線が通る敵を狙撃する。まずは指揮官の周りに残る3人からだ。狙うのは肩または弓を持つ手。
田畑の畔に隠れても、白の矢は上空から降り注ぐからほとんど意味がない。
およそ5分ほどで、第二陣と指揮所の総勢30人を無力化した。
「次だ。白は北側の敵を板塀に近い奴から撃て。俺は西側の敵を掃討してから北に向かう。紅は一番南東側の敵から狩っていけ。紅!敵の位置がわかるか?」
「ばっちりだ!狸ほど隠れるのは上手じゃねえぞこいつら」
「黒は倒した敵の監視も頼む。いくぞ!」
そういって板塀と竹林を纏めて飛び越え、一番近くの敵のもとへ急ぐ。近すぎて射線が通らなかったのだ。板塀と竹林の構造を見直したほうがいいかもしれない。
俺の獲物は薙刀。開けた場所で太刀や槍と戦うには、長刀が最も相性がいいと思う。
あとは索敵&無力化を繰り返すだけだ。
今回の敵の失策は、多数の手勢を分散配置したことだ。
指揮系統が破壊されれば、容易に一対一の状況に持ち込まれる。
多勢に無勢なのだから、力押しで突っ込んでくれば良かったのだ。まあそうなれば白の精霊で薙ぎ払っただけなのだが。
悪党相手では無敵を誇ったらしい衛士達も、俺達の前では逆に悪党どもと同じようなものだった。
およそ20分ほどの戦闘で、敵は全て無力化した。
「こちら黒。全敵の無力化を確認。引き続き警戒中」
「了解。紅、ケガはないか?」
「誰に言ってんだ!かすり傷一つねえよ。というかこいつら反撃すらしてこなかったぞ?」
「ああ。こちらも同じだ。太刀を抜いて斬りかかってはきたが、そもそもこちらに届くような斬撃はなかった」
「こちら白!私は異常なし!ヤギちゃんたちも無事!結界は新しく拓いた畑までをカバーしてるよ!」
「青です。里の中に異常なし」
「小夜です!子供達は平気です。特に怯えたりもしていません!治療が必要な敵さんはいますか?」
こうして、開始から30分ほどで、戦闘は終結した。
負傷者の回収は明日にしたいところだが、朝まで放置するわけにもいかない。田畑を荒らされても困る。
指揮官たちが倒れた場所に移動し、周辺のススキを刈って臨時の救護所にする。
死なない程度に治療した襲撃者を回収し、意識を刈ったまま地面に寝かせる。
指揮官は気絶しているだけだった。恐らく最も軽傷だ。荒縄で拘束し、同じように地面に転がしておく。
ついでに今回の襲撃を手引きした弥太郎の意識も刈り、拘束したまま臨時救護所に転がす。
もう今夜はこれでいいだろう。尋問は明日にしよう。




