65.里が襲撃を受ける
弥太郎の言葉を聞いて、子供達の動きが止まる。
にぎやかな食事の席が静けさに包まれる。
「いかがでしょう。タケル様のその神通力を用いて、近隣の集落を助けて回るというのは。皆も救われますし、暮らし向きも安定するでしょう。何より生産性が上がれば、きっと守護様もお喜びになられます!」
「そしてその代わりこの里を放置するのか?それはできない。そもそも集落には巫女や祈祷師がいるだろう。博多や宰府から陰陽師を派遣することだってできる。それは為政者である守護や荘園主、村長達の仕事だ。それを俺に丸投げするのか?そんなことは許されない」
俺は強い口調で断る。
RPGや小説ではよくある話だ。目の前にある問題を解決するために、勇者や救世主の到来を待ちわびる人々。
そこに颯爽と現れる勇者。わずかな報酬と引き換えに魔法や剣で次々に依頼を果たし、最後には魔王を倒し、世の中に平和を取り戻す。
そして最後に勇者は元の世界に帰還し、めでたしめでたしとなる。
本当にそうだろうか。
実のところ何一つ解決はしていないのだ。
エンドロールを迎えた勇者にとっては、まさにそれでグッドエンドだろう。
しかし残された人々は、以前と何も変わらない、同じ生活を続けていく。
勇者の活躍の陰でたくさんの悲劇があったことは忘れ去られ、勇者に頼らざるをえなかった為政者が糾弾されることもない。
為政者も住人達も他力本願のまま、勇者という存在に問題解決を丸投げしてしまうのだ。
根本的な解決には、人々の意識も変えなければいけないし、生活水準の引き上げも必須だ。
場合によっては統治システムそのものを変える必要があるかもしれない。
俺がこの世界でやりたかったのは、単なるお助け勇者ではない。
「しかしタケル様は実際にあの集落をお救いになられたではありませんか!なぜ他の集落はお救いにならないのですか!」
「あれはたまたま俺の目に留まったからだ。誰だって自分の身に降りかかる火の粉は払うし、自分の家が燃えていたら火を消す努力をするだろう。目の前の川で誰かが流されていたら、助けなければと思うだろう。だが、だからといって燃え盛る火に飛び込んでいく義務も川に飛び込む義務もないはずだ。違うか?」
「ではどうあっても他の集落はお救いにならないと?」
「ああ。俺にとってはこの里が第一だ。他の集落まで気にかけている余裕はない。この地の守護なり何なりが、頭を下げて対価を支払うなら考えてもいいがな!」
「そろそろ子供達が眠くなっております。お話の続きは宿に移しませんか?」
心配そうに見ている子供達を見かねたのだろう。青が進言してくる。
とそこへ、ヤギの嘶きが聞こえてきた。土間にいる子犬たちも、耳を立て小さなうなり声をあげている。
黒と白が辺りを見渡し、俺の耳元で報告してきた。
「辺りがおかしい。人の気配がする」
「里を囲んでいる結界は破られてないよ。でも周りの田畑に人が潜んでいるみたい」
「弥太郎、まさかお前……」
「気づかれてしまいましたか」
弥太郎がニヤリと笑って答える。
「噂を耳にされた少弐様が気にされておいででしてな。乙金の件もありましたし、タケル様が少弐家に仇なすものでないことを調べよとの仰せです。大人しく聞いていただだければよかったのですが、こうなっては仕方ありません。少々荒事になりますが、その力見せていただきましょう。攻め手は悪党どもの討伐で名を馳せた者たちばかり。手強いですぞ」
間者、忍び、諜報員、言い方はなんでもいいが、要は弥太郎は純粋な行商人などではなく、為政者の息がかかった、あるいは為政者側の人間だったということだ。それも守護から直接指示を受ける程度の立場にある。恐らく行商の傍らで村々から情報を集め、守護に報告するような立場なのだろう。
だが今はそんなことはどうでもいい。襲撃してくるというなら、里を護るだけだ。
とその前に弥太郎を野放しにするわけにはいかない。里に入り込まれているのだ。どんな破壊工作をするか分かったものじゃない。
「のこのこ里に入り込んだんだ。まさか命乞いなどするまいな」
紅がスッと太刀を抜き、弥太郎の首筋に当てる。
「もちろんでございます。タケル様のお力を間近で見られないのは残念ですが」
「その覚悟や良し。青、弥太郎を縛り上げ広場につれていけ。その後は拠点防御。子供達を家から出すな」
「了解です」
「白は結界の強化。少しずつ結界の範囲を拡げろ。外の田畑まで結界が広がれば、そのまま結界を維持しながら狙撃」
「了解!!さっそく始めるね!」
「黒は警戒監視と敵のマーキング。白の狙撃準備が整えば照準補助を頼む」
「わかった。一人も逃さない」
「小夜は白のサポート。状況により火消しや治療に回ってくれ。子供達との連絡役も任せる」
「了解です!!白ちゃん、よろしくね!」
「桜・梅・椿は万が一に備えて子供達を纏めておくように。俺は弥太郎を片付けてから、敵を各個撃破する。紅は俺についてこい」
「おう!突っ込んでいいのか?」
「ダメだ。青、紅、黒、白、皆極力殺すな。あとが面倒だ。無力化できればそれでいい」
「旦那様、準備が終わりました。広場へ移動します」
そう言って青が弥太郎を引っ立てていく。
広場に移動すると、跪き首を垂れる弥太郎がいた。
「何を勘違いしている。今は殺さない。俺の力を見たいんだろう?特等席で見せてやる」
そういって白の精霊を集め、弥太郎を上空50mまで持ち上げる。ついでに黒の窓を弥太郎の目の前に開き、黒がマーキングした敵の姿をスライドショーさせる。
「お前用の特等席だ。じっくり堪能しろ。俺が死ねばお前を浮かせている精霊の力は失われ、お前は地面に叩きつけられる。わが身が可愛ければ、せいぜい俺の無事を祈れ」




