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63.行商人がやってきた

宿泊用の家の建築は黒に任せることにした。水車小屋で相当自信を持ったらしい。

俺は昨日の鹿肉でソーセージ作りにチャレンジする。


鹿肉の特徴は脂肪分の少なさだ。イノシシ肉と違って、そのまま挽いて練ってもぼそぼそになってしまう。

イノシシの脂を10%、塩1%と少量のニンニクを昨夜のうちに練りこみ、一晩寝かせておいた。温度は凍結しない程度の2℃~4℃程度。これで肉に粘りが出るはずだ。

腸詰にして、低温でボイルする。60℃~70℃で2時間といったところだ。

ボイルしている間に、煉瓦で燻製くんせい用のかまどを作る。燻製室と炉の間に鉄板を敷き、鉄板の上に桜のチップを載せる。

今後のことも考え、燻製用の竈は納屋の軒下に作った。


ボイルした腸詰は、一旦乾燥させ余分な水分を除去する。

乾燥が終わった腸詰を燻製室に吊るし、竈を木炭で加熱する。

チップから煙が出始めたら煉瓦で天井部に蓋をする。

このまま2時間ほどいぶせば、燻製ソーセージの完成だ。

燻製したソーセージはそのままでも食べられるが、温めて食べるなら茹でるか焼けばいい。


匂いに連れられて、皆が集まってきた。

一人一本ずつ試食する。

「おお!これは旨いな!あっさりしているから食べやすいし、でも満足感もある」

「イノシシのソーセージも濃厚で美味しいですけど、鹿も美味しいですね!」

「これは玉ねぎと一緒にスープにしたらいいかも。保存も効くなら携帯食にも便利」

鹿ソーセージも好評だった。作り置きしていたイノシシソーセージも燻製にして、弥太郎への土産の準備は終わった。


宿泊用の家も完成した。

基本的な造りは子供達の家と同じだが、大人3人程度を想定したため、室内は6畳ほどの板張り。

土間の突き当りには2畳ほどの浴室。

西側の壁には作り付けの2段×1列の棚があり、麦藁の敷布団が引いてある。

傍らの紙を貼った置き行灯(あんどん)には菜種から絞った油が入れてあり、夜は(ほの)かに辺りを照らすだろう。


そういえば蝋燭(ろうそく)をまだ手に入れていない。

和紙を芯に使う和蝋燭は、菜種油を直接燃やす行灯よりも光量があり、近いうちに手に入れたいアイテムの一つだ。

裏山にはハゼの木が自生しているのは見つけていた。冬になればハゼの実が手に入るから、作ってみよう。



さて、いよいよ行商人である弥太郎が訪れる予定の日がやってきた。この里への初めての来訪者だ。まあ知らぬ仲ではないのだが、やはり緊張はする。そもそも俺はコミュ障なのだ。

白が精霊を飛ばして川沿いの道を見張っている。


午前中にそれらしき男が一人、背負子を背負って通って行ったようだ。

しかし里のあるエリアを素通りして、子供達の元の集落に向かったらしい。

昼食を終えた頃に、その男がこちらに向かっていると白が知らせてきた。

黒の窓で確認すると、やはり弥太郎だ。

「なんでわざわざ隣の集落に行った?何か理由が……?」黒が呟いている。

まあ本人に聞けばわかることだ。この里は一見しただけではただの竹林にしか見えないだろう。迎えにいくとしよう。


また弥太郎が通り過ぎてしまわないよう、急ぎ足で川沿いの道へ向かう。

多少悩んだが、動きにくい小袖に袴ではなく、ワークパンツにミリタリージャケットのいつもの姿だ。

小夜も同行している。こちらもワンピースに鹿革のブーツとポシェットのお気に入りのスタイル。

どうせこの世界では異質なものをこれから目の当たりにするのだ。構わないだろう。



川沿いの道で、無事に弥太郎と合流できた。

俺を見つけたのだろう。遠くから手を振りながら、弥太郎が駆けてくる。

「タケル様!お久しぶりです!宰府以来ですな!」そんな感じで弥太郎が両手で握手を求めてきた。

「ああ、久しぶりだ。宰府では慌ただしく出立してしまったから、別れの挨拶もできなかったな」

「いえいえ、あの後、宰府ではタケル様を登用するだのなんだのって騒ぎになっていましたから、早めに出立されて正解でした!小夜様もすっかり見違えるほどに美人になられましたな!」

「弥太郎さん、お久しぶりです。もういろいろと商いはされたのですか?」

「いやあ集落を3つほど回ってきたのですが、まだ交換できるものが少ないようでしてな。目標の半分って具合です」

「まあ立ち話もなんだし、里でゆっくりしたらどうだ。一応宿も準備した」

「本当ですか?ありがとうございます。早速御厄介になります!」


里への道を、弥太郎も交えた3人で歩く。

雑穀の畑には穂が付きはじめ、田の稲は一面緑色の絨毯を敷いたように風にたなびいている。稲にもそろそろ穂が出そうだ。梅雨の長雨にも耐え成長したのは、白と小夜の絶妙なコントロールのおかげだ。

「しかしこの短期間でこれほどの田畑を拓かれるとは、すごいですな!」

弥太郎がしきりに感心している。


里へと続く坂道を上り、竹林の中に見える開き戸を押し、里の中へ入る。

左手には水田が、右手に畑が広がり、道の突き当りに俺達の母屋が、その左に子供達の家が見える。

「竹林の中がこうなっていたのですか!てっきり竹林の裏手に家があるのかと思っていました……すごいですな……」

まあ驚くだろうな。俺だって逆の立場だったら同じように驚くだろう。


「とりあえず宿に案内する。そろそろ背の荷物も重いだろう。まずは荷を下ろせ。案内はそれからだ」

宿に案内はしたが、案の定そこで弥太郎の動きが止まった。いや正確には板張りに寝転がったり、藁布団の感触を確かめたり、風呂場に突撃したりと子供のようにはしゃぎだしたのだから、止まってはいないのだが。


「宿でこの家なのですか!いやずっと住めますな!家族を呼んで移り住みたいぐらいです!」

これで驚いていたら身が持たないと思うが……

とりあえず弥太郎を宿から追い立て、皆を紹介するために子供達の家に連れて行った。


子供達の家の引き戸を開けると、皆揃っていた。

「タケル様、この子達は……」

「ああ、近くの集落で飢え死にしかけていたから身請けした。総勢14人、俺達も入れて20人が今の里の人口だ」

桜から順に紹介する。幼い子供達を見て、弥太郎が目をほころばせる。実は子供好きなのかもしれない。


次は黒の案内で水車小屋を見せる。

「ほう!水の力で杵や臼を動かすのですか!これは凄い工夫ですな!一日でどれくらい精米できるのですか?」

「朝から晩まで動かせばだいたい6升分ぐらい。麦なら製粉まで行っても同じぐらい処理できる」

「とすれば、およそ一週間で一石が処理できる?しかも他の作業の傍らで?」

「できる。実際にはもう少し多い」

「それは素晴らしい!他の集落でも使えるようになれば、手間が減って助かるでしょうな」

今でも水車は杵を動かし、今宵の夕食用の粉を挽いている。どうやら今夜はパンかナンのようだ。


次は紅の案内でヤギの飼育場を案内する。

まず板塀の扉を開けたところに更に囲いがあるのに驚いていたが、ヤギを見てさらに驚いていた。

「これはヤギですか?私が知っているヤギは、もっと白くて小さく、角もこんなには長くないですが!」

「それは大陸でも東側に生息する小型種だな。こいつらはもっと内陸の大型種。今は主に乳を絞り、乳製品を得るために飼っている。オスが産まれたら肉にするが、まだメスしか産まれてないな」

「そうですか。餌は何を?」

「刈りとったススキや(わら)をやってるが、囲いの内側に生えてるススキなんかは勝手に喰ってるな。手間が掛からなくて楽だぜ?」

「宋からの商人の船にお邪魔した時に、船中で飼われているヤギは見たことがあります。しかし優秀な家畜ですな!」


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