62.行商人がやってくる
翌朝、いつも以上にスッキリと目覚めた。青はもういなくなっている。
昨夜は俺が夕食にいなかったせいで大変だったようだ。
別に深い意味はなかったのだが、共に囲む夕食を疎かにしてしまったのは俺のミスだ。
昨日作った小型の剣鉈を、子供達にプレゼントしよう。これで許してくれるといいが。
刃渡り10㎝、ブレードの厚み4㎜、全長20㎝ほどの小さな剣鉈を3本仕上げる。
ハンドルをカシの木で包み、滑り止めの革紐を巻き付ける。
カシの木の鞘を作り、革紐で腰に下げられるようにした。
プレゼント先は椿・杉・松の3人だ。3人とも里での仕事をきっちりと果たし始めている。
一人前の証として父親が息子に刀を授けるのは、どこかの遊牧民の風習だっただろうか。
朝食の席で、まずは昨夜の夕食に参加しなかったことを皆に詫びる。
そして作っていた物のお披露目を兼ねて、椿・杉・松の3人を呼び、順に剣鉈を手渡す。
「俺が初めて刃物を送られたのは、ちょうどお前たちと同じぐらいの歳だった。今後も里を良くするために、お前たちの働きに期待している」
『はい!』
みな気に入ってくれたようで何よりだ。
そんな盛り上がりを破って、俺の勾玉が突然振動する。
勾玉からは懐かしい声が聞こえてきた。宰府の三善じいさんだ。
「ようタケル、息災か?博多の本居から話は聞いておる。開拓は順調か?」
「ああ…じいさん久しぶりだな。どうした?」
「弥太郎を覚えておるじゃろ?お前が助けた、塩なんかを行商しておる若者じゃ」
「覚えているが、弥太郎がどうかしたのか?」
「梅雨も明けたし、そちらのほうに行商に行くと言うでな。お前さんのところにも足を延ばしたいそうじゃ。何か要り様の物はないか?」
「欲しいものはたくさんあるが……とりあえず塩が欲しい」
「塩じゃな。それなら弥太郎の専業じゃ。問題ない。そちらから何か出せるものはあるか?」
塩と引き換えられるものか……黒に心当たりがあるだろうか。
「タケル、生糸ならたくさん在庫がある。年貢としても使えるかもしれない。価値が知りたい」
了解だ。確かに生糸なら高価値かもしれない。
「生糸があるが、どうだ。塩と交換できるか」
「生糸じゃと?いつの間にそんなものを生産し始めた?」
「まあ気にするな。仕上がりがどうかは現物を見てもらわないと何とも言えないがな」
「わかった。今日は穂波の集落で泊まり、明日は大隈に寄るそうじゃ。そっちは大隈より南じゃろう?恐らく着くのは明後日になるようじゃが、大丈夫か?」
「ああ、それなら大隈の集落から嘉麻川を上ってくるよう伝えてくれ。迎えに行く」
「承知した。伝えておくからよろしく頼む!近いうちに儂も遊びにいくから、そのつもりでな!」
三善のじいさんからの通信は一方的に切れた。
ちょうど塩の在庫が乏しくなってきていた。弥太郎が訪ねて来てくれるのは正直助かる。
小川の水から精製した塩は、味も素っ気もない純粋な塩化ナトリウムだったのだ。
「タケル兄さん。弥太郎さんが来るなら、泊まる場所を準備しますか?」
小夜が気を使っている。弥太郎は小夜とは顔なじみだったし、当然か。
そうだな……客間を使うか、さすがに子供達の家に泊めるわけにもいかない。
「それでしたら、小さな家を建てられてはいかがですか?毎回の行商人を客間に通す必要もないでしょうし、できれば母屋の中には通したくありませんね」
「そうだなあ、うちらの部屋もあるし、タケル以外の男に見られるのは嫌だな」
「じゃあ子供達の家の隣にぱぱっと作っちゃおうよ。いいでしょうタケル兄さん?」
「黒、水車小屋の作業の進捗に支障はないか?」
「問題ない。今日の午後には完成予定。でもタケルはまだ見ちゃだめ」
おう……ダメと言われた。まあ任せると決めたのだから、任せよう。
「じゃあ明日の午後に宿泊用の家を建てる。家といっても竈はいらないし厠も外でいい。風呂だけはつけてあげよう。それなら半日あればできるだろう。子供達も小夜や黒を手伝ってあげてくれ。俺は今日の午後はちょっと狩りや採集に出てくるけど、夕食には戻る」
『了解!』
日課の子供達の勉強と昼食を済ませてから、久しぶりに一人で山に向かう。
今日の目的は燻製用のチップの採集と、昨日作った狩猟刀のテスト。鹿かイノシシが狩れればなおよい。
燻製用のチップは簡単に手に入った。山桜の老木の周りには、枯れ枝がたくさん落ちていた。
適当に拾って鉈で割り、持ち帰る。
裏山の尾根から3Dスキャンし獲物を探す。およそ200m先に、やや小柄な牡鹿を見つけた。
射線が得られるまで近づき、ヘッドショットで射抜く。
獲物を担いで黒の門で川まで移動し、解体する。解体には昨日作った大小の狩猟刀とスキニングナイフを使った。強度も切れ味も問題ないようだ。
内臓の処理と皮剥ぎ、肉の切り分けまで終えて、里に戻る。そろそろ夕食の時間だ。
里に戻ると、待ち構えていた黒に水車小屋に案内された。
「完成した。褒めて」
そう言って黒が頭を差し出してくる。立派な水車小屋が完成していた。
水車は直径2mほど。クモの手や羽板には杉材を使い、車軸である芯にはカシの木の丸太材を使っている。
芯の回転運動を上下運動に杭で変換し、カシの木の杵を持ち上げ、同じカシの木で作られた臼に打ち付ける。杵と臼は3か所あり、その先にギアが2個組み合って垂直の回転を水平の回転に変換し、石臼を回している。芯を支える軸受けは3か所。その3か所に転がり軸受が組み込まれていた。
水車を回すための水路はメインの水路から枝分けしてあるため、水車を止めたければ流路を変えればいい。
よく考えられている。さすがは「任せてほしい」と言っただけのことはある。
「よくやった。これで米や麦の処理が格段に楽になる。みんな助かる」
黒の頭をワシワシして褒める。
「みんな協力してがんばってくれた。みんなも褒めて」
「ああ。みんなよくやった。ありがとう」
そう言って皆の頭もワシワシする。
試運転の結果は、籾摺り・精米まで合わせて時間当たり2Kgというところのようだ。
処理量を上げるには杵と臼の数を増やせばいいが、それだけ軸に掛かる負担も増える。
大人しく水車の数を増やしたほうがいいだろう。
今夜は皆を労い、夕食の支度は俺が引き受けた。
献立は皆大好きな焼きソーセージに鹿肉と野菜のスープ。精米したての米で炊いた白ご飯だ。
明日は狩ってきた鹿肉で、ソーセージの燻製を作ってみよう。弥太郎へのお土産にもなるといい。




