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60.鍛治仕事を始める

里に戻った俺達は、早速子供達に集落の状況を報告する。

この一か月間で新たな死人が出ていないことに、みな安堵している。


黒は水車の羽の検討を終えていた。明日からは実際に水車の組み立てを行うと意気込んでいる。

水車小屋は子供達の家の西側、ちょうど水路が北に向かう先に立てるつもりのようだ。


今後、水路に沿って水車小屋を増設する可能性を考えると、貯蔵庫もその近くに建てたほうがよさそう。

そろそろ納屋がいっぱいになる。梅雨明けの収穫物に加え、木炭や竹炭まで増えている。

少なくとも食料とそれ以外は分けないとまずい。


まあ、水車小屋を建てるのに水路を若干改修するつもりのようだし、水車小屋が完成してから貯蔵庫を考えたほうがいいだろう。

水車の件は黒に総指揮を任せるとして、俺は明日は鍛冶仕事にチャレンジしたい。

子供達の農具もそうだが、狩猟刀や小刀をそろそろ持たせないと不便そうなのだ。


翌日、午前中の子供達のお勉強と昼食を終えた黒が、皆を引き連れ水車小屋の建設に向かった。

俺は鍛冶小屋を建てることにする。

といっても大げさなものではない。4畳ほどの敷地を整地し、土壁で四面を囲っただけだ。

天井は板張り、天井と壁の間は換気口として30㎝ほど開けている。

出入口側は1mほど開け、板の引き戸をつけた。

鍛冶小屋では内部でコークスを燃やし、金属の精錬を行う。

火花も出るし、一酸化炭素や可燃性ガスも出る。

万が一火災になっても、母屋や納屋に被害が出ないようにしなければならない。


鍛冶小屋の土間に煉瓦でコークス炉を組む。

といっても底面に煉瓦を4つ配置し、その周囲に煉瓦の壁を作っただけの簡単な炉だ。

手前側には壁は作らず開けておく。

手前から奥に向け、酸素を供給するための風を送らなければいけないからだ。


さて、鍛冶仕事をするといっても、まずは道具から揃えなければいけない。

元の世界から持ち込んだ道具で代用できそうなものは、1Kgぐらいのハンマーとヤットコぐらいだ。

まずは金床かなどこを作る。といっても、炭素鋼をイメージして作り出すだけではあるが。

炭素鋼とは炭素工具鋼の略で、炭素・ケイ素・マンガンを含む鉄だ。

比率はFe:C:Si:Mn=98.4:1:0.3:0.3程度。

炭素の比率を上げれば硬くなるが脆くなる。

JIS規格では組成で11種類に分かれているが、そこまで厳密にする必要もないだろう。


金床には様々な形があるようだが、とりあえず熱した金属を叩いて成形する台になればいい。

幅30cm×奥行き60cm×高さ20cmのブロック状をイメージして、コークス炉の傍らに出現させる。

ちなみにこの大きさの炭素鋼の塊の質量は優に数百kgはある。一度置いたら動かせないのは覚悟の上だ。


金床……というより定盤のようになってしまったが、まあ良しとしよう。


土間に座り込むのも格好がつかないので、杉材の端材で簡単に低い腰掛けも作る。

コークス炉の位置を調整すれば、それっぽい配置が出来上がった。


コークスを並べ、硬く縛った藁束で点火する。

コークスが赤熱し始めた。特に臭気もない。


たぶん足りないものはいろいろあるだろうし、本職の鍛冶屋が見れば鼻で笑うだろう。

が、とにかく実際に叩いてみよう。


とりあえず素材を取り出す。

イメージするのはステンレス鋼に近い組成の金属の棒。

鉄に10%ほどのクロム、炭素は1%強。直径3cmで長さ30㎝ほど。

すぐに右手に金属の棒が出現した。鉄鉱石の製錬から始めることに比べれば、なんと簡単なことか……


ヤットコで掴み、赤熱したコークスに差し込み、白の精霊でゆっくりと風を送る。

真っ赤に焼けた金属を、金床の上でハンマーで叩き、狩猟刀の形に形成していく。

グラインダーなどで削り出してもいいのだろうが、あいにくそんな便利な機械は存在しない。

ヤットコやハンマーも、罠の手直し用に使っていたものだ。

グラインダー……丸砥石を作れば、水車と組み合わせて作れるだろうか。今度黒に要相談だ。


仕上がったのは刃渡り20㎝ほどのストレート型の剣鉈。

峰がまっすぐで、切っ先は峰の延長線上にあり、刃が切っ先に向かって上にカーブする。

峰の厚みは5㎜ほど。刃はわずかに膨らんだ両刃。俗にハマグリ刃といわれる形だ。

薪割りも刺突も、そして獲物の解体もこれ一本で出来ないことはない。そんな刃物に仕上げたい。


形ができあがれば、一旦水に漬け急冷し、直ちに引き上げ空気中で放冷する。焼き入れの工程だ。

水に漬ける時間が長ければ、割れたり折れたり曲がったりしてしまう。

なんとかうまくいったようだ。


次は砥石で刃付けをする。こればっかりは手作業になるが仕方ない。

水を含ませた砥石で丹念に研ぎ上げる。刃の部分以外の黒錆と槌目はそのままにする。

濡らした藁や自分の髪の毛で切れ味を確かめる。俺の狩猟刀に勝るとも劣らない切れ味だ。


結局その日は乗りに乗って大小2組の狩猟刀とスキニングナイフ、止め用の袋槍を作った。


ふと気づくと辺りは真っ暗で、母屋も子供達の家の明かりも消えていた。

夕食の時間にも気づかないほど熱中していたようだ。

鍛冶小屋の入り口に、笹の葉で包んだ握り飯が2個置いてあった。たぶん小夜だろう。


そういえば黒の作っていた水車はどうなっただろうか。

熱中してしまったとはいえ、すっかり任せっきりになってしまった。まったく保護者失格だ。


それはそうと、寝る前に風呂は入りたい。

五右衛門風呂はまだお湯が残っていた。気を利かせて追加しておいてくれたのかもしれない。

ゆっくりと風呂に浸かり、ハンマーを振るった手と肩、赤熱したコークスの熱で痛んだ目、槌音が残る耳を緑の精霊で癒す。


結局精霊の力を借りなければ俺は無力なのだ。元の世界の知識を持ち込んでいるとはいえ、いざそれを実生活に置き換えようとすれば知識も技術も材料も足りない。全く精霊様様だ。


今日の鍛治仕事の真似事だって、最初からステンレス製のナイフを作り出せば済んだことではある。俺の狩猟刀を複写(コピー)してもよかった。

時間と労力を費やしたのは、単に俺の自己満足(わがまま)に過ぎない。


だが結果はどうだ。鍛治小屋も素材も道具も精霊の力任せ。俺がやったことと言えば、素材を加熱し鍛えて、形を作って研いだだけだ。


まあいいか。使うべきタイミングで節度を持って精霊の力を行使する。この自主規制を改めて徹底しよう。


長風呂から上がり、部屋に戻る。

ベッドの枕元に青が座り、ノートに何かを書いている。日誌のようだ。

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