6.少女との出会い②
「治した…あなたが治したの?あなたは呪術師?」
少女が怯えたように目を伏せたままこちらを見ている。そうか、皮膚病などという概念はなく、そのほとんどは呪いとして認識されているのだろう。呪術も医術も紙一重の世界だ。
「呪術師ではないと思う。ただ、旅をしている途中で、いろいろなことができるようになっただけだよ」
「そうなんだ…私達に呪いをかけた人かと思った」
とんでもない勘違いをされるところだった。俺は慌てて首を横に振る。
「いやいや!人を呪う方法なんて知らないし、呪いたいと思ったこともないよ。でも…私達ってどういうこと?他にも同じ病気の人がいるの?」
「去年の実りが不作だったから、巫女だったお母さんは荒神様への生贄になった。お父さんはお母さんを逃がそうとして殺された。私は今年の豊作を祈って生贄になるはずだったけど、肌が腐り始めたから捨てられたの」
生贄…巫女が生贄になることで、荒ぶる神を鎮めようとしたのだろう。巫女の家系は代々そのために生かされているのかもしれない。
この話で分かったことがある。少なくとも複数の、それもある程度の人間が集まって集落を形成していること。そして集落には宗教という概念があること。その宗教は恐らく多神教で、荒神と言われる良くないコトをもたらす神がいるということ。豊作と不作で一年が左右されるほどには農業に依存しているが、集落そのものが壊滅するほどではないということ。半農半猟のようなものだろう。
「そうか…それは酷い目にあったね。もう大丈夫だから、安心して」
「うん…ありがとう」
そう言うと少女はすごく眠たそうに、地面にうずくまった。まさかその格好で寝かせるわけにもいかない。
慌ててリュックサックからテントとブランケットを取り出し、ブランケットを少女に掛ける。
「簡単なお家を作るから、その中で寝なさい」
「おうち…??」
とりあえずテントを急いで張る。といってもワンタッチ式の1人用だから、袋から取り出しマジックテープを剥がして展開するだけだ。要所にペグを刺し、テントの内部にクッション材を広げる。少女をブランケットごと抱き上げてテントの中に仰向けに寝かせる。子育ての経験はないが、近所の子供を預かったことならある。少女の重さは10歳ぐらいの小学生並みだった。
「不思議なおうち…」
「外で作業しているから、目が覚めたら呼びなさい」
「わかった」
そう言うと少女は目を閉じ、規則正しい寝息を立て始めた。
あたりは少し日が陰ってきたようだ。少女が元気になるまで、この場所をベースにしよう。
改めて周囲を確認する。
歩いてきた川の河原から10mほど山裾に入った地点。
少し広めの獣道沿いのヤマモモの木の下だ。木の下だけ下草も少なく。落ち葉が積もっている。日当たりが良くないせいだろう。木の裏手はこれまで通りの山林だ。
この場所で倒れていてくれてよかった。木の裏や、もっと下草が茂った場所だったら気づかなかっただろう。
風の精霊を集め、垂直に浮き上がり、更に遠くを確認する。ヤマモモの梢は10mぐらいか。50mほどの高さからは、周囲に開けた土地や人の気配は感じない。
テントの傍に戻ってから、薪にする枯れ枝を集めに山林に入る。といっても一晩火を消さない程度の薪はすぐに手に入った。
かまどの近くに薪を運び、テントを覗いて少女の様子を伺う。良く寝ているようだ。今日はこのまま起きてこないかもしれない。
腰を落ち着けると、リュックサックからウサギの皮を取り出した。新鮮なうちに鞣す準備ぐらいしておかないと、これからの時期は腐敗が進んでしまう。
納屋にあった木の板と釘を取り出し、ウサギの皮を板に裏返して貼り付ける。
皮の裏に残っていた肉と脂肪層を削ぎ落とす。この時期は冬開けで脂肪層は多くはないが、残っていれば腐敗してしまう。指先や頭部の皮も開き、徹底的に削ぎ落とした。
このまましばらく乾燥させる。
やることもなくなったので、何気なくリュックサックの口を覗いてみる。すると、黒い精霊がリュックサックの中に集まっているのに気づいた。
ああ…4次元ポケット化したのかと思っていたら、黒い精霊の力だったのか。なんと便利な精霊さんだ。
とりあえずやることもないし、昨夜と同様に精霊の力をいろいろ試してみる。
風と火、水はだいたいわかった。火と水の精霊を組み合わせると、沸騰したお湯を生み出すこともできたし、水と風の力で、氷を飛ばせることもできた。発射速度は銃弾程度までは上げられそうだ。
風の精霊は単体でもカマイタチのように木などを切断できたし、数が集まれば物を移動させるのにも使える。重量に作用しているのかと思ったが、反重力はどうやら土の精霊の力のようだ。
土の精霊は、土の造形が出来るだけでなく、土や岩石に含まれる鉱物資源の抽出ができる。だいぶ物理法則に逆らっている気もするが、単純に欲しい金属を思い浮かべると、目の前に抽出されてくるのだ。
金属ナトリウムをイメージしたら、銀色に鈍く光る直方体が出来始めたのは焦った。本物なら水分に触れて発火してしまう。ただちに川の中心に運び、投げ込んだ。案の定、いい音を上げて水しぶきが飛び散った。
水の精霊が生み出した水からは、なんの成分も回収できなかった。恐らくイオン交換水並みに純度が高いのだろう。
緑の精霊は身体の異常状態を癒すことができる。試しに長年酷使して痛んできた俺の奥歯に1匹張り付かせると、数秒後には欠けた部分が治っていた。
対象は動植物を問わないが、完全に死んだものには効果はないようだ。
黒い精霊は、空間魔法のように使えることがわかった。媒体があれば異なる空間を物理的に接続できるし、異空間につなげることもできる。どうやらリュックサックの中は異空間で、時間の流れも止まっているようだ。ちなみに、異空間に放り込んだものは、イメージすれば取り出せるし、複製も可能のようだ。
また、自分の周囲の地形をイメージすると、スキャンするように黒い精霊が浸透していき、いろいろな情報を伝えてくれる。3Dレーダーのようで便利だ。
情報からは例えばヤナギの木をピックアップすることもできるし、周囲の動物がどこにいるかも把握できた。自分の周囲に10mほどの空間を設定し、スズメほどの動物が侵入するとアラートが鳴るようにしてみると、実際に反応した。さすがにスズメ大だと頻繁に作動してしまう。体長30cmぐらいで作動するようにしておこう。
光の精霊の使い所がわからない。数は多くないが、白い風の精霊に混じって、一定数がいる。集めようとすれば集まるのだが、特に変化がない。
少女は呪術師の存在を知っていた。呪術師ならば光の精霊の使い方を知っているかもしれない。
そうこうしているうちに、夜になっていた。少女はまだぐっすり寝ているようだ。
俺もこのまま寝ることにした。リュックサックから封筒型のシュラフを取り出し、テントとかまどの間で横になる。夜露を気にする気温でもないし、このまま野宿で大丈夫だろう。
精霊の力を使いすぎたか、深い眠りに落ちていった。