59.差し入れをする
今日は子供達の元の集落に差し入れする日だ。
実は朝のうちに白と黒で先行偵察を行っていた。もちろん窓を使ってだ。
子供達を引き取ってからおよそ一か月経つが、なんとかやっているようだ。
昨年の大水で荒れていた田畑も一応片付けられ、炭焼きの煙も4本立ち上っている。
子供達に里帰りしたいか聞いてみたが、全員が首を横に振った。
「帰りたいとも親に会いたいとも思いません。タケル様は私たちのだれかを帰したいのですか?」
涙目で桜が訴えてくる。いやそんなつもりで聞いたわけじゃない。単純に声をかけただけだ。
「タケルさん?私たちは本当にこの里が好き。タケルさんやみんなと生活できるこの里が好き。だからあんな集落に帰りたいとかこれっぽっちも思っていない」
そうか。それはいらんことを聞いた。集落には俺と青、紅の3人で行くことにしよう。
気慣れていない小袖に袴姿に着替え、3人で連れ立って歩く。
物資は予め収納済み。集落が近づけば、大八車に積んで引いていけばいい。
今回は大人の足だけだから、小一時間で集落が見えるところまで来た。
大八車を取り出し、支援物資を積む。粟と稗を2俵ずつ、蕎麦を1俵の合計5俵で2石だ。
ついでに米粉を二袋つける。
米粉は籾摺りの際に割れたり、青米だったものを挽いたものだ。
あとは下処理の終わったイノシシが1頭。内臓は抜いてある。
前回も集落の入り口で農作業していた男が、今回も畑の草抜きをしていた。
声をかけ、村長を呼んでもらう。
村長が慌てて飛んできた。
「おお!まさか本当に持ってきていただいたのですか!実は前回いただいた食料がそろそろ底を尽きかけておりましてですなあ……はい……」
「ああ。約束は約束だからな。復興は進んでいるか?」
「はい。概ね順調でございます。炭焼き窯一つの修理は終わり、昨日から炭焼きを始めました。水に流された田畑の整理に取り組んでいるところです。なんとか秋までに終わらせて、秋からは新しい田を開こうかと考えております」
「そうか。子供達に死人は出ていないか?」
「はい。おかげざまで、それ以降は皆無事です」
子供達を含めた集落の住人たちが集まってきた。肥えているわけではないが、飢えている感じでもない。
貧しいながらもなんとかやっているといった感じだ。
「娘たちは息災でしょうか」一人の母親が聞いてくる。さて……誰の母親だったか。
「ああ。みな元気だ。今日はうちの里で採れた雑穀を持ってきた。子供達も手伝って収穫したものだ。村長に預けるから、皆で食べてくれ」
そう言って大八車から俵とイノシシ、野菜を下ろし、村長の前に並べる。
「それと、最も家族が多い家はどこだ?」
一人の男が進み出る。確か松次郎だったか松太郎だったか。炭焼きのリーダー格だった男だ。
米粉を一袋渡すと、恭しく受け取る。
もう一袋は狩りを生業にしている一家の若い家長に渡す。まだ名前も聞いていない杉の兄だ。
「そちらの開墾は順調ですかな?」村長が聞いてくる。
「まあ男手一人と女子供だけだからな。一応の蓄えはあるが、次の収穫までは汲々だよ」
いらんことを言うものではない。里の豊かな暮らしを知られるわけにはいかない。
「それで、体調を崩した家族がいるものはいないのだな?」
住人達を見渡し、再度確認する。すると杉の兄が恐る恐る手を挙げた。
「うちの婆さんの皮膚が腐ってきている……」
やはりいたか。梅雨の高温多湿状態では仕方ない面もあるだろうが、村長はついさっき皆無事だと言ったではなかったか。
「村長?どういうことだ?」
どうしても詰問口調になってしまう。
「いや……それは……」
「タケル、それはさっきのタケルの聞き方が悪い。タケルは『子供達に死人は出てないか』と聞いただろう。実際子供達に死人は出てないんだろうよ。死にかけの婆さんがいても、こいつはそこに結びつけて答えやしねえ。だってタケルの言い方がその答えを求めてねえからな」
つまりあれだ。徹底したイエスマンなのだ。確かに俺は期待を込めて『子供達に死人は出ていないか』と聞いた。こいつは仮に死人が出ていたとしても素直にはそう答えなかっただろう。
「よし、じゃあ質問を変えよう。集落に体調を崩している人間は何人いる?」
「はい……4、5人ほど……」
「わかった。案内してもらおう。まずはお前の婆さんからだ。青はその場で待機。食料の分配が公正に行われているか確認し、問題があれば是正。紅はついてこい」
紅がニヤリと笑って弓を背負い直し、槍を持ってついてくる。青は腰に履いた太刀の位置を僅かに直し、支援物資に近寄っていく。
俺と紅は狩人の若い家長の家に向かう。
「なあ……俺の弟は元気か?」家長が聞いてくる。
「ああ、元気でやっている。最近はこの紅について、狩りにも行ってるぞ」
「おう、お前の弟はなかなかスジがいい。ウサギぐらいなら一人で狩って捌けるようになったしな」
若い家長が唇を噛み締めながら言い返す。
「ウサギぐらい俺でも狩れらあ!でも……」
「ん?どうした?イノシシや鹿は怖いか?」
「違う!矢が……矢が通らないんだ!」
ん?どういう意味だ?
「はあ?何言ってんだお前?ちょっとお前の弓貸してみろ」
そう言って紅が弓を受け取る。なんだか貧弱な弓だ。
「いやこれ子供用の弓だろ。これじゃあウサギかキジぐれえしか狩れねえよ」
紅が弓を俺に手渡す。確かに弱い。ちょうど杉や松が使っているのと同じくらいの強度だ。
「もうちっとマシな弓はねえのかよ」
「死んだ親父の形見ならあるけどよ……」
「あ?ちょっと持ってきてみろ?」
「わかった。ちょっと待ってろ」
そう言って家長が家へ走り出す。
戻ってきた家長の手には、立派な長弓が握られていた。
「また豪勢なもん持ってきたなあ」
長弓を受け取った紅が、弓を引き絞る。
「おう、これはいい弓だ。でもちょっと硬いか。子供には引けねえな」
そう言って紅が長弓を俺に渡してくる。
内竹と外竹には節の長い真竹を使い、中打ちと呼ばれる芯材と、その両脇の側木にはハゼの木が使われているようだ。更に竹ひごを側木の周りに配置し反発力を高め、膠で全体を固めている。
確かに硬い。俺も精霊の力の補助なしでは、この弓は引けない。
……ん?俺は今何をした?いきなり軽く引けるようになった。ああ、緑の精霊と土の精霊で、反発力を抑えたのか。
「なあ家長さんよ?こいつ用の矢は残ってるか?」
「ああ、ここにある」
そう言って差し出された矢筒から一本抜き取り、弓に番える。30mほど離れた木に狙いをつけ、矢を放つ。
放たれた矢は、木の幹に20cmほども突き刺さった。イノシシや鹿相手なら威力は十分だ。
「おい、ちょっとやってみろ」
俺は家長に弓を差し出す。
「いや俺には強くて引けねえって……あれ?引ける……」
そう、引けたのだ。そのまま家長も矢を番え、狙いを付けて放つ。狙い通り矢は木の幹に突き刺さる。
「え……なんで??」
「ちょっと手助けしてやろうかと思ってな。強さを調整しておいた。しばらくは柔らかく引けるだろうが、お前さんの成長に合わせて本来の反発力を取り戻す。また引けなくなったら、それはお前さんの努力が足りなかったってことだ。精進しろ?」
家長は小躍りして喜んでいる。感情表現は杉とそっくりだ。
それはさておき、婆さんの治療を済ませる。案の定疥癬だった。他の住人の治療を行なっている間に、紅が若い狩人を狩りに連れて行く。
住人達の治療が終わる頃に、二人で小ぶりのイノシシを担いで帰ってきた。
「タケル様!やったぜ!イノシシを狩れた!」
「おうタケル!こいつなかなかスジはいいぜ!獲物を見つけるのも上手いし、忍び寄るのも上手だ!」
そうか。これでとりあえず一安心といったところか。
「じゃあ1か月後、暑い盛りにまた来る。復興は辛いだろうが頑張れ」
そう言って集落を後にする。
振り返ると、皆総出で手を振っていた。
決して悪い連中ではないのだ。ただ貧しいだけ。それだけのことだ。




