47.梅雨の過ごし方①
稲刈りの翌日から、雲行きが怪しくなってきた。どうやら梅雨前線が近づいてきているようだ。
本格的に天気か崩れる前に、次の田植えを終わらせなければいけない。
青と小夜が、先行して新しく拓いた田で苗代を作ってくれていた。
昨日刈り取った田の準備が終われば、いつでも田植えができる。
俺と白で田の土を掘り起こし、稲の切り株の根を切りながら土を混ぜる。ふんわりと空気を抱き込ませるイメージだ。黒が堆肥を撒き、俺が土の精霊を使って地均ししていく。
なんとか午前中には6枚全ての田の準備が終わった。
6枚の田に水を引くにはしばらく時間がかかる。その間に新しく拓いた田の田植えを済ませよう。
本来なら子供達も一緒に田植えをしたかったが、もう天気が崩れそうだ。あまり悠長なことは言ってられない。俺と青、紅と黒で一気に植えていく。白と小夜は苗代から続々と苗を運んでくる。
何とか雨が降る前に一反分の田植えを終わらせ、小夜と手分けして緑の精霊による苗の定着を行う。
結局今日の農作業はここまでだった。明日は囲いの中の田植えだ。
翌朝、案の定朝から大雨になった。
「なあタケル……本当にこの雨のなか田植えをやるのか?びちょびちょになるぞ……」
俺だって嫌だ。だが夏が来る前に田植えを終わらせないと、水温が高くなりすぎる。
「仕方ないなあ……そんなタケル兄さんと紅姉のために、里に傘をかけてあげるよ!」
そういって白が手を差し伸べる。風の結界が里を多い、雨を弾く。
「まあ晴れってわけにはいかないけど、これで作業はしやすくなったでしょ?」
いや素直にありがとうだ。
せっかく白が張ってくれた結界だ。早速田植えを終わらせよう。
昨日と同じように、俺と青、紅で一気に田植えを行う。囲いの中の田は、外よりもやや少なめの6枚のみ。
午前中には田植えが終わり、小夜と一緒に苗の定着を図る。
これで秋口の実りが期待できる。
梅雨前の農作業は一旦終了だ。
さて……梅雨である。一年でもっとも鬱陶しい時期かもしれない。
もちろんこの雨がなければ、夏の渇水期が乗り切れないし、農家にとっては恵みの雨だ。
しかし、外で遊べない子供達にとっては、やはり鬱陶しい雨でしかない。
黒は収穫した籾やイモ類にカビが生えないか心配している。納屋よりも通気性のいい貯蔵庫が必要かもしれない。梅雨が明けたら計画しよう。
そういえば、飼っているヤギに子供が生まれた。
紅の大事な毎朝の日課はヤギの世話。その紅が稲刈りや田植えの準備でバタバタしている納屋に飛び込んできたのだ。
「タケル!子ヤギだ!ヤギが子を産んだ!」
朝一番でヤギ小屋のススキを入れ替えにいった紅が、雌ヤギの横でのんびり乳を飲む4頭の子ヤギを見つけたのだ。連れてきた4頭の雌ヤギのうち、2頭が妊娠しているのはわかっていた。だがまさか同じ日に産むとは思っていなかった。
もともとヤギは乾燥した地域に生息する生き物だ。
高温多湿になるこれからの季節に上手く順応してくれればいいが。
とにかく、これでヤギ乳が採れるようになる。ヤギたちもだいぶ人に慣れて、紅たちや子供達が体に触れても嫌がらないほどになっていた。ヤギ乳が採れれば、チーズやヨーグルトといった発酵食品が欲しくなるし、乳製品に合うのはやっぱりパンだろう。
パンに必要なのは小麦粉とパン種。
パン種を作るにはパン酵母が必要だ。
温度も湿度も高めで安定したこの時期に、酵母の培養にチャレンジしてみよう。
酵母を培養する方法はいくつかあるが、一番手っ取り早いにはフルーツを使う方法だ。
春のうちに小夜が山で採ってきた野苺をドライフルーツにしていた。何粒かもらってこよう。
小夜を探していると、先に椿に会った。
「なあ、小夜を知らないか?」
「ん〜今なら蚕のお世話だと思います!最近ちびっこ達にも蚕のお世話を教えてるんで、私はやることがないです!
小夜さんにご用ですか?呼んできますか?」
「いや、急ぎの用事じゃないんだが、小夜が作っていた干し苺が残っていれば、ちょっと欲しくてな」
「タケルさんまた何か美味しいもの作るんですか??」椿の目が輝いている。
「まあ上手くいくかはやってみないとわからないけどな。うまくいけば、まだ食べたことない味を味あわせてやれるぞ?」
椿が何か企んでいるような笑みを浮かべる。
「仕方ないですねえ〜じゃあ私が協力します!」
そう言っていつも持ち歩いている鹿革のポシェットのフラップを開ける。
中に入っていた小袋から出てきたのは…干し苺だった。
「小夜さんが作った干し苺は、みんなこうやって持ち歩いてるんです。美味しいですよ〜」
実は小夜や椿のポシェットに入っていたのは、この干し野苺だったらしい。
小さな掌いっぱいの干し苺から、10粒だけ戴く。
さっそく母屋の厨房で酵母培養の作業に入る。
実はそんなに複雑な工程ではない。
1.広口瓶を煮沸消毒する
2.冷ました広口瓶に、軽く洗った干し苺をいれる
3.綺麗な水を注ぎ、25℃〜28℃で数日放置する
4.上手く発酵すれば、干し苺が浮いてくるので、その下に沈む澱を取り出し、酵母種にする
これだけだ。
ただし、煮沸消毒が足りなかったり雑菌が入ると、発酵ではなく腐敗するため失敗も多い。
とりあえず瓶を2つに分けチャレンジしてみる。
鍋に水を張り、広口瓶を沈め火にかける。先に湯を沸かして瓶を入れるのではないのは、一気に熱膨張して瓶が割れるのを防ぐためだ。
沸騰してから待つこと15分、鍋を火から下ろし、蓋をして常温まで放置し冷ます。
冷めたら、もう一度火にかけ、再度煮沸消毒する。念には念を、そして熱履歴で発芽するカビを殺すためだ。
もう一度蓋をして冷まし、冷めた瓶を取り出す。
干し苺を5粒づつ入れ、青の精霊の水を注ぐ。
緑の精霊を貼り付け、風の精霊で封をする。
酵母の培養で精霊がどのように関与するかはわからないが、大きなくくりでは生物反応だ。悪いことはないだろう。
あとは変化を確認する。なんだか夏休みの自由研究でもやっている気分だ。
水に浸かった干し苺の表面に細かな泡が付きはじめる。果糖の分解が始まったようだ。嫌な色に変色したり、異臭がする感じはない。
水が徐々に黄色に色づいていく。泡立ちが激しくなり、沈んでいた干し苺が水面に浮かぶ。
ゆっくりと瓶を揺すり。干し苺の表面に泡を飛ばしてもう一度沈める。
なんどか繰り返すうちに、干し苺の表面の泡立ちが治まってきた。発酵が終わったようだ。
一旦静置し、澱を沈める。
その間に麦粉を更に細かく挽き、水で生地状に練っておく。耳たぶぐらいの柔らかさでいいだろう。
澱が沈んだ瓶から、水面に浮かんだ干し苺を取り出し、目の細かいガーゼ布で澱を濾過する。
この澱を生地に加え、しっかり練りこむ。
これで生地が発酵を始めるはずだ。
また精霊達の力を借りる。
生地がみるみる膨らみはじめた。
膨らみ方が落ち着いたところで、生地を半分に割る。
少し甘い、酵母独特の香りが広がる。
生地を切るように細かくしてから、再度練りこみ、もう一度発酵させる。酵母の発生させる二酸化炭素による気泡を細かくして、決めの細かいパン生地を作るためだ。
切り戻す前の大きさまで膨らめば十分だろう。
パン種にする分をちぎり、それ以外をパン生地にする。
パン釜はないから、フライパンで焼けるパン……ナンならどうだろう。
よし、ナンにしよう。
俺が何かやっているのを聞きつけたのか、小夜や青が集まってきた。ちょうど昼時だし、昼飯にしよう。
ちょっとパン生地の作り方が雑です。
自分なりですが、詳しい方のツッコミよろしくお願いします。




