39.子供達を迎え入れる
村長が各家から選抜された子供達を連れてくる。
選抜されたと言えば聞こえがいいが、要は厄介払いでしかない。
集められた子供達は総勢14名。最初に数えた子供達のうち、年上の子は残し、代わりに乳飲み子2名の母親が二人加わった。
「この二人は子供の父親がわからんのです。この集落の誰かなのは確かですが、口を割りません。申し訳ないが連れて行っていただきたい」そう村長が言ってくる。
嫌はないが、二人ともまだ子供と言ってもいい年齢に見える。小夜よりは年上だろうが、紅よりはかなり幼い。
この世界での婚外子の扱いがどのようなものかは知らないが、この集落にとっては異端なのだろう。
とりあえず年上と思われる順に一人ずつ面接する。
とすると最初は乳飲み子を抱いた母親のうちの一人だ。
名前と年齢を言うように促すと、とんでもないことが判明した。
「名前……名前は無いです……」
虚ろな目でそう呟いたのだ。
俺は村長を睨みつけて問いただす。
「おい……さすがにその扱いは酷くないか?名前がないとはどういうことだ!」
名前とは単に個体識別のためだけにあるのではない。それなら記号で、例えばAとかBと呼べばいい。
名前とは個人の尊厳であり、アイデンティティの根幹でもある。まさか名前を奪ったのか。
「いえいえ!我が集落では、男は10歳、女は15歳になるまで名前はつけません。名前を与えられるということは一人前の証。ここにいる皆は名前を持たぬ者ばかりです」
そういえば聞いたことがある。7つに満たぬ子供は神様の物として扱い、名前を付けない風習。近代まで続いていた地域もあったはずだ。
この集落は更に徹底していたということか。
「この集落の風習ということなら仕方ないが、俺が引き受けるからには俺のやり方に合わせてもらう。構わないな?」
そう宣言してから、改めて子供達を見渡す。
宣言したからには名前を付けなければならない。
とはいえ俺のネーミングセンスは知れている。青や紅がいい例だ。
名前…名前…そういえば昔飼っていたペットには木や花の名前をつけていた。
こういう時の知恵袋は青だ。
「青よ……木や花の名前ではまずいと思うか?」
「旦那様の僕となるのですから、旦那様のご随意に。マツやウメなどという名前はありふれております。大人になって自分の名が気に入らなければ名乗りを変えればいいだけのこと。問題にはなりません」
そうか…そういえば時代劇を見ていると確かにオマツやオフネと言った名前は出てくる。
ちなみに「何月生まれ」というのは愚問らしい。皆一斉に新年で歳を増やすというのだ。季節の花で名付ける作戦は不発に終わった。
「よし、ではまずお前は桜だ。その子供は男か?女か?」
「女でございます」
「では八重と名付けることにする」
こんな調子で名付けていった。
纏めるとこうなる。年齢は全て数えだ。
桜、女、14歳、八重の母
梅、女、14歳、柚子の母
椿、女、9歳
杉、男、9歳
桃、女、8歳
楓、女、8歳
棗、女、6歳
松、男、6歳
柳、男、5歳
杏、女、3歳
樫、男、2歳
楠、男、2歳
柚子、男、1歳
八重、女、1歳
男6名、女8名の総勢14名を俺達の里に受け入れることにする。
さて、この子供たちを連れて帰らなければならない。
約2㎞の道のり。大人の足でも45分はかかった。子供たちの衰弱した足では到底歩けそうにない。
しかも歩き出したばかりの乳幼児もいる。
多少時間を稼ぎ、大八車でも作ろう。
周辺を3Dスキャンすると、およそ500m先に立派な牡鹿が草を食んでいるのが見えた。
黒と白を呼ぶ。
「黒、あそこに牡鹿がいるのが見えるか?照準を頼む。白が狙撃してくれ」
『了解!』
黒が窓を開き、白が弓を構える。直接照準ではなく、曲射するようだ。
集落の住人たちは、そんな光景をぽかんと見ている。精霊が見えない者には白が空に向かって弓を引いているようにしか見えないだろう。
白が放った矢は、45°の放物線を描き、森の向こうの牡鹿の胸を斜め上方から貫いた。
紅を呼び、仕留めた獲物を回収に行ってもらう。
「青、黒、白、大八車ってわかるか?うちの納屋に小さな台車があったと思うが……」
そう尋ねると、黒と白は微妙な顔をするが、青はうなずく。
「旦那様の書物で見ました。わかります」
「じゃあ集落の入り口の外で、1台作ってきてくれ。素材は木、車輪の高さは俺の足の長さほど。荷台のサイズは俺のベッドぐらいで頼む。黒はできた大八車に、麦2俵と粟と稗を合わせて2俵、蕎麦を1俵積んでくれ。複製を使って構わない」
そう支持をする。複製に頼ると開拓などしなくてよくなるため、極力使わないようにしてきたが、今は事情が事情だ。一時解禁しよう。
皆が作業に取り掛かっている間に、小夜と二人で子供たちの健康状態を再度確認する。
幼い子供たちは立っていられないのか、その場に座り込んでいる。
泣く元気もない幼児が浮かべる虚ろな瞳には、改めてゾッとする。
この半年間の飢えと境遇が、子供たちから子供らしさを奪っている。
子供たちの母親だろうか。大人の女たちが泣きながら男たちに何かを訴えている。
母親にしてみれば、自分たちが生きるためとは言え、自分の腹を痛めて産んだ子供を見ず知らずの人間に託すなど耐えられないに違いない。
いや、そうであってもらわなければ困るのだ。男達はすぐにこの辛さを忘れる。
だが、女達が忘れなければ、きっと集落は立ち直るだろう。
見た感じ、手足の機能障害や重い疾患を抱えた子供はいなさそうだ。
さくら、うめ、つばきの3人は、受け答えもしっかりしている。
小さな子供たちの面倒もみれるだろう。
すぎ、もも、かえでの3人は、きちんと会話ができるが、まだまだ幼い。
なつめ、まつ、やなぎの3人は、ようやく会話が成立するぐらい。
あんず、かし、くすのチビ3人はようやく話し始めた程度だ。
ゆずとやえは、母親二人に任せるしかない。俺には子育ての経験はないのだ。
小夜がチビ3人の相手をしているうちに、皆が戻ってきた。
紅が牡鹿を担いで帰ってきた。体重100Kg近くありそうな立派な牡鹿だ。
紅が担いでいた牡鹿を住人たちの前に投げ出す。
「お裾分けってことだ。血抜きはしてあるが、きっちり吊るさねえと不味くなるぞ」
紅がそう言うと、家長を失い新たに一家の長となった若い男を中心に、男たちが集まってくる。
青が大八車を引きながら左右に黒と白を従えやってくる。
荷台の上には5俵の俵。
「お待たせしました旦那様。麦2俵、粟1俵、稗1俵、蕎麦1俵です」
俺は荷台から俵を下ろし、村長の前に俵積みにする。
「全部で5俵、合わせて2石だ。これが約束の1回目の援助物資だ。受け取ってくれ」
住人たちが歓声を上げる。
俵を下ろして空いた荷台に、子供たちを積み込む。
10人は乗ったが、さくらとうめは歩いていくという。
子供を抱いたままでは辛いと思うが、まあ皆で交代に抱っこするしかないだろう。
雑穀の俵に住民たちが気を取られているうちに、この集落を後にすることにした。
「では子供たちは引き受ける。梅雨が明けるころまた来るから、それまでに復興を頑張ってくれ」
そう村長に別れを告げ、大八車を引きながら集落を出た。




