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36.小夜の仕事

5月はもう一つ出来事があった。

小夜が本格的に養蚕(ようさん)を始めたのだ。

(かいこ)を育て、(まゆ)から絹糸の原料である生糸(きいと)を取り出す。元の世界では日本初の機械的工業化に成功した富岡製糸場が有名なアレだ。


養蚕の手順はこうだ。


まず、カイコガの雄雌を揃え、紙の上に卵を産ませる。1匹の雌がおよそ400個の卵を産む。

黒っぽい卵は一旦冬を越さないと孵化しない。

産卵直後に黄色い卵は、25度前後の環境に保つと、およそ2週間で孵化する。


孵化したカイコガの幼虫(蟻蚕(ぎさん)毛児(けご)と呼ぶ)は、桑の葉を敷いた竹籠に移す。

竹籠を使う理由は、食べ残しの桑の葉や糞を下に落としたり、風通しを良くしてカビの増殖を防ぐためだ。


幼虫はおよそ1ヶ月かけて終齢幼虫(熟蚕(じゅくさん))となり、餌を食べなくなる。


ここで竹枠や厚紙で仕切った箱に1匹づつ入れると、中で繭を作る。


累代飼育のために必要な分は、繭の上部を切り取り、(さなぎ)を取り出す。

雌の蛹は雄の蛹より一回り大きいので、雌雄に分けて保管する。


蛹はおよそ2週間で羽化し、また親として繁殖させる。


小夜は、山に自生していた桑の木を裏庭に移植していた。いつのまにか裏庭が桑畑と鶏達用の雑穀畑になっていたのには驚いた。

そして鳥小屋の隣に養蚕小屋を作り、中に何段も棚を掛けて蚕を飼っている。

孵化のタイミングをずらして、ほぼ毎日繭を回収できるようにしているようだ。

ちなみに大量に出てくる蛹は鶏達の餌になっているらしい。また桑の葉の食べ残しや糞は、堆肥の原料にもなっていた。


蛹を取り出されなかった繭は、そのまま鍋で煮込まれ、10個ぐらいの繭からそれぞれ糸をつまみ出し、撚りあわせながら糸車に巻き取っていく。1回の糸引きで、およそ1000mほどの糸が取れる。

さすがにこの過程での糸は細すぎるため、2〜3本を撚りあわせ、更に太い生糸を作る。

蛹を取り出した繭からも糸は取れるが、途中で切れて面倒だから捨ててしまっているらしい。


小夜の話では慣れれば1日で50個ほどの繭を処理できるようで、破綻しない程度にサイクルを調整しているとのことだった。


ちなみに、生糸は黒の手に渡り、染色や機織(はたお)りの工程を省略して、小夜達の服になっている。

どうやら何かのラノベか雑誌で「シルクの下着」というものを見つけ、黒や小夜達年少組が燃え上がった結果らしい。


必要は発明の母という(ことわざ)は英語だっただろうか。まったく恐るべきバイタリティだ。


また、綿花と茶の栽培も初めていた。

綿花も茶の木も、栽培自体は難しくはない。

土を耕し、畝を起こして種を蒔く。

綿花は高さ1mほどの株になるので、それを見越して種蒔きする必要がある。

発芽までおよそ10日、その後約4カ月で花が咲き、実をつける。実が弾けると、中から綿が出てくる。これが綿花(コットンボール)だ。

このコットンボールをそのまま乾燥させ、発芽からおよそ半年で収穫できる。


小夜は、1サイクル目の生産工程を1週間に短縮し、数粒の種を30個に増やした。

その種から、現在30株の綿花を栽培中だ。


ちなみに1サイクル目の収穫物は、黒の手で風呂用のタオルになったらしい。そういえばこの前見慣れないタオルが増えていた。

柔らかな白いパイル地で、縁取りの色が6種類ある。

青、赤、黒、緑、茶色、そして無地だ。

どうやら黒が専用タオルを作ったらしい…とうとうタオルを分けたいお年頃になったか…と、実年齢お父さん世代の俺は少々淋しくなっていたものだ。

ちなみにこの事をある時黒に伝えると、心底心外そうな顔で何やら呟いていた。

「そんな…そんなことは…お風呂だって…」


事件が起きたのはその夜だ。

俺がのんびり風呂に浸かっていると、黒を筆頭に年少組が乱入してきたのだ。

『タケル兄さん!一緒にお風呂入るからね!』

「ハダカの付き合い…しようぜ…」

いや黒よ、そんな言い回しどこで覚えた?

慌てて皆をつまみ出す。青が皆を叱るでもなく、悠然とお茶を飲んでいる。

火の番をしていたはずの紅が、ニヤニヤとこちらを見て言う。

「タケルよ、どう考えてもお前が悪い。そもそもタオルを分けたぐらいでグチグチ言うな。早く謝れ」


どうやら俺の誤解が黒を始め年少組を大変傷つけてしまったらしい。この時ばかりは真剣に謝った。


話を小夜の仕事に戻す。

茶の木は2株だけ。これは青と白のリクエスト。

ときどき青が美味しい煎茶を入れてくれるが、本人も気に入っていたようだ。

茶の木は自然に任せて栽培している。現在はようやく膝ぐらいの高さに伸びてきたところだ。ここから横に広がるよう、剪定を繰り返していく。

一年草でもないし、ゆっくり生育させればよい。


鶏や(うずら)の飼育も頑張っている。

特に鶏は数も増え、里の塀の内側を闊歩している姿をよく見かける。

塀の外には逃げ出さないようだ。内側が安全なのが分かっているのだろう。

元の世界では鶏小屋内にイタチの侵入を許したこともあったが、日々の小夜の見回りと小屋の整備のお陰で、今のところ被害はない。


産み落とされる卵の回収は小夜の朝の日課だ。

回収せず孵化した雛は、雛のうちに小夜が鑑別し、雄は別の小屋で育てている。

親鳥にしないか老齢になった鶏や鶉を(つぶ)すのも、小夜の仕事だ。


自分が世話をしている生き物の屠殺(とさつ)は嫌がるかと思い、最初は俺が代わろうとしていた。

「ん〜やりたいかと言われたら微妙だけど、鶏肉美味しいし!他の誰かにやってもらうくらいなら、自分でやったほうがいい!」

そう小夜に言われて、過保護過ぎた自分を少し反省する。小夜は自分の仕事を立派に果たそうとしている。



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