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25.乙金村にて

村長と呪術師の話を纏めるとこうだ。

この集落の名前は「乙金(オトガナ)」。かの菅原道真公が太宰府送りになる際に立ち寄った時には、病に罹ったお供の介抱をしたなどという石碑が残るほど、由緒正しき集落らしい。人口はおよそ100人。男女比はおよそ半分。

今は未成年と年寄りを山に逃し、襲撃に耐えていた。


襲撃してきた側は「金隈(カナノクマ)」。こちらも遥か昔から続いている集落で、人口など規模は乙金とほぼ同じ。

もともと小規模な川を挟んで両隣の地域であり、昔から水利を巡っての争いはたびたびあった。しかし争いと言ってもせいぜい水門や畔を壊すか、お互いの集落を囲んで言い合いをする程度。時折ヒートアップしても投石をするぐらい。


しかし今年は打って変わって、死者が出ることを全く厭わない本気の襲撃になってしまった。


「ふん…よくある話だ。田植えが近づくと田に水を引く順番で同じ集落でも小作人どうし喧嘩になる。しかしそのせいで死人を出したりすれば、荘園主が黙っていないだろう?」とは紅の言葉。村長が答える。

「その通りでございます。我が乙金と金隈は属する荘園こそ違えど、以前には相互に姻戚を結ぶなど助け合って暮らしておりました。その関係が急に悪化したのはどうにも解せませぬ」


なるほど…乙金側に変化点がないとすれば、金隈側で何らかの変化があったということなのだろう。やはり襲ってきた側にも聞かねば分からんか。村長に敵の大将を指差し聞いてみる。

「こいつに見覚えは?」

「ございませぬ。去年の秋の収穫時、少なくとも春の田植えの際にはおりませんでした。他の連中は間違いなく金隈の住民ですが。もしかしたら荘園主の息がかかった武人なのやもしれませぬ」

何者かが裏で襲撃を操っている可能性もあるということか。


「タケル…乙金は助けた。金隈の連中は放っておくべき。これ以上関わると面倒…」黒が本当にめんどくさそうに言ってくる。

「黒ちゃんはねえ」そう白がフォローに入る。

「金隈の連中の命まで救ったとするでしょ?そうすると、『乙金を救った陰陽師』の存在が金隈の連中にまで知られてしまう。その事を心配してるんだよ!」

確かにその通りだ。乙金にとっては俺たちは英雄のようなもの。秘密にしてくれと言えば、敢えて他言はしないだろう。だが襲ってきた側からすれば、襲撃が失敗した原因を伏せたまま、スゴスゴと帰るわけにもいくまい。


こういう時の知恵は青に借りよう。

「青…なにかいい知恵はないか?できれば金隈の連中に俺たちの存在を深く知られずに、命ぐらいは助けておきたいのだが…」

襲ってきた連中とはいえ、総勢は30人。しかも全員が働き手であろう男たち。人口の3割を失えば、その集落は壊滅する他に道がない。荘園主も黙ってはいられないだろう。


「それでしたら、乙金の集落の住民が治療したことにするのはいかがでしょう。乙金にも祈祷師はおりますし、薬草の備えもあるはず。都合のいいことに、薬で旅人を救った言い伝えもあるようです。秘薬を使ったことにでもすれば、命は助かった事にはできるでしょう。もちろん誰かが責任は負わねばなりません。大将首は必要でしょうが、襲撃の指揮をしていたのですから覚悟はしていると思います」

そう青が石碑と呪術師の女性を交互に見ながら答える。呪術師ではなく祈祷師というカテゴリーらしい。違いはおいおい聞いてみればいい。

「これほどの怪我を、薬草と祈祷だけで治療したというのは無理がないか?この世界の薬草とはそんなに効果があるものなのか?」

そもそも俺に薬学の知識はない。一応専門は化学系の工学だったから、生体反応工学や付帯して薬理学は選択はしたが、別に漢方に詳しいわけでもない。薬草と言っても民間伝承レベルだ。ヨモギやドクダミ、ビワの葉やクマザサといったアレだ。

「この集落で採れる薬草といえば、ヨモギやゲンノショウコ、アジサイ、スギナといったところでございます。いくら祈祷を捧げたところで、とても刀傷を癒すほどの効能はございません」祈祷師の老婆が慌てる。


「例えばだ、ヨモギのようなありふれた草に、そういった万能性を継続して持たせるようなことは可能か?もちろん緑の精霊による癒しのような即効性は求めていない。時間はかかってもいい。すり潰して傷に塗る、煎じて飲むなどで、少しずつ回復していくような効果だ」俺は青に尋ねる。

イメージしたのは遺伝子組み替え。この地で採れるヨモギにそんな効能を付与できるとすれば、この集落も安泰かもしれない。何にせよ、俺や小夜の力を使わずに金隈の連中を助けたという実績が必要だ。

「不可能ではないでしょう。土地神の力を借りているなど言えば言い訳は立ちます」

まあこの世界に来た時に、不思議な光からは『強い思念が大事』との言葉はもらっている。要はしっかりしたイメージがあればなんとかなるだろう。多少御都合主義の気配はあるが、やるだけやってみよう。


俺たちは集落の板塀沿いに生えているヨモギの前にやってきた。春先の暖かい光を浴びて、新芽を芽吹いている。

俺はヨモギを緑の精霊で包む。イメージするのは抗菌性と抗炎症性、あくまで生物の持つ自然回復力をサポートするための効能だ。

緑の精霊が離れる頃には、まだ小さかったヨモギの株が高さ1m弱の立派な株に成長していた。

新芽を摘んで祈祷師の老婆に手渡す。

「これをすり潰して、襲ってきた連中の傷に塗ってみてくれ」

老婆はヨモギの芽を受け取ると、急いで自宅であろう家に入っていく。


結論としては想像以上の効果があった。

紅に大腿部を切り裂かれ、俺が出血だけを止めていた男の傷口が、あっという間に塞がったのだ。

絶大な効果を示したのは新芽のみ。成長した葉では効果が落ちるようだ。

そこまで確認した上で、俺は更に数株のヨモギに同様の処置を行う。効果が遺伝するか、また副作用がないかは要観察だろうが、とりあえず人命優先だ。

ちなみに最も回復が早かったのは大将だった男だ。まあ首を峰打ちにして気絶させていただけだったので当然だろう。


厳重に縛り上げた上で、村長が背後関係を尋問している。この男は金隈の村長の弟だった。若い頃から隣の荘園主に奉公に出ており、毎年起きる集落間の小競り合いに首を突っ込んだということらしい。今年は荘園主から鎧兜や刀を借りられたことで、村人達が調子に乗って暴徒化した。その結果が今回の事態だった。


おいおい…

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