20.とりあえず博多に行ってみよう
朝が来た。久しぶりに天井がある部屋で目が覚めた。シュラフであることに変わりはないが、いくら春先とはいえ、やはり屋根があるのはいい。
外からは気合の入った刃音が聞こえる。誰かが朝稽古をしているようだ。
囲炉裏のある部屋の引戸を開け縁側に出ると、そこには真剣で稽古をしている紅と黒の姿があった。
「おう!タケル!起きたか」
「タケル…遅いっっ!」
紅が突き出した薙刀を、黒が右手の小太刀で左側に流しながら突っ込む。と同時に逆手にもった左手の小太刀で紅の腹部を薙ぐ。が、紅はひらりと躱し距離を取る。
黒よ…遅いとは紅の突きに対してか??
「おはよう。他の3人はどうした?」
2人に問うと、異口同音に答えた。
「朝食の調達!」
今度は黒から打ち込んでいく。性格からして防御重視ではないと思っていたが、やはり前衛のほうが好きなようだ。
「調達ってどこに行ったんだ?」
「さあなあ!白がいるから鴨かなんか獲ってくるんじゃないか?!」
そう答える紅は、黒の攻撃を捌くので忙しそうだ。
せっかくなので縁側で2人の稽古を見学する。竹刀や木刀を使った稽古なら何度も見ているが、真剣での稽古を見学するのは初めてだ。
式神だから万が一斬られても死ぬことはないだろうが、やはり迫力が違う。
「私達式神には死という概念はありません」とは昨夜の青の言葉。傷ついても精霊達による自動修復機能があるそうだ。
「しかし痛みは感じますし、本体と切り離された部分が元に戻るには時間がかかります」
つまり、傷ついた部位によって機能を取り戻すまでのタイムラグがあるということらしい。
「指なら数秒、手なら数分、足や腹を裂かれたら数時間」と黒が説明してくれた。
「ちなみに首を落とされたら?」そう聞くと、黒は少し嫌な顔で答えてくれた。
「普通なら1日、ただし首を落とされて焼かれたりしたら復活は無理。諦めてもう一度式神としてタケルが生み出したほうが早い」だそうだ。
「いずれにしても」そう青が続ける。
「私達が行動できない間に、旦那様が傷つくことがあってはなりません。旦那様も十分お強いですが、日々の鍛錬を欠かされませぬよう」
承知しました!
そんなやり取りを思い出しながら、2人の稽古を見守っていると、残りの3人が帰ってきた。
白が長弓を担ぎ、小夜は雉をぶら下げている。青はさながら2人の引率の先生のようだ。
「朝課外ご苦労さん!」
そう声をかけると、小夜と白が駆け寄ってきた。
「白ちゃんすごいとよ〜!一発で雉を仕留めたとばい!」
「偉かろう?褒めれ!」
えっと…小夜さん?いつのまにか方言出てますが…黒を見ると、黒の唇がちょっと歪んでいる。おおかた「これぐらいなら通じるだろう」といったところか。
「おう!凄いなあ白!」
そう言いながら頭をワシワシしてやった。
白は『にへらあ』としか表現できない表情を浮かべている。
じゃあ早速捌いて朝食にしよう。
朝食は雉鍋になった。
鍋を囲んでの朝食中に、青が切り出した。
「ところで旦那様、この後どうされるおつもりですか?このままここにご厄介になるわけにも…」
その通りだ。その話を振ってくれた青に感謝しつつ、昨夜考えていたことを皆に伝える。
このまま陰陽師として街で暮らすか、あるいは山に引きこもるか、諸国放浪の旅をするか、でも自分が昔諦めた『人助け』という夢を叶えるチャンスかもしれないと思っていること。そしてそのためには皆の協力が必要であること。
皆真剣に聞いてくれた。
俺が話し終わると、紅が俺に言った。
「なるほどなあ…タケルは面白いこと考えるな。安心しろ?私達はお前の味方だ。お前の命がある限り、お前に着いて行くさ!」
さすが姉貴です。泣きそうです!
「うちら2人は賛成!だって楽しそうじゃん!」
「タケルの知ってる不思議なことを教えてくれるなら、たぶん楽しい」
これは白と黒の意見。この2人も賛成してくれた。
「私の命はタケル兄さんに拾ってもらったとよ。やけんタケル兄さんにこの命預けるばい!」
はい、小夜の命は俺が預かった!
「自分の意思を貫き通すには、一定の後ろ盾と何より実力が必要です。旦那様は三善様という後ろ盾をお持ちになりました。あとは旦那様自身の実力をこの世に知らしめねばなりません。お手伝いいたします」
青さん?なんかスケールでっかくなってません?
とはいえ、皆の賛同は貰えたようだ。
ではこのまま宰府にいても仕方ない。のんびりと博多の街に行ってみよう。
そう皆に告げるのと同時に、入り口の引戸がガラリと開いた。じいさんが重そうな箱を増長天に持たせて入ってきた。




