2.転生
気がつくと夜が明けていた。
意識を失った崖の下と同じ場所だが、不思議と身体が痛くない。ゆっくり手足を動かして上半身を起こす。妙に身体が軽い。
そのまま体育座りをして、状況を整理してみる。
見覚えのある風景…ではなかった。いや、地形に見覚えはあるのだが、雰囲気が違う。
倒れたのは崖下で、以前に降りたときには背の低い草が生えていて、少し離れたところから笹混じりの雑木林になっていた。いわゆる里山である。
ところが今いる場所はもっと緑が濃い。植生も広葉樹主体で木が太い。
「どこだここは…」
ボーッとしていても仕方ないので、ゆっくり立ち上がってみる。視点に違和感はないし、視野が歪んでいるわけでもない。
服装も変わっていなかった。愛用のジャングルブーツにカーキ色のカーゴパンツ、実用一点張りのミリタリージャケット。別に軍オタのつもりはなく、単純に農作業に向いていただけだ。
カーゴパンツの尻ポケットに入れていたスマホを取り出す。落下の衝撃か画面がベキベキに割れ、電源も入らない。諦めてポケットに戻す。
「とりあえず家のほうに行ってみるか」
周りを見渡すと、どうやら獣道があるようだった。獣道に沿って、家があったほうに進んでみる。
10分も歩いただろうか。家があったはずの場所は、ただの草地だった。
まあ…そうだろうな。この雰囲気で家だけあっても変だ。じいさんの残した昔ながらの平屋だったんだけどな。
「そういえば私物が持ち込めるんじゃ…」
そう呟いて、何気なくジャケットの右ポケットに手を入れる。なぜかチョコバーが出てきた。
チョコバー…うん、台所のストック食料入れにあったな。でもポケットに入る大きさじゃない。
まさか4次元ポケットか(笑)
調子にのって、いろいろイメージしながらポケットを漁ってみる。
猟の時に使っていたリュックサック、リュックサックからはサバイバルキット、ガンロッカーに入っていた猟銃と、弾薬保管箱に入れていた実包一箱、剣鉈を取り出した。別にジャケットのポケットだけから取り出せるわけではないらしい。当座の食料はチョコバーでいいか。
流石に猟銃と実包を持ち歩くのもどうかと思ったので、リュックサックに放り込む。ついでに、また取り出せることは確認した。
「まあとりあえず寝床を確保するか」
そう呟いてチョコバーを齧りながら周辺を探索することにした。
結論からいうと、もと住んでいた場所によく似た別の世界のようだ。田畑の先を流れていた川もあった。
護岸は川原に変わっていたし、流れももっと複雑に曲がっていたが。
人が住んでいる気配も痕跡もない。ずっと昔か、あるいはずっと未来かのどちらかだろうか。
寝床に出来そうな場所を探していたが、結局最初に目覚めた崖下に戻ってきた。
倒れていた場所から少し離れたところなら、芝のような下草が生えた平地があって、近くに小川が流れていたからだ。落石しそうな石もないし、崖から1mも離れていれば大丈夫だろう。
今夜はテントを張って寝床にすることにした。
焚き火ぐらいはしてもかまわないだろう。ただあまり煙はあがらないようにしよう。
リュックサックから取り出した寝袋にくるまって、昨夜の光との会話を思い出す。陰陽の術とか言ってなかったか?魔法のようなものだと理解したが、どう使うのだろう。
とりあえず座禅の要領で頭を空っぽにしながらイメージしてみる。水…風…火…土…色を思い浮かべればいいだろうか。水は青だろう。風は白、火は赤、土は黄色か?なんとなく自分の周りにふわふわと漂う色の塊がイメージできた。この塊を精霊だと思おう。
次に青い塊をまとめて移動させてみる。イオン交換膜で分離するイメージだ。
仰向けのまま右手を伸ばし、指先に青い塊を集める。そのまま射出!
「冷た!!」
指先から水が吹き出ていた。花鳥風月か!!(笑)