18.宰府での夜(式神達との会話②)
同時通訳されていたことが判明すると、更に疑問が湧いてきた。
「でも、小夜と始めて会った時も、いきなり会話が成立したが…白と黒はいつから通訳していたんだ?」
「タケルがこっちの世界に来てすぐに、精霊達はみんな大騒ぎで見に行った。そしたら聞いたこともない言葉で独り言言ってるから、みんなで通訳して遊んでた。その時にタケルの思考を覗いて、みんなタケルが気に入った。いろいろ助けてあげたいって思った」
そう言った黒に、白も大きく頷いている。
「ということは、精霊達にもそれぞれ意思があるということか?」
「それは当然だ。俺たちは無数にいるが、みんなそれぞれに意思がある。お前達人間は修行しないと俺たちを見られないというが、あれは『こいつになら見られてもいいな』と思ってくれる精霊の数と種類が増えるってことだ。俺たちにも好き嫌いがあるし、嫌な奴の命令なんか聞きたくない。まあ普段真面目に生きてる奴には、時々力を貸すけどな」
虫の報せや第六感が働くようなことか。
「そもそも、複数の種類の精霊を使役出来る人間はそういません。特に黒と白、赤と青の精霊を同時に使役するにはそれぞれ相性は良くないのです。旦那様は加えて土と木、光の精霊も使役しておられます。これは例外中の例外です」
「複数の種類を使役できると、どうなるんだ?」
「白の風に俺の火を混ぜて火炎放射!」とは紅。
「私の力に水と土があれば、物質の単離が可能」これは黒。
物質の単離…確かに地中から金イオンだけを集めて、金を精製できた。ごく自然に複数の精霊を同時に使役していたということなのだろう。
そういえば先ほどから黒が気になることを言っている。
「黒は俺の思考が読めるのか?」
黒はじっと俺の目を見ながら言う。
「知らない言葉はたくさんある。でもだいたいわかる。たぶんここにいる他の3人もだいたい理解していると思う」
そうか…小夜とのコミュニケーションでも、極力横文字を使わないように努力していたのだが…
「たぶん余り気にしなくていい。むしろ知らない言葉をたくさん使って欲しい。知らない知識を知りたい。だから気にしないで欲しい」
せっかくそう言ってくれているのだ。これからはじゃんじゃん使うことにしよう。
「あと、分からないことがもう一つある。黒の精霊を満たした袋やポケットから、いろいろな物を取り出せたり、使ったはずのものが補充されていたりするが、あれは一体なんだ?」
「あれは黒と青姉、土の精霊の力。黒と青、土で物質の単離ができることはさっき説明した。タケルの持ち物の解析は既に完了している。素材さえあれば、基本的には複製可能」
「つまり、素材さえ集まって、俺が持ち込んだものなら複製できるってことか?」
「少し違う。タケルが具体的にイメージできるものなら、持ち込んだものじゃなくても製造と複製が可能。ただし持ち込んだものなら完璧に複製できる」
なんということか…つまり便利グッズや服、武器なんかも作り放題じゃないか!
「旦那様…悪用はお控えくださいね?」そう青に釘を刺されてしまった。
そんな会話をしている間に、紅と白、小夜で片付けをしてくれていた。難しい話はお前らに任せる!といった具合だ。
そういえば風呂などどうしているのだろう。片付けが落ち着いたらしい小夜に聞いてみる。
「小夜〜風呂とかどうしてたんだ?村では入っていたのか?」
小夜がきょとんとしている。
「風呂?沐浴のことですか?暖かい時期なら川で水浴びはしますが…今の時期はまだ寒いですよ?」
ふむ…湯に浸かる習慣はないのか。
「旦那様、いわゆる湯浴みの習慣は貴族にしかありません。豊前などの湧き水が熱い地域を除き、この街に住むような庶民にはそのような文化はございません。政庁に勤めるような方々は時々湯浴みをしているようですが、それでも普段は行水が普通です」
青がそう解説してくれた。
それはもったいない。そのうちどこかに家を構えるようなら、ヒノキ作りの内湯を作ろう。
「青は人間の風習にも詳しいようだが、何故だ?精霊達はそんなに人間を観察しているのか?」
そう青に尋ねると、思ってもいない答えが返ってきた。
「私たちは個であり全です。個人に使役される精霊を除けば、全ての精霊はその色ごとに繋がっています。例えばこの地の裏側で何が起きているか、知ろうと思えば知ることもできます。ただ、普通は知ろうとも思いませんし、知る必要もありません。また、見ていてもそれが何なのか、その精霊が知らなければ意味のない情報です。例えば先ほどの風呂の件は、そういった地方の精霊が見たことがあった景色と旦那様の知識を重ね合わせた結果わかったことです」
ちょっと待て…とすると、じいさんみたいな陰陽師は、青や紅の視界を通していつでも俺の情報を引き出せるということか?
「ああ!その心配はないぜ!俺たちはタケルに使役される式神となった。だから俺たちは他の陰陽師や精霊の干渉は受けない。俺たちが一方的に精霊に干渉することはできるけどな!」そう言って笑ったのは紅。
それを聞いて少しは安心した。あのスケベジジイに監視されているなんてゾッとする。
「安心しろって!万が一使い魔や式神を打ってきても、俺たちの結界はそう簡単には破れやしねえよ!」
「そうですね。白の風に加えて、黒の無の結界、更には紅の自動攻撃に私の氷結、そう簡単には破れませんわ」
こいつら…いつの間に結界なんぞ張っていたんだ。




