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178.第二次対馬防衛戦①

対馬守護代である宗助国の元へと向かったのは、文永九年、西暦で言えば1272年10月3日のことだ。

俺が知っている史実では、後に文永の役と呼ばれる蒙古軍襲来が起きたのは文永11年のことだった。

この年の10月3日に総数900隻弱の蒙古軍が朝鮮半島の合浦(後の馬山)を発ち、翌々日の10月5日に対馬下島西岸の佐須浦(さすうら)、後の対馬市厳原町の小茂田浜こもだはまに襲来したのである。敵の総司令官は忽敦(クドゥン)、副司令官は漢人の(りゅう) 復亨(ふくこう)と高麗人の(こう) 茶丘(ちゃきゅう)だったとされる。

果たしてこの世界では俺の知識より2年も早く事態が進行している。蒙古軍の進発が同じ日になったのは偶然か、あるいは歴史の必然なのだろうか。


ともかく、下対馬の後に厳原(いずはら)と呼ばれる地域に降り立った俺達は、守護代である宗助国の姿を求めた。

辺りを探っていた白がすぐに彼を見つける。彼は一族郎党二十名程と共に神社の境内にいた。白が言うには八幡宮らしい。八幡神、つまり誉田別命(ほんだわけのみこと)ないしは応神天皇(おうじんてんのう)を主神として祀る軍事色の強い神社である。比売神(ひめがみ)として宗像三女神を祀ることから、その生まれ変わりと崇められる式神達とも親和性は高いはずだ。


「八幡宮か。ならば白、もう一度神様の使いをやってくれ」


「了解。ちょっと楽しいんだよねアレ」


いそいそと巫女装束に着替える姿に、梅が呆れたような顔を見せる。佐助と清彦は向こうを向いているのが偉いが、近くにいる紅が手にした薙刀の石突で彼等を突っついているから、もしかしたら覗こうとしたのかもしれない。


「着替えたよ!」


白が纏う巫女装束は木綿の白衣に木綿の緋袴と絹の千早。千早に銀糸で刺繍されているのは、宗像大社の神紋である菊の御紋と楢の葉紋。宗像からの使いとして相応しい姿だ。

ちなみに佐助と清彦、梅は先の第一次対馬防衛戦と同じ白い鈴懸に茶色の袴、脚絆に草鞋履きの山伏スタイル。武装は太刀を佩いて矢筒と弓を背負い、槍を持つ。

紅と俺は少し悩んだのだが、やはり同じ濃いモスグリーンの続服(つなぎ)にした。今回は黒い胸当を増やしている。

紅の獲物は愛用の薙刀と、珍しく太刀を佩いている。木々の多い山中での戦いには薙刀だけでは取り回しに難があると判断したのだろう。

俺の主武装は相変わらずの長巻だが、腰には大振りの山刀(マシェット)を下げている。


「よし。では境内に向かう。いきなり刃傷沙汰にはならんだろうが、警戒は怠るなよ」


『了解!』


◇◇◇


上空から見える神社は2棟の建物を前後に連結させてひとつの社殿としている。おそらく八幡宮で間違い無いだろう。

転移するのも芸がないという白の意向で、俺達は神使らしく空から降り立った。一心不乱に祈りを捧げる宗家当主の目の前に。


宗家現当主は宗右馬允助国である。ちなみに宗は家名、右馬允(うまのじょう)は官位、(いみな)が助国である。よって目上である三芳の爺さんが“助国”と呼ぶのは問題ないが、流石に俺がそう呼ぶわけにはいかない。

よって、俺達からの呼び方は“右馬允殿”か“宗殿”が正しいのだろう。正しいのだろうが……


「助国や。出迎えか?ご苦労なことじゃ」


鈴を振るような美しい声で静寂を破ったのは白だった。


「こ……これは風の巫女様、それに斎藤殿、これはいったい……」


「御当主様!この方々は何者ですか!?」


「控えろ!こちらは宗像に降臨あそばされた三女神が御一柱(おんひとはしら)、風の巫女の白様に在らせられる。そしてその守護者たる神威、筑豊国の斎藤様じゃ!」


やれやれ。白はいいとしても、俺まで礼を欠くわけにはいかない。


「宗殿。博多での御一瞥以来ですな。早速ですが蒙古軍が戦の準備を整えて出港しました。白、映像を出してくれ。鰐浦からだ」


「承知いたしました」


どうやら助国は俺を神威として扱うことに決めたらしい。神威(しんい)神威(かむい)、どちらも神の威光を持つ者または神格を持つ高位の霊体を示す言葉であるが、境内に集まる者達にはそのように見えたのだろう。思惑どおりとはいえ、少々芝居が過ぎただろうか。


俺が開いた黒の窓に神楽でも舞うかのような仕草で白が映像を投影する。元の世界ならば韓国展望所がある辺りを海側から見る映像に、宗家一同が響めく。


「ほう。結石山(ゆいしやま)和珥津(わにのつ)ですな」


いち早く落ち着きを取り戻したのは助国であった。やはり当主たる貫禄と言うべきか。


「ええ、そうです。白、海上を移動して蒙古軍の陣容を見せてくれ」


映像を運ぶ風の精霊が滑るように移動し、ぐんぐんと朝鮮半島が近づいてくる。


「おお、あれは軍船か!」


「いったい何艘おるのじゃ……」


「見渡す限りとはこのことぞ……五百は下るまい」


「そのとおりじゃ。総数およそ九百隻が風待ちをしておる」


「風の巫女様、これが全てこの地に殺到すると!?」


「そうじゃ。もちろんこの島にだけではない。おそらく壱岐にも、そして一部は真っ直ぐに松浦や冷泉津を目指すであろう。さて、其方達に問おう。この地を守護せしり強者(つわもの)として、其方らはどうするのじゃ?」


宗像の巫女として振る舞う白に、助国が平伏して答える。


「もちろん最後の一兵になるまで戦いまする!」


「その意気や良し。しかし敵の数は数万、其方らは雑兵合わせても二百ほどか。余りにも差が有り過ぎる。よって我等がこの地に降臨したのじゃ」


「有り難き事で御座います」


「しかしのぅ、助国よ。我等はこうも考えておる。この地で其方らが命を賭して護るべきは何か、とな。助国の隣に控えし若いの、答えてみよ」


白拍子でも舞うかのように千早の袖を翻して指し示された若者が、胸を張る。助国の隣にいると言うことは息子だろうか。


「はっ。民の命に御座いまする」


「良い。良いぞ。そのとおりじゃ。其方らが敵の前に立ち塞がろうとも、数に押し切られるは明白。ならば一人でも多くの民の命を救い、奴等の思い通りにさせぬことじゃ。若者よ、武勇と蛮勇を履き違えるでないぞ」


「はっ。肝に銘じまする」


「さて、以後はタケルの指示に従うのじゃ。助国、よいな」


「ははっ。風の巫女様の思し召しのとおりに致します」


白の独壇場が終わる。というより少々飽きたのだろう。

白がツッと俺の背後に下がる。


「立ってする話でもないな。皆、楽にしてくれ。俺達も座らせてもらうぞ」


そう断ってから拝殿へと続く石段の前に腰を下ろす。俺の右後ろには紅が、左後ろには白が座る。

佐助、清彦、梅が更に後ろに座る。側から見れば嚆矢の陣のようにも見えるだろう。

助国達が居住まいを正す。


「それで、宗殿方は此処でいったい何をなさっていたのですか?」


「それが……明け方に夢を見たのです。八幡宮を含めた国府一帯が炎に包まれる夢を。これは凶事の予兆に違いないと、家中の者を起こして境内に詰めた次第で」


夢か。そういえば松浦の波多源三郎の元には白が夢枕に立って警告する手筈になっていたが……。

振り返ると千早の袖で口元を覆って涼しい顔をした白と目が合う。やっぱりお前の仕業か。


「そうですか。それは御告げでしょうな。事実、蒙古軍は今朝方に合浦を出ました。今は未だ島陰で風待ちをしているようですが……白、風向きはいつ変わる?」


「今日明日は大丈夫でしょう。大陸からの追い風に乗れるのは明後日かと」


「明後日の早朝に島陰を出たとすると、遅くとも夕方には島の何処かには辿り着くな」


「そうですね。よって猶予は二日半というところです」


「わかった。宗殿、聞いてのとおりです。あまり猶予はありませんし、応援も期待できないでしょう。この島で戦える者は、此処にいる者だけですか?」


「いいえ。各地に名主(みょうしゅ)がおります」


「名主?」


「ええ。この島は開墾できる土地も狭く、そう大きな村はありません。多くても十戸程度の家々が各地に点在しているのです」


それは上空からの観察でも見て取れている。村と呼ぶには余りにも小さなその寄り合いのことを(みょう)と言い、その長が名主なのだろう。そう言えば名主(なぬし)と表現するようになったのは江戸時代からだっただろうか。


「なるほど。ではその名主達に連絡を取る方法はありますか?」


「狼煙を上げることになっております。さすれば直ちに名の者達を逃し、自身は国府へと馳せ参じる手筈です」


「爺さん、逃すっても何処へ?全員を乗せるには舟が足りないだろう」


「そのとおりです火の巫女様。山に逃げ込むのです。この島は古来より幾度となく襲撃を受けております。防人(さきもり)と呼ばれた先人達が築いた石塁(せきるい)曲輪(くるわ)が有りますれば、しばらくは籠城できるかと」


防人(さきもり)。万葉の時代、西暦663年の百済(くだら)出兵と白村江(はくすきのえ)の戦いで大敗した事を契機に設置された離島の防衛制度だ。遠くは関東からも武士が派遣され、多い時には2,000人ほどにもなったという。10世紀には制度としては消滅したはずだが、遺構は残っており維持されてきたのだろう。

石塁と曲輪が残っているとすれば、門と櫓があれば立派な山城である。


「山城ですか。水と食料の備蓄は?」


「ある程度は。幸い年貢米が手付かずで残っております。また各家々にも多少の蓄えはあるでしょう。蒙古軍に奪われるぐらいなら、全て運び込んでしまいましょう」


年貢米か。

俺達が納めた年貢はどこに行くのか。

実は大半が公共工事や有事の際の炊き出しなどで人々に還元されているらしい。そのあたりは税金と同じだ。


「わかりました。では早速狼煙を上げてください。白、山中に精霊を飛ばして山城を調べてくれ。知りたいのは曲輪に至る道が崩れていないか、石塁に補修は必要ないかだ。騎馬が並んで通れるほどの道があるなら逆に塞いだほうがいいかもしれない。紅と佐助、清彦は荷物運びの手伝いだ。梅は俺と一緒に山向こうの海岸に向かう。敵の上陸地点を想定しておきたい」


「では我が息子、次郎をお連れください。必ずやお役に立ちましょう」


宗右馬次郎(そううまじろう)。後に盛就(もりなり)の諱を送られた若者は史実どおりならこの戦いで死亡する。いや、この者に限らず、対馬に残る武人全て一族郎党皆殺しとなったのだ。

助国の隣で頭を下げるのは、先ほど白に指名された若者であった。年齢は佐助とそう変わらないだろう。何とか助けてやりたいものだ。

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