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176.松浦党④

波多太郎勇(はたたろういさむ)に式神を授ける試みは、カササギのような鳥型の式神を召喚することで一応成功した。あとはこの式神が太郎を主人と認めれば良い。カササギではなく“カササギのような鳥型の式神“である理由は、脚が3本あったからである。


「いい声じゃん。あんたのご主人様はねぇ」


白の言葉を遮って話す。


「お前の主人はそこの若者だ。大事にしてくれよ」


太郎の肩に止まったまま、しばらく考えるかのように頭を左右に振りながら彼の顔を見つめていたカササギが、ヒラリと彼の前に舞い降りた。


「承知した。主様、我が名をお付けください」


「おぉ、我を、我を主と呼んでくださるのか!」


太郎の言葉に固唾を飲んで見守っていた波多衆がどっと歓声を上げる。


「もちろんでございます。して、我が名を、我が名をお付けください」


「名前ねぇ。何がいっかね」


「鳥型の式神でしょ。トッピーとか!」


「二人とも控えなさい。私達も旦那様に名前をいただいたのです。太郎殿、どうかこの者に良い名をお授けくださいまし。名を与えることで、式神は本当の意味で太郎殿の(ともがら)となりましょう」


「分かり申した」


そう答えると太郎はしばらくカササギを見つめる。


波瑠(はる)。波瑠と名付けとうございます」


「ほう。由来は?」


「我が姓から一文字、そしてかの陰陽師、安倍晴明様が使役なされたという十二神将がお一人からも頂きまする」


波夷羅(はいら)大将ですね。良い名です。波瑠や、しっかりお支えするのですよ」


波夷羅大将か。仏教に取り入れられたインド古来の神の名で、薬師如来を守護する十二尊のうち、確か……


「文殊菩薩だね。智慧を司る仏様、導き手としてはぴったりなんじゃない?」


青と白の言葉を聞いて、カササギ、いや波瑠は満足そうに大きく頷いた。


「太郎よ。式神は基本的にお前の意志に服従する。もちろん式神がお前に意見したり、お前の意志に反対することはある。波瑠は波瑠という別個の人格だからだ。しかし根底にあるのはお前への忠誠心と愛情だ。自分自身を扱うように丁寧に扱え。自分の半身だと思え。自分の母にそうあるように、母がお前にそうあるように」


「承知仕りました。神威様の名に恥じぬよう、精進致します」


再び波多衆から歓声が上がる。

こうして太郎は波瑠という生涯の友を得たのである。


◇◇◇


しかしながら単にハッピーエンドで終わらないのは世の常である。

俺達の背後から上がっていた歓声が突然ピタッと止んだかと思うと、次の瞬間、悲鳴にも似た声に変わったのである。それと同時に禍々しい気配が背中を打った。


「タ〜ケ〜ル〜」


俺を呼ぶ声は間違いなく椿のものだった。


振り返った先には椿の整った顔が虚空に浮かんでいた。正確には上下逆さまにである。


「どういうことか説明しなさいよ!あんた、私がどんな気持ちで式神を、私だけの式神を欲しがってたか知ってるでしょ!?」


ひらりと舞い降りた椿は、今にも俺に掴みかからんかばかりの勢いで迫ってきた。

咄嗟のことに頭が回らない。椿の勢いのまま地面に組み伏せられる。


「椿ちゃんダメだよ!私だって我慢してたんだから!」


小夜が椿を止めようとする……のではなく、一緒になって俺に覆い被さってきた。


「タケル!どういうことか説明しなさい!」


「私だって式神が欲しいです!どうして私が先じゃないんですか!」


どうしてと言われても失念していたとしか言い訳のしようがない。もっと言えばそこまで真剣に望んでいたとは思っていなかったのだ。だがそんな事を言えば火に油を注ぐ結果になることは目に見えている。


こうして俺は、松浦滞在中に小夜と椿の式神召喚に付き合う事となった。

年功序列で言えば梅とエステル、佐助と清彦のほうが小夜と椿よりも年上である。だがそれぞれの理由で式神召喚を断った。梅は“柚子と八重がもう少し大きくなってから”、エステルは“実家に帰る時に天使を連れて行くわけにはいかないから”、佐助と清彦は“未だ修行中の身故”という理由だ。だったら小夜と椿はどうなんだという話なのだが、二人はそれぞれに役割分担をしたうえでの別行動が多いから、話し相手が欲しかったのかもしれない。

ちなみに小夜が召喚したのは猫型の式神、椿は狐型の式神である。猫型といっても別に青くて腹にポケットを付けていたりはしない。二股に分かれた尻尾を持つ猫又と赤い毛の九尾狐である。両方とも人語を解し人間にも化けるが、普段はただの猫と狐の姿をしている。インドア派の小夜とアクティブな椿にはぴったりの相棒となった。


松浦に滞在した二週間は、みっちりと太郎を波瑠を鍛え上げた。

太郎は“水の精霊と潮の精霊を使役できる”という源三郎の言は多分に母の贔屓目が入っていたようで、到底実戦に使えるようなものではなかったのだ。

稽古の相手を務めてくれたのは佐助と清彦だ。槍にも太刀にも精通し水の精霊を操る彼らは適任だった。指南役は当然のことながら紅である。


青と白はと言えば、彼女達は平戸島へ渡り、本来の目的だった鬼退治を果たしてきた。


「やはり久住を根城にしていた鬼の一族でした。旦那様の降臨と同時に逃げ出した有象無象の輩です」


「そうそう。爺様のところの四天王も西国一円で大忙しらしいけど、たぶん同じ理由だよね。見逃してあげようかとも思ったんだけど……」


「あまりにも殺生を重ねておりましたので、やむなく一族諸共成敗いたしました。首をご確認になりますか?」


「いや、やめておこう。それより松浦党の面々を安心させねばなるまい。どこか適当な辻を聞いて晒しておいてくれ」


いわゆる打ち首獄門というやつである。妖魔の類は討ち取れば霧散するのかと思っていた。タタリモッケの時がそうだったし、タタリモッケ以外の妖怪変化には出会っていない。そもそも鬼って実在したんだな……などと考えているうちに、青と白は早速首実検に行ってしまった。


さて、この二週間の間の俺といえば、式神召喚以外にも松浦党の面々との会談でそれなりに神経を擦り減らしていた。生来のコミュ障を自覚している俺である。玄界灘の西半分を支配する豪族達との会談は緊張もしたのだ。だが波多家当主源三郎の差配と青達が討伐してきた鬼の首のおかげで、全ての会談はスムーズに進んだ。そればかりか、松浦党一族挙げての協力を得ることに成功したのである。

もちろんその裏では、海岸防衛陣地構築の総指揮を執った青と紅の活躍があったのは特筆すべきだ。この頼れる式神達は、敵が上陸できそうな砂浜や河口付近に乱杭と石垣による拠点を部分的ながら数日間で作ってみせたのである。点と点を結んで防衛線にしていくのは、この地を治める者達の役目だ。


こうして俺達の物見遊山は終わった。

松浦を離れた俺達が平戸島を巡り筑豊国へと帰る頃には、すっかり秋めいた空になっていた。

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