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172.加也山攻防戦顛末

埋葬作業を中断し、紅と梅、椿と共に佐助達の元に駆け付ける。

床の間に胡座をかく青の前に震えながら平伏しているのは、確かに先程まで突っ伏していた坊さんであった。


「青、どういう状況だ?」


タタリモッケに操られていたように見えたこの袈裟姿のガリガリの男は、顛末を知るであろう重要人物である。それは青も理解しているはずで、そうそう無体な、例えば意識を取り戻した直後に問答無用で張り飛ばすような真似はしないはずだ。


「旦那様。この男、操られながらも全部を見聞きして理解していたようです。意識が戻るなりこの有様です」


「意識を乗っ取られていたってのに?よくもまあ正気を保っていやがったな」


紅の言葉に更に男は身体を小さくする。


「きちんと修行を積んだのでしょう。意識があっただけ大層辛い思いをしたはずですが。旦那様、如何いたしましょうか」


男に近寄ろうとする俺達を、青が両手で制する。

如何と言われても、こうも怯えてしまった男をどうこうする気はない。襲われた女達や村人達には悪いが、別段縁もゆかりも無い土地で起きた事件である。ただ、野伏に身を窶した者達のルーツが名越家にあるのがわかった今、事の顛末を知りたいだけだ。


「とりあえず事情が知りたい。自分は何者で、何故ここにいるのか。ここで何をしていたのかを喋らせてくれ」


青が両手を下ろして男に向き直る。

スッと周囲の空気が変わる。タタリモッケを倒した直後の静粛とは違う、張り詰めた静けさ。白が弓を引き絞るかのようなキンッとした耳が痛くなる静けさである。

普段は豪胆な振る舞いの目立つ紅が青の隣に立ち、手にした薙刀の石突で床にトンっと突く。

その音で目覚めるかのように、男が背筋を伸ばして起き上がった。

落ち込んだ眼窩の奥に光る双眸には光が戻り、カラカラに乾いた唇が僅かに動く。

振るえる唇から発せられた声は、しゃがれてはいるが未だ若い男のものであった。


◇◇◇


「拙僧は明遍と申す流れの僧にございます」


震える声で語ったのは、端的に記せば以下のようなことであった。

この男、生まれは志摩国しまのくにだという。ここ糸島半島もこの時代は怡土いと志摩しまに分かれているからややこしいが、わざわざ志摩国というからには三重県の伊勢志摩のあたりなのだろう。若くして高野山に入り十余年の修行の後、諸国を旅しながら仏の道を説く遁世僧になったらしい。とすれば今は30代ということか。


「それで、その坊さんがどうして野伏共と一緒にいるんだ。まさか自分の手で極楽浄土に送ろうとか思ったわけでもあるまい」


「滅相もございません。そもそも我が真言宗は即身成仏を旨としており……」


話が変な方向に行きそうになるたびに紅が石突をトンっと叩き付ける。


「御託はいい。なんでお前さんはここにいた」


「はい。豊前、豊後、肥後と西国を回り肥前国に入った頃です。ここ加也山に巣くう妖魔の噂を聞き、これは捨て置けぬと駆け付けたところ、このような事態に」


「つまり法力が足りなかったのだな」


「面目次第もございません」


青の指摘に男は再び平伏した。

ごめんなさいを言えるのは大事なことである。里の子供達にもいつも言っていることだ。


「面を上げよ。それで、野伏共とは如何なる関係だ。タタリモッケを守っているようにも見えたが」


「仰るとおりです。この地に流れてきた野伏に憑りつき根城を築かせ、度々村々を襲わせては女を狩り集めておりました」


「その目的は?わかっていたのか?」


「はい。かの妖は水子の霊が集まったものにございます。おそらくは母親を探していたのではないかと」


「やはりそうか……旦那様。この者に罪は無いように思いますが、如何でしょうか」


まあ青の言うとおり罪には問えないのだろう。この坊さんはいわゆる善意の第三者というやつだ。


「罪は無いだろうな。だが責任はある。操られていたとはいえ、野伏に落ちた者どもと同じく村人達を苦しめたのは事実だ。野伏は皆その命で償った。操っていた妖魔も青が払った。お主だけ逃げ出すのは仏の道に恥じぬ事か?」


別に突き放すつもりも諭すつもりもない。だが唯一の生き残りであるこの男に八つ当たりしているのは否めない。

そんな俺の心情を見透かすように、男の目がじっと俺を見つめる。


「墓を……」


男が発した言葉はそれであった。


「墓を守ろうと思います。一度は妖に操られた拙僧ではありますが、この地にて修行をやり直したくお願い申し上げます」


そう言って男は、いや、明遍は深々と頭を下げた。


「俺がこの地を治めているわけではないが、青、どう思う?」


「野伏どもを埋めた場所に墓守は必要です。御身がお許しになるのであれば、そのように」


「三善の爺さんに一言言っとけばいいだろ。あとは浜崎の連中が文句を……言わねえか。自分達に利害がないことには興味なさそうだったもんな」


紅はこき下ろすが、小さなコミュニティで生きている人々にとっては当然のことなのだ。

浜崎村に向かった白と弥太郎は無事に報告を終えただろうか。どんな報告をしたか気にはなる。指図は一切していないが、白はともかく弥太郎ならば上手く話を付けてくれるだろう。


「それは白と弥太郎の報告を待って考えよう。明遍とやら、俺達は数日間はこの地に留まる。その間に養生しろ」


気が抜けたのか再びへたり込む明遍を緑の精霊で包み、板の間を出る。

埋葬の続きをせねば烏が集まってきてしまう。死体を啄む烏の姿など、特に椿には見せたくないものだ。


◇◇◇


埋葬の続きをしようとしたところで白からの通信が入る。


「報告終わり!その場所は禁足地ってことにしといた。宗像の巫女が言うと説得力が違うね!」


ざっくりとした報告だが、神職以外は立ち入ることも近寄ることも禁じられた宗像大社の沖ノ島のような扱いにするよう取り計らったらしい。

これで無用の外乱が入る心配はなくなったが、一方で明遍は今後一切の支援を望めず完全に孤立無援で墓守をせねばならない。あとは本人の意思次第だ。


「弥太郎、何か補足はないか?」


「いえ、特には。ただお礼というか献上品を山のように村の入口に積み上げていました。どなたか回収に来ていただけませんか?」


「それは受け取っていいやつか?年貢の一部ではないだろうな?」


「今年の収穫にはまだ早く、去年の年貢は全て納められています。あれは村の余剰品でしょう。千四百余町というのは眉唾物ですな」


「わかった。椿を送る。白、現在の座標に誘導を」


「了解!椿ちゃん聞こえる?こっちの場所わかる?」


「わかるよ。門開くよ!」


椿が少し溜息交じりに応えて黒の精霊を使役する。

椿よりも白の方が年上である。いや、式神である白に年齢と言う概念が通じるのかはわからないが、少なくとも椿よりも長くこの世に在るのは間違いないのだが、椿の方がお姉さんに思える時もある。

この二人のやり取りを聞いているとなんだか安心するのである。


◇◇◇


椿が開いた黒の門を通じて次々と献上品が届く。

塩漬けの魚に漬物の樽、米や野菜や炭まである。小さな倉ならばいっぱいになるほどの量だ。こんな量をどうやって受け取らせるつもりだったのか。


「タケル、さっき皆に聞いたんだけどさ」


積み上げられた献上品を前にどうしたものかと腕組みしていた俺に、白が話し掛けてきた。


「あの坊さん、ここに残るんでしょ。この食料置いていってあげない?里に持って帰ってもいいけど、里の食料よりも……その……ね?」


言いたいことはわかる。里の内側で栽培している稲は元の世界から持ち込んだものだ。この世界のこの時代の米よりも遥かに粒が大きく味が良い。今更この世界の米を献上されても困るのである。

その一方で元寇、大陸からの軍勢が押し寄せんとしているこの時期である。糧食を各地に蓄積しておくほうが後々役に立つかもしれない。


これらの品は事実はどうあれ形式上は白への献上品である。白が置いていくというなら、それも良いだろう。


「そうだな。そうしよう。弥太郎、何か所かに高札を立てたい。もっともらしい口上を頼めるか?」


「承知しました。ご神域であること、禁を破りし者には七代祟ること、そんなところでよろしいですか?」


「七代は大袈裟だな。直ちに祟るんでいいんじゃないか。白、結界と監視網を頼めるか?」


「了解!黒ちゃんもいいよね?」


「面倒だが問題ない」


通信の向こう側から、興味のなさそうな黒の返事が聞こえる。


「それより神域にするならそれなりの体裁が必要。資材を送るから使って欲しい」


黒の門が開き、中から太い丸太やら柱材、板材といった建材が次々と出てくる。最後に出てきたのは一抱えもある太さの長大なしめ縄だ。どうやら本気でどこかの神社のようにするつもりらしい。


「青姉、飾りつけは任せる。タケルの神域らしく、バシッと決めてね」


「言われるまでもありません。あまり時間もないことですし、早速取り掛かりましょう」


こうしてこの地に滞在した三日間のうちに、野伏共が築いた武家屋敷は神社の内宮に様変わりした。

街道の浜崎村側と反対側の二箇所には外宮が設けられ、大きな鳥居が立った。その二つの外宮を繋ぐように新たに道が切り開かれ、旧道となった元の街道には弥太郎が認めた高札が掲げられ、しめ縄で封じられたのである。


明遍は二日目には流動食が食べられ、身の回りの事ができるようになるまで回復した。

こそげ落ちた筋肉と脂肪が回復するまでには時間が掛かるだろうが、今回の件で失われた者達とタタリモッケの供養をしながらじっくりと己と向き合ううちに回復するだろう。


すっかり長居をしてしまったが、本来の目的地である平戸に向けて出発する俺達を、明遍は長いこと頭を下げて見送ってくれた。

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