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171.妖討伐の後始末

「タケル、ダメだな」


生き残りがいないか見回ってきた紅が報告してきた。同行した梅も首を横に振る。

期待はしていなかったが残念ではある。

砦の外で待機していた白と椿それに弥太郎も集まってきた。


「弥太郎。無いとは思うが、この者達に見覚えは?」


この弥太郎という男、三善の爺さんの子飼いの密偵、この世界での表現ならば乱破である。


「はて……存じ上げぬ顔ですな。ただ相当にやつれておりますので……」


「そうか。白、何か知っていることはあるか?」


「ん〜。ないね。この場所にこんな砦ができてることにも気付かなかったし」


「ただ、この胴丸に描かれた紋様、薄れてはいますが筑後の名越家の家紋に似ています。分家の者かもしれません」


名越家の家紋は“丸に三つ傘”と言われる。文字通り三本の閉じた傘が組み合い、その周りを丸が囲っている紋様だ。

足元に倒れる骸が着けている胴丸の真ん中にも、確かに似た紋様がある。違うのは描かれているのが傘ではなくただの棒であることだ。


「“丸に違い棒”という家紋はありますが、棒が三つともなれば三つ傘の略式と見るべきです。おそらく名越の流れを汲む者で間違いないでしょう」


やはりそうか。この地に、怡土庄(いとのしょう)の可也山の麓に野伏が巣食っている話を聞いた時から、その野伏達が名越由来の者である可能性は考えていた。

野伏とは戦さの敗残兵か武装農民と相場が決まっている。しかしこの地方での負け戦など、昨年の名越家お家騒動ぐらいしか起きていないのだ。御牧郡の支配権を巡る豊前国宇都宮家との争いは、筑前国少弐家の勝利で終わっている。宇都宮家の敗残兵が遠賀川を渡り筑豊国と筑前国を越えてこの地に潜んだとも考えられない。

となれば、脊振山脈を越えて名越の敗残兵が逃れたと考えるほうが妥当だ。


「検知するしかねえな。落とすか?」


紅のいう“検知”とは、おそらく後世に伝わるところの首実験である。

心得たとばかりに骸を引き起こそうとする弥太郎を制したところで、通信用の土鈴が震えた。


「タケル。聞こえる?」


「ああ。黒か。どうした?」


「タケルに相談がある。里に送ってきた女衆を送り返す前に、名越の若をそちらに送る。いい?」


「ちょっと待て。送るとはどういう意味だ?」


「名越の親分、名越元章(なごえもとあき)の次男、善章(よしあき)には予めこの里の白米を食べさせてある。板塀の内側、彼等が神田と呼ぶこの田で採れた米を食べると、一時的に精霊を操る力が得られる」


おい。それは初耳だぞ。

確かに最初に拓いた母屋の周辺を神域化しようとする動きはあったのは承知している。南側斜面の入口に大きな鳥居を建てようとか、その類の話だ。

その先の板塀の内側にある田の事を“神田”と呼ぶならば、まあそれはいい。

だがその田で採れた米に、そんな力があったのか?

とすれば里の子供達が例外なく精霊使いになっているのもそういう理由なのか。


「それは初耳だが、間違いないのか?」


「こんな事もあろうかと、既に実験済み。タケルの許しがあれば、女衆にも食べさせて送り返す。いい?」


黒はどこぞの宇宙戦艦の工作班長か、いや、オレンジ色のスーツに身を包んだ科学特捜隊のメカニックのような事を言う。


「その実験結果は確かなのか?後遺症は?」


「ない。もちろん個人差はあるかもしれない。でも成人男性なら概ね一昼夜で精霊を操る力は失われる。女性の方が持続時間が長いのは興味深い」


男女差はともかく、普通の人間でも意識のない状態でならば黒の門を通過させても支障がない事は把握している。保護した女衆を元の集落に帰そうにも、徒歩でポテポテと歩かせるわけにもいかないのは事実だ。何せ護衛と案内役の人手が取られるのは惜しい。


「わかった。許可する。ではとりあえず善章を送ってくれ」


「了解。今から通させる」


黒の言葉どおり、直後に門が開かれ善章が顔を出した。


◇◇◇


「間違いありませんな。分家の血筋の者です。よりによって野伏に堕ちるとは……」


骸が身に付けていた胴丸に描かれた家紋を一瞥して、善章は頭を振った。


「タケル様。お手を煩わせてしまい申し訳ございません。かくなる上はこの者達を討ち捨て、獣どもの餌にしてくれましょう。さすればこの者等の魂もいずれ山を越え、筑後の地に舞い戻ることも叶いましょう」


「それでいいのか?里に運べば仲間と共に弔うこともできるが……」


「いえ。それではこの地に住まう者達が納得しないでしょう。我ら武家は本来地に住まう者達の守護者であるべきです。例え戦に敗れ散ったとしても、守護者としての責務から逃れる理由にはなりませぬ」


「わかった。ではこの者達の骸はこの地に埋葬する。弥太郎、浜崎の誓願寺まで使いに行ってくれ。野伏共は討伐した。この地に埋葬するとな」


「承知いたしました。白様に御同行いただいてもよろしいですか?」


「ああ、もちろんだ。白、頼むぞ」


「は〜い。ちゃちゃっと行ってきます!」


使者の役目を果たしに村へと向かう弥太郎と白を見送る。

さて、埋葬するか。

土の精霊を使って大きな穴をいくつも掘り、骸を一体ずつ横たえていく。

お経の一つも唱えてやりたいところだが、生憎俺にはそんな知識はないし手伝ってくれている紅にはそんな気持ちはないようだ。合掌するぐらいで許してもらおう。


◇◇◇


野伏共の骸を全て横たえた頃には日が陰りはじめていた。白と弥太郎は浜崎村に着いただろうか。

弥太郎は三善の爺さんに仕える乱破である。別の言葉で言えば潜入工作員か。そのルーツは宗像家縁の武家らしいが、飄々としたその身のこなしからは武士(もののふ)の気配は感じられない。

そんな弥太郎だが妙に白と気が合うようだ。

浜崎村までの使者を白と弥太郎が引き受けてくれたが、果たしてどんな報告をしているやら。


「タケル様!坊さんが目を覚ましました!」


タタリモッケを打ち倒したお堂の中から佐助が声を掛けてきた。

事の顛末を知るはずの唯一の生存者が正気に戻ったらしい。

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