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170.タタリモッケ

タタリモッケ。そう青は呟いた。

タタリモッケならば俺も漫画やアニメを通じて知っている。

丸い黄色のボディにフクロウの翼を持ち、細く開いた大きな目をした姿で描かれたのは、セーラー服姿の神社の娘と犬の半妖の物語だったか。民話の中では、フクロウに宿った嬰児の死霊として伝えられていたはずだ。


だが俺達の目の前にいるのは、カブトムシの終令幼虫を数百倍にしたような大きさの妖魔である。その巨体は、巨大な乳白色のソラマメのようにも見える。

背中や腹部から伸びた無数の影が翼のように見えなくもないだろうか。頭部らしき場所にある一対の大きな目玉が、ジロリとこちらを凝視している。


「青。こいつは何だ?」


「タタリモッケ。幼くして死んだり、産まれてくることのなかった赤子の魂が集まった(あやかし)です。本来は何の力も持たず、同じ境遇の赤子達を黄泉の国へと導く、無害な妖なのですが……」


「無害ねえ。赤子の魂を導くっても、大人まで攫ってこさせてたんじゃあ無害とは言えねえよな。そういえば、最後にこいつの御同輩に会ったのはいつだったかな。確か夜逃げに失敗した小作の一家が、捕まって殺された夜だったか。一緒に殺された女のほうが身ごもってみたいで、それで……」


紅の話を遮るように、タタリモッケがその巨体を震わせて咆哮した。いや、実際に哭いたわけではない。空気の振動が俺達を直撃したのだ。

紅も俺も思わず後退りするなか、青だけが構えを崩さない。


「かかさま……」


空耳か?いや、確かにそう聞こえた。

かかさま?母様か。

紅と顔を見合わせるが、紅にも聞こえたらしい。

まさか俺を母と呼んだのではあるまい。

紅は全力で首を振っている。

とすると……


青が太刀の切先をタタリモッケから外した。

彼女の視線の向こうでは、奴が青を凝視している。


「私を母と呼びますか。ならば引導を渡すのは私の役目ですね」


「おい青姉。一番槍は俺の!」


「控えなさい紅龍。あなたは気圧されました。そんなあなたがこの妖の相手をするのは失礼です」


「失礼って……だってタタリモッケだぜ?」


「旦那様。攫われてきた女達は、誰も傷付けられてはいなかった。間違いありませんか?」


「ああ。攫われてきた時の擦り傷はあったようだが、少なくとも妊娠の心配はなさそうだ」


「それは彼女達を連れ出した時に私も確認しました。とすれば、今回の顛末はおよそ見当が付きます。ですがそれは全てが終わった後でお話しましょう。まずは……」


青が放つ剣気が一気に強くなる。その剣気はタタリモッケが放つ妖気を押し除け、更には押し返していく。


「青。よろしく頼む」


「承知致しました」


そう言った青は左手を虚空に伸ばす。

引き戻した手には、一振りの抜き身の太刀が握られていた。


太刀二刀流。目の当たりにするのは、名越勢に里が攻められた時以来だろうか。

世の中に二刀流の流派は数あれど、そのほとんどは小太刀二刀流か一方は脇差を使う流派がほとんどだ。

理由は明白である。太刀は片手で振るには重すぎるのだ。

太刀にせよ打刀にせよ、引き斬る時にこそ真価を発揮する武器だ。力ずくで叩き切るのではなく、斬撃速度を上げて文字通り切り裂くのである。

ところが片手で刀を振るうと、どうしても斬撃速度が落ちる。故に短く軽い脇差を使うか、白や黒のように小太刀二刀流が主になるのだ。


「やべっ……青姉が本気だ。タケル下がれ。巻き込まれるぞ」


紅が俺を庇うように、今度こそ自分の意思で数歩下がる。


「旦那様を巻き込むほど、私の刃は鈍くはありませんよ。もっとも、あなたに関しては約束できませんが」


青がこちらを振り返る事なく言う。

その間にも青の剣気は膨張し続け、今にもはち切れそうな瞬間、青が両手の太刀を振るった。

右手の袈裟斬り、左手の逆袈裟斬り。続く左右からの横薙ぎ。俺が目で追えたのはここまでだ。

青の両手から繰り出される斬撃がタタリモッケを次々に切り刻み、その都度咆哮が室内の空気を震わせる。


どれだけの斬撃が繰り出されたのだろう。時間にすれば10秒にも満たなかったかもしれない。

とうとう形を保てなくなったか、タタリモッケが一際大きな咆哮を上げて、文字通り霧散した。

同時に室外へと延びていた霧も消える。


「終わりました。お見苦しい姿をお見せしました」


チンっという澄んだ音を立てて刃を納めた青が、こちらに振り返り頭を下げる。


「すっげえ……青姉、今の技は?」


「太刀の刀身が伸びてたように見えた……」


部屋の出入り口付近に控えていた佐助と梅が、嘆息した声を上げた。


◇◇◇


「水燕という技です。水を細く薄く強く刀身から伸ばす事で、その刃が届く範囲を……佐助!梅!呆けるのは早いですよ!坊さんはどうしました?」


つまりウォータージェットによる切断を太刀でやってのけたのだ。十分に加圧されたウォータージェットは、鉄板でも切り裂くという。妖魔が如何に硬かろうと、青の太刀の前では無力だったのだ。


青の声に弾かれたように、佐助と梅が部屋の片隅に駆け寄る。

そこにいた僧服姿の男は、板の間に突っ伏していた。


「坊さん、おい坊さん。どうした!?」


太刀を構えたままの佐助の呼び掛けにも反応はない。

近寄って抱き起こそうとする梅を制して、男の様子を確認する。

弱いが脈も呼吸もある。衰弱しているだけのようだ。


「この男はタタリモッケから妖気を与えられて生きていたのでしょう。その妖気が絶たれた今、母の胎内から引き摺り出された赤子のような状態です」


近付いてきた青が言う。


「こいつは人間……なんだよな」


「もちろんです。癒しの力は効果があるとは思いますが、正気を保っているかは……」


「妖気を浴びせられた人間は妖に近づくって言うからな。どうするタケル」


どうするもこうするもない。

事情を知るのはおそらくはこの男だけだろう。砦にいた連中は軒並みバッサリと斬ってしまっている。息がある者もいるかもしれないが、タタリモッケに最も近くにいたのはこの男だ。


「癒してみる。紅、佐助、気を抜くなよ」


「おうよ。いつでもいいぜ」


紅と佐助が獲物を構えなおすのを確認して、倒れ込んだ男を緑の精霊で包む。

緑色の光が消える頃には、男の土気色だったガリガリの頬には人間らしい色味が戻り呼吸も脈も安定してきた。


「命に別状はないだろう。あとは意識が戻るかどうかだな」


「事情を知るのはこの坊さんだけですからね。以後の処理は如何致しましょうか」


青の言うとおりだ。

野盗の亡骸をそのままにもしておけないし、里に送った女達も送り届けなければならない。

何より野盗どもがどこから来たのかが気になる。妖と違って木の股から生まれて来ることなど有り得ないのだ。


「そうだな。まずは息のある者がいないかの確認を。紅、指揮は任せた」


「わかった。梅、行くぞ」


「佐助は坊さんの見張りを頼む。大事な証人だが万が一の時は斬って構わない」


「承知しました」


「小夜。聞こえるか?」


土笛に向かって呼びかける。返事はすぐにあった。


「小夜です。こちらからは一応見えてましたけど、タケルさん大丈夫ですか?」


「ああ。皆も無事だ。送り込んだ女達の様子はどうだ?」


「みなさん眠っています。頭の辺りのモヤも消えました。あ、何人か目を覚ましそうです」


「気を抜くなよ。こっちは掃討戦と事後処理に入る」


「わかりました。また何かあったら連絡します」


女達の頭に繋がっていた黒い霧も消えた。これで正気を取り戻してくれればいいのだが。

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