168.可也山攻防戦②
板塀で囲まれた砦が、木々の隙間から見える。
そう、これは砦だ。
板塀で囲まれた集落の中には物見櫓が立ち、周囲には堀が刻まれている。ただの集落ではないことは一見すればわかるだろう。
街道が繋がる場所には門が構えられており、門の上にも簡素な櫓がある。真逆にも同様の造りがあるから、ここは関所も兼ねているようだ。
板塀の高さは2mほどだが、堀の深さも相まって縁に手を掛けてよじ登るのは難しいか。
端的に言えば里によく似た造りをしているのだ。
物見櫓の上には胴丸を着けた兵が2人。正面と後方の門にも2人づつ。合計6人が見張りに立っている。
だが奴らは昼間っから徳利なんぞ呷っている。決して士気は高くないように思える。
「ありゃ砦というか城だな。粗末ではあるが、よく考えられている」
俺の呟きを拾って、青が弥太郎に訊ねる。
「弥太郎さん。この場所には元々こういった砦が築かれていたのですか?」
「いいえ青様。街道沿いの小さな集落はありましたが、少なくとも昨年の秋までは街道の真ん中を占拠するような造りではなかったはずです」
「とすると、半年足らずでこのような構造物を建てたという事です。旦那様。これは……」
「周囲の村々から動員したわけでもない限りは、術によるものだろうな。陰陽師、それも呪法の類いではなく構築に長けた奴がいるぞ」
「白や。気配を感じますか?」
「う〜ん。この辺りはちょくちょく見てはいたけど、あんまり興味のない場所だったからなあ。陰陽師というか、三善のお爺さんによく似た気配は感じるけど、強くはないよ。もしかしたら上手く隠れているのかもしれないけど」
白がきまりが悪そうに言う。
里の周囲の索敵はほぼ風の精霊に頼っている。彼ら(といって良いのかは不明だが)は風の吹く所全てに散らばっており、その見聞きした全てを白へと伝えている。だが受け手側の白はその全ての情報に接して理解し蓄積しているわけではない。自分の興味のある事象だけを抽出しているのだ。
それはさながらインターネット上に溢れる情報の中から、自分の知りたい情報だけを検索するのに似ているかもしれない。
一方で情報管理の一翼を担っている黒は、風の精霊から伝わってきた情報を白を介して取得し、それを黒の精霊を使役できる者に映像として見せる事で情報を開示している。そうやって得られた情報から何を読み解くかは、黒を含めたその映像を見た者達に委ねられている。
白の精霊と黒の精霊を同時に使役できるのは、里では俺と小夜、そして椿の3人だけだ。だがそれでも白ほどの情報量は得られないし、黒ほど処理量は多くない。もし人の身である俺達3人が式神達と同等の処理を行おうとするなら、数日で発狂してしまうだろう。
それはさて置き、この砦をどう攻略するか。
戦力に不安はない。対馬では100倍近い敵兵を蹴散らした者達だ。たがが野盗ごとき、物の相手ではないだろう。
気がかりなのは砦に民間人がいないかという事だ。
人質なのか手慰みの相手なのかは別にして、往々にしてこういった野盗共は民を攫ってくるものだ。
このまま突撃して、そういった人々に危害が及べば、俺や式神達はいいとしても、若者達には辛い事になるだろう。
何か突破口はないか。
◇◇◇
「向こうから騎馬が来るよ。数6!」
白が警告を発した。
木々の間の道に姿を表したのは、だらしなく胴丸を着けた武士崩れの集団だった。野太刀を背負い散切り頭を振り乱した姿は、まさに野盗そのものだ。
その6騎のうち2騎の鞍の後方には、野良仕事姿の娘が縛り付けられている。畑仕事の最中にでも攫われたか。
白と黒の精霊を通して里から見守る小夜達も、固唾を飲んでいる事だろう。
「開門と同時に仕掛ける!小夜!状況は把握しているな?」
通信用勾玉を通して聞こえた小夜の声は、幾分の緊張を孕んでいる。
「はい!馬に乗った野党に照準済みです!」
「開門と同時に一斉射撃を頼む!」
「了解です!御武運を!」
「先鋒は俺と紅、佐助と梅は村人達の捜索と救出を最優先。白と椿は佐助と梅の誘導を頼む。状況によって里からの支援射撃を行え。青は裏門の監視を任せる。逃げ出す賊は全て倒せ。弥太郎は椿を守れ」
「了解!」
青が静かに移動を開始する。
佐助と梅が刀をスラリと抜く。
紅は愛用の薙刀、俺は乱戦用の長巻だ。
騎乗した野盗共を迎え入れようと、砦の門が開ききった瞬間、俺は突撃を命じた。
◇◇◇
虚空から一斉に降り注いだ矢が、物見櫓の野盗と騎乗した野盗を射抜く。門番達が慌てて門を閉めようとするが、倒れ込んだ馬が邪魔をして閉める事ができない。
「敵襲だあ!」
叫ぶ門番を紅と俺がそれぞれ一刀両断する。
「旦那様。裏門は確保しました」
通信用の勾玉を通して、青からの連絡が入る。
「了解。こちらも門を確保。これより突入する」
俺の合図で佐助と梅が飛び出し、砦の内部へと先行する。
「うおらぁ!」
何事かと飛び出してきた野盗の1人を佐助が斬り伏せる。
「うわあ。キレッキレじゃん」
「当たり前だ!鮫みたいな牙もない連中に遅れをとるかよ!」
佐助が梅に答える間に、もう1人の賊を梅が斬り伏せる。混戦の最中でも、この2人は軽口を言い合っている。それだけまだ余裕があるという事だろう。
「白姉!人質の場所わかる?」
「正面右の倉の中に複数の気配があるよ!武装はしてないみたいだから、たぶんそこ!」
「了解!佐助行くよ!」
梅が促し、佐助と2人で走り出した。一瞬遅れて俺と紅も2人の後を追う。俺と紅の仕事はこの2人が無事に人質の下まで辿り着かせ、人質を解放して連れ帰るまでの警護だ。
俺達4人は歪な鶴翼の陣を形成しながら、砦の中心部へと突撃した。




