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167. 可也山攻防戦①

野伏との戦さに備えて戦力外と判断した杉と椿を里に帰そうとした時、突然椿が残留宣言をした。黒の精霊による門から先に杉を里に返し、椿が改めて振り返ったのだ。


「タケル。対馬の時は連れてってもらえなかったけど、今度は私もついて行くからね」


「ダメだ。お前には早過ぎる」


椿は数え年でようやく10歳だ。戦さ場に連れて行けるわけがない。


「どうして?里を守った時は、私も戦ったよ!」


門の前で椿が仁王立ちしている。腰に手を当てた姿をは自信たっぷりに見える。


「あれは里を守るためだろう。今回は違う。いわば他人の喧嘩の手助けをするんだ。お前を連れて行く道理がない」


「そんな事ない。今回の相手は名越のおじさん達の仲間かもしれない。だったら里を守って戦った時の延長戦みたいなものよ。私も無関係じゃない!」


加也山を根城にする野盗のルーツが筑後国である可能性には俺も思い当たっていた。食うに困ってもおらず、一族が離散するような戦乱も起きていない筑豊国ではついぞ聞かない話ではあるが、戦さで主君と帰る場所を失った足軽や、家や田畑を失った農民達が野盗化する事は多いらしい。

直近の戦乱は御牧郡の支配権を懸けた戦さだったが、その影響が博多を飛び越えてここ今津まで達したとは考えにくい。今回の野盗は筑後国にルーツがあると考えるのが自然なのだ。


「あの時は俺達に地の利があったし、里を守る大義名分があった。だが今回は違う。野伏の本陣を攻めるんだ。地の利は向こうにあるし、戦意も旺盛だろう。そんな所へ椿が突っ込んでどうする」


「私だってそんな無茶はしない。そういうのは佐助や梅の役目。今回の作戦では黒姉の支援は当てにできないし、巫女のふりをしている白姉も無理。だったら誰が戦場の監視をするのかって話よ。黒姉と白姉の次に上手く黒と白の精霊を操れるのは、小夜を除いては私。だったら私が代役をやるしかないでしょ?」


「しかしな……」


「それにね。タケルや姉さん達だけを戦わせて、安全な場所で帰りを待つだけなんて私はもう嫌なの。私も里の一員として、受けている恩恵の分の血の責任は負いたい」


「戦さに参加する事が責任の取り方だと?」


「ん〜。少し違う。産まれたのが少し早いだけで、いつまでも子供扱いされるのが嫌なだけかもしれない。自分でもよくわからないけど、でも里で指を咥えて待つのは嫌」


「管制だけなら里からでも出来るだろう。それに対馬では里からの遠隔射撃でだいぶ助かったが」


「あれは現地に黒姉がいたから出来たこと。もし遠隔射撃が必要になったら、誰かが現地で座標を指定し続けないといけない。タケル以外で、私か小夜ちゃんの他に黒の精霊を使役できる?」


椿と小夜は黒の一番弟子として、様々な道具や兵器の開発と運用研究を行なっていた。その椿が言うのだから、今回のようなシチュエーションも検討済みなのだろう。

いざとなってから里から誰かを呼び戻すよりも、最初から連れて行くほうがまだマシか。


「わかった。椿も付いてきてくれるか。ただし白の傍から離れるなよ」


「了解!じゃあちょっと報告するね!」


椿は杉の後を追うように門に飛び込む……わけではなかった。門に首だけ突っ込んでもぞもぞしている。大方向こう側にいる小夜あたりに話しているのだろう。


◇◇◇


「見えますか?あの山が可也山(かやさん)です」


緑深い山道を抜け平地に出た俺達の目の前に、端正な趣きの独立峰が姿を見せた。独立峰と言っても標高は富士山には到底及ばない。400mないぐらいだろう。

しかしその姿は夏の富士山を彷彿とさせる。


「なあ弥太郎。“可也”ってのは屋根葺きに使う“茅”の事か?それにしては群生地があるわけでもないようだが」


ふとした疑問を弥太郎にぶつけてみる。


「いいえ。諸説あるようです。高句麗の地にある地名を名付けたとも言われていますが、実際は鉄の精錬時に取り出される(けら)が訛ったもののようです」


「鉄の精錬?この辺りで行っているのか?」


「実際に行われていたのは、今から四百年ほど前です。大きな炉部屋を掘って吹子で風を送りながら、砂鉄を炭で燃やして溶かします。現在でも街外れの多々良などで行われている方法ですね」


弥太郎が言っているのは“たたら製鉄”だ。

里でも製鉄を試みようかと思った事はあったが、筑豊国全体で考えても鉄製品にさほど困窮していないから見送っていた。

その代わり、鉄製品の打ち直しや精錬は行っている。

この世界、少なくともこの辺りでは、鉄はそう珍しく物ではないのだ。


「見所としては、あちらに見える火山(ひやま)のほうがいいかもしれません。山の高さこそ可也山に劣りますが、その展望は素晴らしいものです。それに山頂にある薬師堂にはいろいろと曰くがありましてな」


そう言って弥太郎が示したのは、可也山よりも海手側にある小高い山だ。


「火山?炎でも噴き出るのか?」


「頂上に狼煙台があるのです。博多は太宰府へと通じる玄関口ですが、海からの外敵の侵入は例外なく西からでした。その侵入をなるべく早く察知するには、あの山の頂上で監視するのが都合がいいのです」


なるほど。狼煙か。

確かに精霊達を使役できない大多数の人間にとっては、海上の監視は人間の目に頼るしかない。

玄界灘に突き出るようにそびえる山は、監視には打ってつけなのだろう。


「曰く付きの薬師堂っていうのは?薬師堂って仏様を祀っている場所だよね?」


椿が興味深々といった面持ちで弥太郎に尋ねる。


「そのとおりです。ですが少々嫉妬深い仏様でして、前の海を往く船に手を合わせない者がいると、その船を海中に引き摺り込むと言われています。それが余りにも多いもので、薬師堂を山頂から隠そうかという話も出ているようです」


「弥太郎さん。それ本当か?鯨を獲りに行ったときも対馬からの帰りも前の海は通ったが、別段そんな事はなかったように思うが」


海の男佐助としては、海中に引き摺り込む仏様の話は聞き捨てならなかったようだ。


「それはまあ、皆様には式神様がついておられますからなあ。仏様もご遠慮なさるというものです」


「とはいえ実感はないけどな。なあタケル、そろそろ夜営の準備をしたほうがよくないか?」


そうだった。日は随分長くなったとはいえ、そろそろ傾きかけている。それにこの辺りは野伏が出没するエリアだ。夜襲を受けるほど間抜けでもないが、それなりに準備も必要だろう。


「そうだな。弥太郎と佐助は野営地を探してくれ。白と椿は野伏共の根城を探して監視。青と紅は野営地の周囲の探索を頼む。梅はそろそろ里に帰るか?」


「夜襲を仕掛けるなら残る。いくら紅姉や青姉がいるといったって、人手が足りないだろ?」


この男前な発言は、一児の母である梅だ。いや、桜から預かったもう一人も入れれば立派に二児の母親をやっている。

もっとも乳飲み子ではなくなった梅と桜の子供達の面倒を里の年少組である桃や楓が見てくれているから、日中の間は俺達に同行できている。それでも、せめて夜ぐらいは親子で過ごさせてやりたい。


「タケル兄さん。奴らは夜に行動して昼間は根城に引きこもっているはず。だから夜襲はあまりお勧めできないかも。幾つかの集団に分かれて近隣の村を襲ったりしていたら、こっちも手分けしなきゃいけなくなりそう」


ようやく白が普通の口調に戻った。いや、黒も小夜もいないから、少し背伸びをしているかもしれない。


「俺も同意だな。わざわざ夜目の効かない夜に襲撃する必要もないだろ。堂々と正面から突っ込もうぜ」


更に男前な事を言うのは梅が師と慕う紅だ。長刀を肩に掛け、シャツの胸元から赤い下着を覗かせた姿は味方にすれば頼もしいのだが敵に回せば恐怖だろう。


「梅や。今夜は旦那様の言い付けをお聞きなさい。子供達を守り慈しむのも、あなたの大事な務めです」


青の言葉に、梅はそれ以上食い下がる事はなかった。

だが悔しそうに唇を噛んでいる。


「梅。お前の帰りを待って攻撃を仕掛ける。今夜はゆっくり休んで、明日の朝は里も臨戦態勢を整えてくれ。指揮は小夜に一任すると伝えてくれ」


「わかりました。椿、タケルの事頼んだよ」


「任せて!柚子と八重によろしく!」


自分が通れるぐらいの黒の門を開いた梅が、里へと戻った。

明日は可也山の攻防戦となるだろう。



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