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165.平戸島に向かう③

何やらすっかりと修学旅行か林間学校のような雰囲気になってしまっているが、子供達を連れた旅は続いている。

元の世界でいう福岡市城南区から早良区を抜けて西区に入り、岩山が聳える岬を超えたところで佐助が声を上げた。


「タケル様!この浜はいい浜ですよ。波は静かだし、遠浅でもない。風除けのための松原まである」


岩だらけの岬の付け根には一条の川が流れ込み、川から西には砂浜が広がる。

砂浜は更に先の小山の麓まで続いている。砂浜の長さは3km程だろうか。


「生の松原ですね。その昔、三韓征伐に向かわれる神功皇后が戦勝祈願のために手折った松の枝を浜に刺したところ、見事に根付いたのが由来だと伝えられています。あちらの岩山の先端部には、お社が祀られていますよ」


弥太郎の解説に出てきた四文字が引っかかる。

三韓征伐か。確か西暦200年頃の話だが、元の世界での定説では7世紀頃の創作ということになりつつあったはずだが、この世界では史実なのだろうか。


「タケル様。俺なら上陸地点はこの場所を選ぶぜ。風裏で波は静か。上陸用の小舟を係留するにも潜むにも良さそうな松の木が無数に生えてる。そして博多の街まで伸びる街道もすぐ近くを通る。これほどうってつけの場所はないと思う」


佐助の言うとおりだ。俺がいた世界でのこの辺りはヨットハーバーが整備されていた。世界線が違っても、環境が同じなら同じような用途で使われるのだろう。


「なるほど……これは少弐様に進言しておく必要があるかもしれません。この辺りに陣が布けるか、調べていただきましょう」


弥太郎が懐から取り出した半紙の束に何やらしたためている。未だ紙は一般的ではないが、筑豊国では供給が始まっているのだ。

平戸への道程は蒙古軍の侵攻ルートを逆に辿るようなものかもしれない。北部九州一円は少弐家が治める領地であるとはいえ、少弐家が博多の街に入って久しいらしい。現在の生きた情報が欲しいのも事実だろう。


生の松原を抜けた俺達は、長垂山ながたりやまの麓で野営することとした。

この辺り一帯からはペグマタイトが産出するし、姪浜には炭鉱があったはずだ。だが現時点では貴石や放射性元素を必要とはしていないし、炭鉱であれば筑豊国だけで十分賄える。

紫色や緑色に透き通った石を土産として拾ってから、幼子の世話がある梅と小さな子供達は里へと帰し、俺と式神達、弥太郎と佐助、小夜とエステルは残って野営する。

別に里へ戻ってもいいのだが、たまには夜空を眺めながら寝るのもいいものだ。


◇◇◇


翌朝からは小夜とエステルに代わって椿と平太が加わる。

この二人も筑豊国から出るのは初めてだ。

といっても外国の風景が広がるわけでもなし、珍しいといえば潮の匂いと生茂る松原ぐらいだろうか。


長垂山から糸島半島を博多湾に沿って北上する。右手側の東に見えるのは博多湾、左手側の西に広がるのは今津干潟だ。


「ここに誘い込めたら、敵も身動き取れなくなるんじゃないかな」


「海って満ち引きってのがあるんでしょ。今は水がなくなって泥になっているけど、確か半日もせずに海になってしまうはずよ。蒙古軍ってのもそれぐらい分かっていると思うけど」


2番手を行く平太と椿が、何やら意見交換をしている。


「奴らがどれくらい強いのかわかればいいんだけどなあ。一応俺達も戦ったことがあるはずだけど、黒姉さんの門を通して矢を射かけただけだから、実感がないんだよなあ」


「あんたねえ。戦いなんて経験せずに済めばそのほうがいいのよ。大きな剣や鉞を構えた敵兵が目の前に来てごらんなさい。あんたなんか一刀両断よ。泣いてなんかあげないからね」


「え~。俺もそこそこ強いから大丈夫だよ」


「そういう事は私から一本取ってから言いなさい」


「だって椿は精霊まで使役して組手するじゃん。打ち込んでも見えない壁に跳ね返されるし、距離を取ったら風に吹き飛ばされるし。あんなの勝てる訳ないよ」


「うじうじ言わない!悔しかったらあんたも精霊使いになればいいじゃない」


どうやら単なる意見交換ではなく、夫婦喧嘩だったらしい。


「いやいや、若人を見ていると眩しいですなあ」


自分も十分若いはずの弥太郎が目を細めて呟く。弥太郎だって20代半ばのはずだが、10代前半の椿や平太を見る目は、まるで我が子を見るかのようにも見える。


「弥太郎殿!集落が見えるが……その手前に何かある。あれは社か?」


先頭を行く佐助が指さす先には、砂州で繋がった対岸と、その中央辺りに位置するこんもりとした茂みに囲まれた社がある。


「浜崎村と八大龍王社ですね。せっかくなのでお邪魔しましょう。よろしいですか?タケル様」


「ああ。お詣りしていこう。青も構わないな?」


「はい。龍王は海神様ですから。ご縁を結ぶことができれば、きっと良い事があるでしょう」


青姉さんのご神託が下った。先頭を行く佐助と紅を弥太郎が追いかける。


それにしても八大龍王か。

難陀なんだ跋難陀ばつなんだ沙伽羅しゃがら和修吉わしゅきつ徳叉迦とくしゃか阿那婆達多あなばだった摩那斯まなし優鉢羅うはつらだったか。

古代インドの神々の名前を持つ竜王の物語は、真剣に記せばそれだけで厨二心をくすぐる何冊もの本が出来上がるはずだ。


◇◇◇


「こちらのお社は聖福寺を建立された栄西禅師(ようさいぜんじ)が建立されたものです。何でも百年ほど前に南宋へ向かわれる折に嵐に遭われ、龍によって助けられたとの逸話が伝わっております。それ以来、祀られております木彫りの龍王像が、御神体として漁師や海道を行く者達の信仰を集めているのです」


小さな祠の前で解説する弥太郎の姿は、まるでツアーガイドの様だ。


「俺の村じゃ海神様と言えば三女神様だけどな。こっちでは龍王様が海神様なんだなあ」


「ところ変わればってヤツですね」


「あんたどこでそんな言葉覚えてくるのよ。って、白姉達どうしたの?何だか顔が赤いよ?」


椿に言われてみれば、確かに白と青、それに紅の様子が変だ。白は透き通るような頬を赤らめているし、青も心なしか上気しているように見える。紅は明後日の方向を向いて下手な口笛など吹いている。


「どうしたお前達。何か変だぞ?」


「いえ……そういえばそんな事もあったなあと」


ん?何が“そんな事”なんだ?


「そんな事?ってどんな事なんですか?」


青が濁した答えに椿が食いつく。


「それ、たぶん俺達だ。いや、俺達がこの姿になる前の俺達っていうか……もう!ややこしいな」


「難破した船の乗員を助けるために龍の姿を借りた事があったんです。それは私達が集合体としての自我を持つ前の事なので、厳密には私達ではないのですが、社まで建てて祀られているとは思ってもみませんでした」


「それってつまり……?」


「ここに祀られてるのは青姉達ってこと!?」


「まあそうなるな。いやあ何だか照れるなあ!」


紅が俺の背中をパンっと叩くのは照れ隠しか。


「じゃあ、龍王様ってのは!?ほんとはいないの!?」


「いるぞ?でもここにはいないなあ」


「それより、青姉達って龍だったの!?」


「いや、だって俺達にタケルから与えられた真名って龍そのものだったし」


「龍だったのかというのはともかく、精霊が龍の姿に変化することはできますよ。それは私達だけでなく、どんな精霊でも形を成すことはできます。椿だって梅だって、精霊を使役する時に形を作る事はあるでしょう?」


「そうだけど、私が作るのはブン殴るための槌みたいなのだよ?」


そんな物で椿に殴られる平太がちょっと可哀想に思える。


「じゃあ俺が龍の形を精霊に取らせることができたら、龍を式神にできるってことですか!?」


「もちろん可能ですが、何のために式神を使役するのかをよく考えなければなりませんね。ただ格好いいからなんて理由では、精霊達に愛想を尽かされてしまいますよ」


「うう……龍を使役できたら椿ちゃんに勝てるかと思ったのに……」


「はああ?動機が不純!実力で勝ってみなさいよ!」


結局のところ椿と平太の夫婦喧嘩だったらしい。


「じゃあそろそろ皆さん行きましょう。潮が満ちてくると、この先が渡れなくなります」


弥太郎が手をパンっと打って皆を促す。

浜崎村のある陸地までは数百メートルといったところだ。残りの道程を砂を蹴って駆ける。


こうして俺達は浜崎山の麓に位置する今津の地に辿り着いた。

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