164.平戸島に向かう②
鴻巣山。元の世界では福岡市中央区と南区の境に位置する、標高100mほどの超低山だ。
だが山頂からは筑紫平野と博多湾、能古島と志賀島までが一望できる。
北側には集落が幾つか点在する狭い台地が岬状に続き、冷泉津(博多湾)を塞ぐように伸びる長浜と繋がる。
西には草香江と呼ばれる入り江が広がっている。元の世界で言えば城南区の一部は入り江の中だ。
入り江の海側の入口は東が長浜、西が荒津山。この荒津山は鴻巣山と違って草木も少なく標高も低い。山というよりも岬の先端というべきだろう。
鴻巣山の頂上から博多の街と草香江を眺めながら地面に地図を広げ、敵方の総大将であればどう攻めるかを皆で考える。
「長浜が邪魔をして、多数の船で乗り付けるのは無理だな」
「草香江の水深も深くはなさそうですね。吃水の浅い小舟や漁船ならともかく、軍船は入ってこれないでしょう」
「杉。お前ならどう攻める?」
「え?おいらですか?」
虚を突かれたのだろう。杉がキョトンとした顔で聞き返す。
「ああ。何事も経験だ。もしお前が博多の街を攻めるなら、どう攻める?」
「えっと……おいらなら、兵を2つに分けます。一隊は冷泉津の入口に張り付け敵の目を引き付けている間に、荒津山の向こう側、松原の陰の浜から一隊を上陸させ、草香江を迂回して側面を突きます」
杉は背筋を伸ばして遠くを見たり地図を見ながら懸命に説明する。
ふむ……大した戦術家だ。黒や紅の教育の成果なのかもしれないが、空恐ろしい気もする。
「では小夜。お前が守る側ならどうする?」
「ええええ……えっと……守備側の拠点をいくつか作ります。まず一つは冷泉津の入口を守る組。それと荒津山の頂上から海の上を監視する組。あとはここ、鴻巣山にも兵を伏せます」
「理由は?」
「敵の上陸を無理に食い止めるよりも、やり過ごして後ろから叩いて前進を止めるほうが少数の手勢で行えるからです。更に上陸に使った船を荒津山の組を使って焼きます。そうすれば帰る方法を無くした敵は自然と纏まって、高い所、例えばここ鴻巣山を目指して集結するでしょう。あとは鴻巣山の組と荒津山の組を集合させて包囲すればいいと思います」
「その作戦で必要な戦力は?敵方は五千人と仮定しよう」
「五千ですか……理想的には同数以上ですが、それぞれの役目は陽動と撹乱ですから……三千もいれば。ただ本隊は数が多そうに見せる工夫は必要です」
「でもよ。三千の手勢を三つに分けたとしたら、五千の敵を二千の手勢で方位することになるぜ。包囲陣としては薄くないか?簡単に突破されるぞ?」
小夜の作戦の難点を紅が容赦なく指摘する。
「紅姉の言うとおりです。単に敵を四方八方から包囲するだけでは、薄い包囲陣しか敷けません。でも地形を利用すれば手勢の密度は上げられます。例えばここ鴻巣山に敵を釘付けにした場合、東西は海ですから鴻巣山の南端だけを抑えていればいいんです。それに多数の敵が展開できるような平地はありませんから、北に向かって扱くように搾り上げていけば局所的に数的有利な状況は作り出せると思います」
確かにそうかもしれない。
一般的な戦さならば高所に陣取ったほうに理がある。ただしそれは見通しがよく、弓矢による攻撃が戦果を上げられる場合だ。
ここ鴻巣山は超低山ではあるが、適度に起伏があり木々も茂っているから射線が通りにくいし、大規模な部隊は動かしにくい。追い込んだ敵をじわじわと削っていく戦法なら、あるいは優位に戦さを進められるかもしれない。
「でも小夜。その戦法は荒津山と鴻巣山に伏せた手勢に敵方が気付かないことが前提にならないか?もし我が軍の意図に気付いた敵がそれぞれに隊を張り付けたなら、山に伏せた手勢は遊軍と同じだ。一気に我が方が不利になる。やはり敵軍を一か所に引きつけ、一気呵成に攻め立てたほうがいいのではないか」
今度は梅が提案してくる。梅らしい真っすぐな作戦だが難点はある。
仮に味方の総数が三千、博多の守備に五百から千人を配置したとして、想定五千人の蒙古軍を迎え討てるのは二千から二千五百。この時点で既に戦力差は倍以上になる。
梅や佐助が二千人もいれば五千人の蒙古兵など恐れるに足りないだろうが、残念ながら味方のほとんどは普通の武士や足軽達だ。一騎当千の働きなど望むべくもない。
「なあタケル様。俺が思うに奴らは真っすぐに博多を目指してくるとは限らないんじゃないか?別に奴らは水軍と言うわけでもないのだろう。だったらわざわざ敵前上陸なんて危ないことはせずに、安全に上陸できる場所を選んでくるんじゃないだろうか。紅姉と漁に出た時にちらっと見えただけだが、もっと西には守りの薄い場所があるんじゃないかと思う」
佐助の言葉には海に生きる男としての自負が込められている。上陸に適した地点が海上から見えたと言うのなら、それは下見しておくべきだろう。
◇◇◇
鴻巣山を下りた俺達は、片江村を抜け草香江に沿って荒津山に至る。
荒津山から西は小戸まで続く長い海岸線が広がる。地図上で砂浜のように見えていた海岸線は、近づけば砂混じりの干潟のようになっていた。馬を降りて感触を確かめるが、干潟といっても泥濘むわけでもなく、むしろ砂に足を取られる心配はなさそうだ。
小休止も兼ねてしばらく休憩する。
さっそく杉とエステルが波打ち際でカニを追いかけ始めた。
里の近くの川でもサワガニなどは見ているだろうが、海のカニは珍しいのだろう。
無邪気に遊ぶ二人を見ながら、佐助と弥太郎が話し込んでいる。
「う〜ん……俺はちゃんとした砂浜のほうが好きだな。泥が多いと小骨が多い魚しか取れやしねえ。なあ弥太郎さん。この辺りに俺の村みたいな、漁村っていうのか?そういう奴らは住んでるのか?」
「佐助殿は根っからの漁師なのですね。ご覧のとおりこの辺りは泥も多く、陸側も一面のススキ原ですからな。集落はもう少し西、あの岩山の向こうにいくつかあります。そういえばこの辺りをなんと呼ぶか、どなたかご存じですか?」
弥太郎の言葉に一同は顔を見合わせる。
「えっと……タケルさんの地図だと……百道浜?」
「私達はここを百道と呼んでいます。ほら、私達が歩いてきた足跡の他にも、沢山の足跡が連なっているでしょう。ただの砂浜であれば風や波ですぐに消えてしまいますが、ここ百道ではしばらく残って道があるように見えますからね」
なるほど。“もみち”が変じて“ももち”となったのか。
「まあいつまでも干潟を行く必要もありません。馬の脚にも良くないですし、街道に戻りましょう」
小休止を終えた俺達は再び騎乗し、百道浜より少し陸側を抜ける街道を西へ進む。元の世界では明治通りとか唐津街道と呼ばれた道だろう。
室見川を越えた先には小高い山がある。
「あれは鷲尾山です。山頂には伊弉諾尊と天忍穂耳尊を祀る鷲尾権現がございます」
舌を噛みそうな名だが、確か国生みの神の名だっただろうか。こういった蘊蓄は現役の宮司である本居忠親が詳しいか。機会があれば教えてもらうことにしよう。
近くに来たのだからお詣りでもしたほうがいいのだろうか。ちらりと青を見るが、特に反応がない。
「青。土地神というか権現様というか。やはり挨拶した方がいいのだろうか?」
「いいえ。どうかお気になさらず。もし祭神様がご臨在されていればややこしいことになりますし、ご不在とあらば留守を荒らすかのような行いになりかねません。ここは庭先を通り抜けるだけにいたしましょう」
「そうそう。“触らぬ神に祟りなし”っていうだろ」
「何だっけ。“くわばらくわばら”って唱えるといいんだっけ?」
「そりゃ災難避けの呪いだろ。鶴亀鶴亀ってのもあるぞ」
「“つる”?“かめ”?何か面白い!」
茶化すような紅と白のやり取りを聞きつけて、杉とエステル、小夜が絡んでくる。
「お呪いの言葉ですか?私の村にもありますよ!トコ マデーラ!って唱えると、良くない事も飛んでいきますよ!」
「トコ?」
「マデーラ??意味わかんないけど何か楽しい!」
まあそんなやり取りを聞いているうちに、鷲尾山の麓を通り抜けてしまう。
ここまで筑紫平野と呼ばれる場所の海沿いを進んできたが、平野と言ってもただ平らなわけではなく、ところどころに小高い丘がある。この辺りが戦場になれば、それらの高地の陣取り合戦が始まるだろう。
要所要所に川も流れているが、騎馬の足止めになるほど深い河ではない。川沿いに陣を敷き睨み合うようなことは、およそ現実的ではないように思える。
子供達は聞き覚えた呪いの言葉をお互いに教え合っている。
子供達にとっては遠足のようなものだろうか。
急ぐ旅でもないし、のんびりと進もう。




