162.宗家との会談
「さて、こちらが対馬を護った斎藤健とその一味じゃ。もっとも助国殿に下にも報せは行っておったようじゃな」
三善の爺さんの紹介で、宗家当主との会談は始まった。爺さんは当然のように上座に座り、その入り口寄りには広目天が控える。
「斎藤健と申す。先日は庭先を荒らすような真似をしてしまい、ご挨拶もせず申し訳ない」
胡坐をかいたまま床板に拳を付け頭を下げる。
相対するのは宗家当主、宗助国だ。
まさか一国の守護代がお供も連れずに忍んで来ているということもないだろうが、この部屋にいるのは助国だけだ。
「まあそう堅苦しくせんでもよい。あれには儂を含め全員が助かったのじゃ。面を上げてくれ」
助国は見た目60代ぐらいの文字通り老人だ。三善の爺さんもそうだが、さっさと隠居でもすればいいものを……生涯現役を貫くつもりなのだろうか。
「して、そちらのお嬢さん方が宗像に降臨あそばされたという女神様かの?」
「んまあ宗像に降臨したわけじゃあないけどな。だいたい合ってる」
助国の問いかけに紅が代表して答える。
「そうか。我が父の養父も宗像には少なからず縁がありましてな。其方らが此度の戦さに加勢してくれるのならば、これほど心強い事はない。民草の心も一つになり、必ずや夷狄を討ち滅ぼせようぞ」
夷狄か。外国の軍勢が攻めてくるとなれば、確かにそれは“夷狄”なのだろう。だが討ち滅ぼす必要があえうだろうか。追い返せればいい気もするが。
「持って回ったような言い方をするのう。宗像家との権力闘争に負けて宰府に引き籠ったと言わんか」
「相変わらず三善様はご容赦が無いですなあ」
言葉だけを聞けば口喧嘩をしているようにも聞こえるが、三善の爺さんを上手にあしらっているのだろう。
「民草の心って私達が行かないと一つにならないのですか?」
「失礼ながら人心を掌握出来ていないという事でしょう。何か事情がおありなのでは?」
白の疑問に青が質問を被せる。
「これは女神様方は手厳しいですな。先程斉藤殿が“庭先”と申されたが、対馬が当家の治める地となってから実は三十年も経っておらぬのです。民草のほとんどは先の阿比留家所縁の者達でしてな。我ら宗家が対馬に渡って二十余年、何とか民に慕われようと努めてはきたのですが、なかなか上手くはいかぬものです」
「阿比留家というのは?」
「斉藤殿の若さでは知らぬのも道理。では一つ、儂が平家と宗家、対馬と宰府の関係をお話しして進ぜよう。まずはそうじゃなあ……発端は壇ノ浦からかの」
こうして爺さん2人による昔話が始まった。
この爺さん2人のとりとめのない茶飲み話を年表にすると、こんな感じだ。
寿永4年(1185年)
壇ノ浦の海戦。
その前年に生まれた平知盛の四男、知宗が長門国の斎藤家に身を寄せる。
建久2年(1191年)
元々平家方だった武藤資頼が、太宰少弐および鎮西奉行として太宰府に任官。
建久9年(1198年)
武藤資頼の子、資能(後の少弐資能)誕生。
前後して長門国から平知宗が武藤資頼に引き取られる。
正治2年(1200年)
平知宗が武藤資頼の養子になり、太宰大監に任官。
承元1年(1207年)
平知宗の子、助国(後の宗助国)誕生。
承元4年(1210年)
九州各地で陰陽師崩れによる騒乱発生。
都にいた三善の爺さんが鎮圧に駆り出され、そのまま博多に居座る。
寛元1年(1243年)
対馬国の阿比留家が高麗と交易していることが判明。
時の大宰府政庁はこれを謀反と判断する。
寛元3年(1245年)
宗助国、対馬国の阿比留親元の謀反を平定するために対馬に渡る。
寛元4年(1246年)
対馬国平定。その功績により宗助国が対馬守護代に任じられる。
文永9年(1272年)
宗助能、三善の爺さんに呼びつけられて博多で茶を飲む。
「とまあ、こんな感じじゃが、これも表向きの話でのう。この助国が誠に知宗の子かどうかなど正直わからんのじゃ」
あっけらかんとした口調で三善の爺さんがとんでもない事を言い出す。
「それってお父様がどなたかわからないという事?どうして?」
白の疑問ももっともだが、俺には何となく察しはついている。
「お主らの里の幼子共もそうであろう?そこのタケルを父と慕っておる。そのまま斉藤の姓を名乗れば表向きはタケルの子じゃ。じゃが実父は別におる。それと同じじゃ」
「タケル兄さん。そういうものなの?」
そういうものかもしれない。歴史とは時の為政者によって形作られ語り継がれるものだ。大事なのは今誰が何をしているかなのだ。
そして判明したのは、ここにいる宗助国と少弐家当主たる少弐資能は同じ人間を父と呼ぶ義理の兄弟ということと、宗家も少弐家も平家にルーツを持つ者をその血筋に組み込んだということだ。
「俺からも質問いいか?」
紅がスッと手を挙げる。
「なんじゃ紅いの。今なら何でも答えるぞ」
「爺さんっていったい幾つなんだ?さっきの話じゃ50年近く前には都で暗躍する陰陽師だったんだろ?」
暗躍か。式神達には好々爺のようなあるいは助平爺のような顔を見せてはいるが、若い頃はキリッとしたイケメン陰陽師だったなどと言わないだろうな。
「はて……幾つとは歳のことじゃろうが……幾つだったかの。広目天や。知っておるか?」
単に呆けているのではないだろうな。それにしては年号はしっかり覚えていたが。
「しっかりしてください旦那様。御身は今年で齢百二十四になられました」
ひゃくにじゅうよん……はい???
「そうじゃそうじゃ。儂は久安の生まれじゃ。もう歳をとらんくなって久しいからの。すっかり忘れておったわ」
どうやら聞き間違いではないようだ。人生50年といい、60年も生きれば大往生を迎えるこの世界において、その倍は生きてピンピンしているということか。この妖怪爺め。
「まったく。三善様は初めてお会いした時からお姿が変わりませんからな。こうして茶や酒を酌み交わしておらねば、夢か幻を見ていたかのような気になりますな」
さて!と言わんばかりに助国が膝を叩く。
「そろそろ供の者が待ちくたびれておりましょう。某はこれにて失礼仕ります。斉藤殿。それに巫女様方。我が対馬が危急の時は、当てにしておりますぞ」
「承知した」
「助国様。海路お気をつけて」
「いい風が吹くといいね!お爺ちゃん!」
青と白の言葉を聞いて、ふぉっふぉっふぉと助国が笑う。
「水神様と風の巫女様のご加護があれば、何の心配もいりませぬな。ではこれにて」
助国が部屋を出て、供を呼ぶ声が遠ざかっていく。
三善の爺さんが茶を啜る音がやけに部屋に響く。
「しっかし面白い爺さんだったな。歳を喰うとあんなに剽軽になるものなのか?」
天井を仰いで紅が呟く。
「あやつは古強者じゃ。あの歳になってなお、戦場で先陣を切るじゃろうて。そんな男だからこそ、最前線になるであろう対馬の守護に推したのじゃ。少弐家の若造らにはとても任せられん」
三善の爺さんの言葉は、まるで30年近く前からこうなることを予期していたかのように聞こえる。
「この地への異国の侵入は、何も蒙古が初めてではない。250年ほど前にも刀伊の入寇があった。対馬、壱岐を襲い、やがてここ筑前にも押し寄せたらしい。それより前にも大陸からの賊の侵入は何度もあった。此度の蒙古が特別なわけではない。備えておくのは当然じゃ」
いかに日本が島国で大陸と地続きになっていないとはいえ、朝鮮半島の先端と対馬であれば船で半日の距離なのだ。大陸の戦乱と無関係でいられるはずもない。
「さてと。お主等は平戸島に向かってくれるのじゃな。案内に弥太郎を連れていけ。弥太郎!おるな!」
「はい。控えております」
廊下側から弥太郎の声がする。
「よし。では詳細は弥太郎とお主等に任せる。儂は少々疲れたのでな。昼寝じゃ昼寝」
三善の爺さんが広目天を連れて退席した。入れ替わりに弥太郎が入ってくる。
「お久しぶりですタケル様。それに皆様も息災で何よりです」
床に座った弥太郎が深々と頭を下げた。




