158.四天王と相対する
博多の方角からやってくる船の上には男が3人と女性が1人、それに船頭らしき男と漕ぎ手が8人ほど。
同じ大きさの船が4隻続いている。
「白、ゆっくり前進して先頭の船に横付けできるか?」
「できないでか!紅姉!そっちの船の曳き綱解くよ!」
「おう!黒!そっちで切ってくれ!こっちで回収する!」
「了解!」
3人はてきぱきと仕事を進めていく。
先頭の船上の人影がはっきりと見えてきた。
鉾を持っているのが増長天、棍棒持ちが多聞天だったか。とすれば残りの男が持国天で、女性が広目天だ。
四天王の乗る船に白が操るヨットが近づき、並走を始めた。
「接舷するぞ!櫂上げ!」
「こっちも接舷する!衝撃に備えて!」
白がゆっくりとヨットを寄せていく。
ほとんど衝撃もなく、ヨットは船に接舷した。
船から渡されるロープを受け取った黒が、手際よく手摺に結び付け固定する。
「よおタケル!宰府で一目会ったっきりだが、覚えているか?」
四天王達は次々とヨットに乗り移ってくる。
その内の一人、増長天が鉾を持ったままの右手を俺の肩に回して話しかけてきた。
「お前の噂は方々で聞いているぞ。悪鬼どもが全く筑前に寄り付かなくなって、おかげで我等は国々を走り回っておるわ!」
今度は棍棒持ちの多聞天だ。何やら不満気であるが、棍棒でヨットの甲板を突くのは止めていただきたい。黒の目に怪しい光が走るのがわからないだろうか。
「あらあら。悪鬼どもが大人しくなったのは民にとっては良いことです。それに良い噂ばかりでしょう?」
広目天姉さんが取りなしてくれるが、その言葉を拾って持国天が続ける。
「何でも千の宇都宮軍を蹴散らし、万の筑後軍を迎え討ったのだろう?しかも筑豊国は大層豊かで、次々と筑前や筑後、豊前からも人々が流入しているというではないか」
おいおい。千の宇都宮軍はさておき、万の筑後軍は盛り過ぎだ。佐伯勢は600人余りしかいなかったし、そもそも筑後軍ですらない。
だが、そんな事は些細に思えるほど、増長天の腕は俺の首を締め上げている。
隆々とした筋肉に包まれた二の腕を叩くが、タップで降参の合図なんて分かるのだろうか。
「おい……すまないが離してくれ。うちの式神……達の形相が……ちょっと……」
そうなのだ。喧嘩っ早い紅はもちろんの事、普段おちゃらけている白や冷静なはずの黒まで、小太刀の鯉口を切りそうになっている。
「おう。これは悪い事をした。別に襲っていたわけではないぞ?」
ようやく増長天の腕が緩み、その隙に紅に引き戻される。
「ったく。いきなり人質になってどうする」
「だから、そんなつもりは無いって。久々の対面にちょっと気持ちが高ぶっただけだ。お主もわかるだろう?紅龍よ?」
「わかんねえよ増長天の旦那。俺達は別に三善の爺さんに会っても嬉しくもなんともないぜ?」
「これは手厳しいですね紅龍さん。それに白龍と黒龍も、久しぶりね」
「広目天姉さんもお変わりなく!今日はみんな揃ったんですね。姉さんはお留守番かと思ってました」
「たまには私も外に出なければね。白龍は時々訪ねて来てくれていたけど、最近は遊んでくれないから寂しいわ」
ん??白と広目天はそんな接点があったのか?そんな素振りはなかったが……
「姉さんそれは私達が式神になる前の話じゃん!ごちゃごちゃにしないでよ」
「そうだったかしら。とりあえず私達の仕事をしましょう。増長天、多聞天、持国天、よろしくね」
精霊として接点があったという事なのだろう。
それはさておき、何はともあれ捕虜と鹵獲品の引渡しをしなければならない。
「そうだな。三善様のご命令を済ませよう。あっちの高麗船を曳航すればいいか?」
多聞天が手にした棍棒で高麗船を指し示す。
「いや、他にも四隻ある。そっちの小舟が五艘あるとはいえ、少々心許ないだろう」
「他に四隻だと?どこにあるのだ?」
「奴らの武具や遺体ごと、黒が収納している。今ここで検分するか?」
「いや。そういう事なら博多の街の近くまで運んでくれ。生きている捕虜どもは今浮いている船の中だな?」
「そうだ。あの船の曳航を頼む」
俺が多聞天と打合せをしている間に、増長天と持国天、広目天の3人はうちの娘達に絡んでいた。
「紅龍よ。お前さん今回の戦さで何人殺ったんだ?」
「んなことは別にいいじゃねえか増長天の旦那よう。戦さってのは生き残るかどうかが問題だろうが」
「そうは言ってもな。俺より強えのがいると思うとわくわくするじゃねえか」
「殺った人数だけなら、あの二人のほうが多いぜ?なんせ船丸ごと五隻だからな」
「あん?あの二人って、白龍と黒龍か?」
「ああ。白は風、黒は空間。大軍を相手にするのに、これほど適した属性はないだろ?」
「風の刃で切り刻んで、丸ごと闇に落とすってか?」
「もっとも船を丸ごと屠ったのは別の方法らしいけどな」
「貴女は人間……よね?お名前は?」
「梅と申します。広目天様」
「あらあら。礼儀正しいのねえ。うちの荒くれ者どもに爪の垢を煎じて飲ませたいわ。式神達と一緒にいると大変でしょう?特に紅龍なんてうちの馬鹿共と同じぐらい手が早そうだし」
「いえ、紅姉さんは俺の師匠ですし、その他の方々にもいつもお世話になっております」
「そう?ならいいけど。嫌になったらいつでも博多の街にいらっしゃいな」
「白龍と黒龍も立派になったなあ。噂はいろいろ聞いているが、主人を支えてしっかりやっているようだな」
「まあね。みんな私がいなかったらどうなっていたことやら」
「別に白がいなくても実害はない」
「何言ってんの黒ちゃん!私がいなかったら誰が田畑や家畜を守るの!?」
白の存在価値は決して一次産業の護り手ではないと思うのだが。
「お前達。雑談もいいが仕事だ仕事。さっさと曳航の支度をしろ!曳き綱を張れ!タケル殿。かの船を袖の湊まで曳航するが、ご助力願えるか?」
「わかった。白は船団を包むように結界を頼む。黒は航路の案内を任せる」
『了解!』
◇◇◇
こうして俺達4人は四天王達が乗ってきた小舟に乗り移り、ヨットを収納した状態で博多の海の入口である袖の湊に接岸する事となった。
黒が収納していた高麗船四隻は、袖の湊の沖合に停泊させて順次曳航する事になる。これは一気に五隻の高麗船が接岸する事によって港の機能が損なわれる恐れがあった事と、何よりも人心の動揺を抑えるためだ。
この時代においても、袖の湊は博多の玄関口であり、経済活動の源なのだ。
さて、当然ながら俺達はこのまま解散とはいかなかった。
少弐家はともかく、今回の対馬防衛の依頼者である三善の爺さんには会っておかねばならない。
袖の湊で小舟を降りた俺達は、迎えに出てくれていた弥太郎の家に一泊してから、三善の爺さんとの会談に臨む事となった。
ただ、俺達が三善邸に入るのは目立ち過ぎるとの理由から、会談の場は本居忠親が大宮司を務める櫛田神社が選ばれた。
思えば櫛田神社の境内に立ち入るのは、この世界で初めて博多に着いた日以来だ。
「お待ちしておりました。紅様は一段とお美しくなられましたな」
社務所の前で待ち構えていた本居が声を掛けてくる。
薄い緑の狩衣姿に立烏帽子に収められた黒髪。右手の笏で自分の右肩辺りをポンポンと叩きながら、人懐っこい笑顔を浮かべている。
「お前なあ。俺らが式神だってこと知ってんだろ?この世に形を成してから散るまで、俺らの姿形は変わらねえよ」
「紅姉、それは嘘。必要とあらばイノシシにでもクマにでも化けることができる」
「ばっか黒。そういう意味で言ってんじゃねえよ。だいたいイノシシなんかに化けたら、里の連中に狩られっちまうだろうが」
そんな軽口を叩く式神達を余所に、社務所の一室に通される。
そこには三善の爺さんと四天王達が待っていた。
「この度の働き、誠に大儀であった。まさか蒙古軍を数名で屠るとは思ってもおらなんだ」
「蒙古軍といっても少数の先遣隊だったからな。上陸拠点を確保され、後詰がわんさか湧いてくるような状況だったら、とてもではないが守りきれなかった」
爺さんと俺の会話を聞いて、増長天がニヤリと笑う。
「我らも助勢に馳せ参じておったなら、その数が例え万に及ぼうとも打ち果たしておったでしょう」
「おいおい増長天の旦那。だったら最初から旦那達が迎撃に向かえばよかったじゃねえか。何も俺等がはるばる向かう必要もなかったのによ」
紅が少し口を尖らせて抗議する。
そんな紅の抗議をスルーして、爺さんが続ける。
「タケルは手柄を譲ると言ってきおったが、まさか手ぶらで帰す訳にもいかぬ。じゃから、こうして来てもらったわけじゃ」
ほう?褒美でもくれるのだろうか。
しかし今回は勝ち戦とはいえ、敵方の領地や宝物を分捕ったわけではない。武具などは奪いはしたが、今の筑豊国にとってはさほど価値のあるものではない。
この時代の褒美や恩賞といえば、敵方から奪った領地か金品を与えられるか、さもなくば領主の直轄地や所有物を与えるぐらいしかないはずだ。
「さてタケルよ。何か欲しいものはあるか?言うだけはタダじゃ。何なりと申すがよいぞ」
何か欲しいものと言われてもな。
里は完全に自給自足しているし、筑豊国全体で見ても必要には足りている。
金銀財宝といっても、金は嘉麻川の水や海水から精製できてしまうし、宝石の類いはインドまで買い付けに行けばよいだけだ。
ここは名刀の一振りでも所望するべきなのだろうが、生憎と武器も特に必要としていない。
俺達が持っておらず、爺さんが持っているもの……
そういえば捕虜にした男達はどうなったのだろう。




