157.第一次対馬防衛戦の後始末
博多沖の玄海島近くで夜を明かした俺達は、三善の爺さんの指示に従って、能古島の島影へと船を進めた。
能古島は博多湾のほぼ中央に浮かぶ、海岸線12㎞ほどの小さな島だ。元の世界では古墳が発掘されるなど、古くから人が生活しており、博多の玄関口として「能許」とか「能護」などと呼ばれていた。
この世界でも発音は同じだから、恐らくは同じような字を充てていると思われる。
紅達はというと、錨を下ろした船の上から釣りなど楽しんでいる。里への土産にでもするつもりなのだろう。
俺はのんびりとはしていられない。紅達が乗っている蒙古軍(実質は高麗軍だと思われるが)軍船の甲板上には、昨日の戦闘で捕虜にした男達が転がったままだし、船内には白と黒が文字通り一網打尽にした水夫達が閉じ込められたままだ。
三善の爺さんに求められるがまま、ここまで曳航してきたはいいが、正直なところさっさと引き渡してしまいたい。
「よおタケル。今どの辺りじゃ?」
通信用の土笛を鳴らすと、いささか場違いなほどのんびりとした声が土笛から流れ始めた。
「現在、能古島の北側で投錨している。このまま袖の湊に入っていいか?」
「なに!?もう目と鼻の先ではないか!?奴らの船は何隻じゃ!?」
自分が指示しておいて、のんきなものだ。
「一隻だけだ。残りの4隻は遺体や装備もろとも黒が収納している」
「やれやれ……意識さえなければ何でも収納してしまうんじゃったか……実に恐ろしいのう……とりあえず無用の混乱を避けるために、夜明けと共にこちらから使者を出した。ちょうど儂の式神等が帰って来ておったでの。能古の辺りならそろそろ着くと思うが。お主も知らぬ顔ではあるまい?」
爺さんの式神か。確か四天王だったか。
「わかった。では釣りでもしながら待つことにする」
「まあそう時間も掛かるまい。もっとも黒の嬢ちゃんが作った船ほどの船足は出んから、そのつもりでな。嬢ちゃんの船は目立つから、お主らも儂の式神達と一緒に博多に参れ。たまには嬢ちゃん達と一杯飲みたいのじゃ」
「承知した。それと相談だが、四天王が来るなら今回の討伐は爺さんのところの四天王がやったことにしてくれないか?」
「……手柄はいらんのか?」
「いらない。というか、里から一足飛びで対馬の防衛に赴けると知ったら、爺さんのところの親分は今後も俺達を当てにするだろう?それは困る」
俺達は“一家総出で人命救助に当たる某国際救助隊”ではないのだ。無辜の同胞をむざむざ惨殺されるのを見過ごすわけにはいかないし、筑豊国の防衛のために働くのは地頭として当然の務めだが、その筑豊国をお留守にするつもりは毛頭無い。
「わかった。少弐殿への報告は上手くやっておく。お主が畏れられるのは構わぬが、恐怖の対象になるのは儂とて心外じゃしな」
畏れられる事と恐れられる事。口に出してしまえば同じ発音ではあるが、意味合いが全く異なるものだ。
俺個人が恐れられるのは構わないが、佐助や清彦、それに里に残る幼い子供達まで一緒くたに怖がられては、その後の彼らの人生に関わる。
「よろしく頼む」
◇◇◇
通信を切って振り返ると、いつの間にヨットに乗り移って来たのか、紅と佐助が苦笑いを浮かべていた。その隣で清彦が神妙な面持ちで立っている。それぞれ、手には大きな鯛やアラカブ(カサゴの地方名だ)をぶら下げている。
「まったく……タケル様は欲ってものがないのかねえ。褒美の一つでも踏んだくればいいものを」
「タケル様は俺達のことを考えてお決めになったのだ。それに今回の防衛戦で褒美をもらうとすれば、少弐殿直轄の土地になる。古参の者達には不満が募ってしまうだろう?その不満はいずれは筑豊国に向かってくる。そこまで配慮されているのだ。滅多な事をいうものではない」
「へいへい。清彦はお利口さんですねえ」
佐助の軽口に真面目な顔で答える清彦だが、二人とも立派な若武者の面構えになっている。
佐伯勢との戦いで初陣を飾り、対馬防衛戦を潜り抜けた二人は、同世代の少弐家の手勢など寄せ付けないほどの風格を醸し出し始めていた。
「タケルよ。土産も獲れたことだし、二人は里に引き揚げさせるぞ。代わりにタケルの護衛には梅を呼ぶ。いいか?」
「ああ。構わないが、わざわざ梅を?」
「三善の爺さんが何を考えているか、完全に心を許したわけじゃないしな。それに四天王が来るんだろ?全力のあいつらを抑えきるには、俺と白、黒だけじゃ少々心許ない。青も呼ばなきゃならんかも知れん」
「俺を含めてお前達全員が里を離れているのが少弐家に伝わるのは拙いな」
「だろ?だから青は連れて来られない。佐助と清彦は不寝番をしていたから休ませないといけない。だったら次善の策になるが梅を呼ぶしかない。大丈夫だ。あいつは自分の身を護りながらでも、ちゃんと護衛役を果たせるさ」
「いざとなれば私が纏めて里に連れ帰るから。梅にもいい経験になる。私は賛成」
「私も賛成!!」
白の賛成はノリだけのような気もするが、紅の言うことは筋は通っている。
「わかった。いきなり戦闘という事もないだろうが、警戒はしておいてくれ。佐助、清彦。ご苦労だったな」
「いや、島の集落が焼かれでもしたらと思うと他人事じゃないしよ。俺達が出来ることなら、何だってやるさ」
「里で待つ子供達のためにも、どうかご無事で」
黒の門を通って里に戻る佐助と清彦と入れ違いに、梅がやってきた。
◇◇◇
「柚子と八重はどうだった?」
里の様子を報告してきた梅に尋ねる。
「いつも通りだ。“父〜”ってタケルに会いたがってはいたけどな。あとエステルが博多の街を見物したいらしい」
柚子と八重はすっかり俺の事を父親と思っているようだ。まあ椿や平太をはじめ、まだ幼さの残る子供達からは同じように父親だと思われているのだろう。
そういえばエステルは里の周辺から連れ出した事がなかったか。あの娘は里に縛り付けておく理由はないが、リンコナダから預かっているようなものだ。万が一にも傷つけてしまうわけにはいかない。
今回はともかく、梅や黒と一緒なら大丈夫だろうか。
「わかった。この騒動が収まったら、少し遠出してみよう。その時は頼むぞ」
「了解だ。それで、この後の段取りは?」
「三善の爺さんの使いとして、爺さんの式神達が迎えに来てくれることになった。うちの式神達は会ったことがあるが、梅は初対面だよな?」
「ああ。と言うよりも青姉達以外の式神なんか会った事もない。なあ、式神って誰でも持てるのか?」
それは考えたこともなかった。陰陽道の式神や使い魔の類いには明確な召喚方法があるのだろうが、俺の場合は精霊達が姿を直接変えているようなものだ。たぶん陰陽道で言うところの式神とは異なる存在だと思う。
「黒、どう思う?」
「精霊の力を借りるだけじゃなく、実体化させたいということ?」
「そう。タケルにとっての黒ちゃんや紅姉のように、柚子や八重を常に傍で護ってくれる存在が欲しい」
「里の子供達では物足りない?」
「そんな事はないけど……人型である必要はないと思うんだ。そう!タケルとサヨのように獣の姿をさせてはどうだろう?」
その呼び名は解禁されたようだが、未だに慣れない。まあ梅ならば式神を悪用する事もないだろうが。
「じゃあ里に戻ったらやってみる?タケル、いいよね?」
「ああ。よろしく頼む」
「梅が式神を持ったら、佐助達も欲しがるだろうなあ。そっちもいいのか?」
「持つなという事も出来ないだろう?誰でも持てるものではないだろうし、そもそも精霊達に愛されないと成り立たない話だ。使役できるのならばいいんじゃないかと思う」
「了解だ。じゃあ指導は任せろ」
そんな話をしているうちに、舳先に立っていた白が南を指差す。
「船が近づいてくるよ!」
「白、黒、偵察を頼む。紅は錨を上げて出航準備!」
『了解!』
黒が開いた窓に映ったのは、仁王立ちした四天王4人と懸命に舟を漕ぐ男達の姿だった。




