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153.第一次対馬防衛戦③

白と黒の戦列参加によって勢いを増した北の戦線が、一気に高麗軍司令官の下へと迫る。

南の戦線で高麗兵を薙ぎ払う佐助と清彦も、あと数列で中央に到達する。

西からは紅と俺とが迫る。

高麗軍司令官の大男を護る兵士は、残り20人にも満たない。


と、ここで大男が奇妙な動きをした。

一際大きな声で何か言ったかと思うと、いきなり振り返って海に入ったのだ。そのまま沖合に停泊している船に向けてジャバジャバと波を蹴散らすように歩いていく。

それを見た高麗軍兵士達も我先にと海へ入る。


「何だあれ。逃げるのか?」


「逃げるって……海に?歩いて??小舟あるじゃん?」


佐助と清彦が追撃も忘れて顔を見合わせている。


「おいおい……ここから大将同士の一騎打ちとかじゃないのかよ」


紅が薙刀の刃から滴る血を振り払い、石突を砂浜に突き立てる。


あ……いかん。そこから先は……


リアス式海岸の砂浜というのは、得てして急深で流れが速い。

ここ対馬の砂浜も例外ではなく、海岸線から10mも沖合に出れば水深は身長を優に超え、離岸流も伴って一気に流され始める。


「うわあ……そんなの海の様子見りゃわかんだろ」


佐助の呟きが、ここにいる皆の心情を代弁していた。



「まあ……流されて辿り着いた先で人質でも取って立て籠られても困るからな。白、黒。小舟を出して奴らを救出する」


「了解。呪術師は色々知ってそうだから、是非確保したい」


「ああ。拘束方法も含めて黒に一任する」


「わかった。佐助と清彦も手伝って。紅姉は負傷者と死者の回収ね」


「まじかよ……結構な数だぞ……」


「紅姉文句言わない。タケルだって始めてるんだから!」


「へいへい……梅はタケルにゃ優しいよなあ……」


紅のぼやきはともあれ、高麗軍の兵士達でも仏さんだ。人道的見地からも衛生的な意味でも埋葬はしなければならないだろう。

ああそうだ。とりあえず爺さんに連絡するか。生き残りの処置をどうするかも確認しなければならないしな。


◇◇◇


通信用土笛を鳴らすと、すぐに三善の爺さんに繋がった。


「爺さんか?タケルだ。戦闘終結。敵の大将は海に逃走したから、黒と白が追跡している。じきに捕らえられるだろう」


「本当か!?先程の連絡からまだ一刻ほどしか経っていないぞ?」


「まあ半数は船に籠った水夫だったし、里からの支援もあったからな」


「里からの支援?あの天から降ってくる矢か?しかし白い嬢ちゃんも黒い嬢ちゃんも対馬におるのだろう?」


「そうだが、うちには白い遣い手も黒い遣い手も大勢いるからな」


「お主……何を育てておるのじゃ……」


失礼な事を言う爺さんだ。俺が育てているのは自立して生きていける若人だぞ。


「そんなことよりもだ。生き残りは捕虜にするとして、遺体はどうする?恐らく200は下らないと思うが。対馬にも守護か地頭はいるのだろう?引き取ってもらうか?」


「宗家が地頭を任されてはおるが……何せ頭の固い爺さんだからのう……白い嬢ちゃんの力で捕虜と奴らの船ごと袖の湊まで運べんか?」


「それは可能だとは思うが……」


「検分もしたいし、何より奴らの装備や戦い方が知りたい。何せ異国の軍勢なんぞ見た事がない者がほとんどだからな」


まあ俺が爺さんの立場でも同じ事を考えるはずだ。戦いの前に敵の実態を調べるのは戦さの常道だし、博多に入ってくる蒙古軍の情報は南宋の商人からの伝聞でしかないから、実態を表しているとは言い難い部分もあるだろう。


「わかった。少々時間はかかるかもしれないが、やってみる」


「よろしく頼む。近づいたら連絡してくれ。流石に異国の軍船がいきなり現れたら、博多の街が大騒ぎになる」


「承知した。また連絡する」


土笛をもう一度鳴らすと通信は切れた。

やれやれ……この地で埋葬するなら多少は楽だったものだが、安請け合いしてしまっただろうか。



沖合から白と黒の操る小舟が帰ってきた。捕縛されているらしき大男と、きいきいと金切り声が印象的だった呪術師も一緒だが、どうやら猿轡を噛まされているようだ。しかし流された兵士の数よりも船上の兵士の数のほうが少ない。


「よっと!到着!」


小舟はそのまま砂浜に乗り上げ、白と黒が飛び降りる。


「タケル。流された兵の回収は完了。既に沈んだ者は回収できなかった」


青か、あるいは小夜であれば水の精霊を駆使して捜索と回収をしたかもしれないが、攻め込んできた敵にそこまでしてやる義理は無い。文字通り海の藻屑と消えてもらおう。


「ご苦労だった。苦労ついでに申し訳ないが、捕虜と遺体、奴らの装備や船も丸ごと博多に移送したい。何か良案はないか?」


「生き残りの気が触れてもいいなら門を使う?」


「いや、尋問したいようだし、連れて行ったが人事不省というのはまずい」


「じゃあ船で帰るしかない。私と白でヨットを使って牽引する。生き残りは何人ぐらいだろう」


黒が遺体の収容を仕切っている紅に尋ねる。


「生きてるってだけならざっと100人ってとこじゃないか?博多まで持ちそうなのはその半分ってとこか。小夜を呼べばもう少し助けられるかもしれないけどな」


そうだった。梅と佐助、清彦はどちらかといえば戦闘に特化している。一応の応急処置はしているが、緑の精霊を使っての治療までは施していない。正直なところ、敵国人にそこまでしてやるかといった気持ちもあるだろう。


「いや、それには及ばない。ある程度は俺が面倒を見る。助からないならそれまでの命だ。そういえば制圧した軍船はどうなっている?」


「白が結界で船ごと包んで、結界内の酸素分子を一時的に取り除いた。多分半数は気を失っている」


白がVサインなどしてくるが、その行為がその通りに発現しているとすれば、気を失っているどころではないだろう。船室内は世にも恐ろしい光景が広がっていそうだ。


「わかった。捕虜と治療が済んだ生き残りは、全員武装解除の後に軍船の一隻に乗せてくれ。水夫がいなければ操船はできないだろうが、一応捕縛しておいてくれ。遺体と装備は他の船に乗せて、そのまま黒が収納。俺は負傷者の治療をするから、梅は俺の手伝いな」


『了解!!』


◇◇◇


こうして、日暮れまでには捕虜と負傷者、遺体と鹵獲した装備品を敵軍船に収容し、一路博多に向かって帆を上げた。

戦場に残る血痕のまでは処置できなかったが、ポツポツと雨粒が頬を打ちはじめている。このまま放置しても戦場の痕跡は雨が洗い流してくれるだろう。


ヨットの操船は白、ナビゲートは黒、捕虜の監視として敵軍船の一隻に乗り込んだのは紅と佐助だ。清彦は敵軍船の操船を買って出た。いかにヨットが牽引するとはいえ、船体の大きさは数倍ほども異なる。ただ引かれるだけというわけにはいかないようだ。


敵船のうちの4隻は気を失っている(ということになっている)水夫と遺体・装備品ごと黒が収納した。

その光景を目の当たりにした敵の大将が猿轡を噛んだまま気を失ったようだが、大暴れされるよりは遥かにマシだ。


ヨットと軍船の船団は白が張った結界に包まれて、暗い対馬海峡を滑るように進む。

少々波が高いようだが、結界は水中にも作用しているから激しい揺れは無い。


「タケル。このまま進めば日付が変わる頃には博多の湾に入る。袖の湊への入港は明日の朝にしたほうがよい?」


「そうだな。じゃあ梅は里に戻るか。柚子と八重が待っているだろう?」


「そうさせてもらえるとありがたい。誰か代わりの者を寄こすか?小夜とか」


小夜か……正直、軍船の船内を見られるのが後ろめたい。見るなと言えば見には行かないだろうが、わざわざ戦さの臭いを嗅がせなくてもいいだろう。その一方で梅や佐助は戦さに参加させている。ほとんど年齢は変わらないというのに、自分の身勝手さにゾッとする。


「いや、交代は必要ない。今日は助かった。ゆっくり休んでくれ」


梅の身体を抱き寄せ、軽く背中を叩く。


「まあ桜がいなくなって戦力が半減したなんて思われたら、私達の立つ瀬がないからな。桜の分まで私がタケルを護る。私はどこにも行かないからな」


梅も俺の背中を叩き、そっと離れる。


「黒姉!門を頼む!」


「了解!青姉や皆によろしく」


「まあどうせ上から見てるだろうけどな!じゃあ行ってきます!」


梅を見送ったあとも順調に航海を続け、夜半には博多湾の沖合に浮かぶ玄海島に達した。

そのまま結界を張って雨を凌ぎながら、交代で休んで朝を待つことにした。

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