148.今までのこと、そしてこれからの事
季節が過ぎ行くのは早いものだ。
俺がこの世界に来て1年が過ぎようとしている。
小夜と出会い、式神達と暮らしはじめてからは、あっという間だった。
1年間の間に佐伯家や宗像家などの強力な知己を得て、いつの間にやら筑豊の領主のような扱いになってしまった。
新しく来た武家の子供達も、多少の衝突がありながらも里での暮らしに馴染んだようだ。
名越勢はあっという間に200人を超え、今でも親族郎等を呼び寄せている。
また、親族に限らず名越勢から里の噂を聞いた近隣や他国から、主に女性や子供達が多数流入している。これは大黒柱を騒乱や病気で失い食い詰めた者まで受け入れている為だ。
治安の悪化を心配はしたが、そこは名越勢がきっちりと抑えている。
おかげで里の貯蔵庫に保管してあった米が徐々に減ってはいるが、農地開墾のスピードも早い。恐らく2期目の刈入れで一気に取り戻せるだろう。
開墾のスピードと言えば、平太達が改良を重ねた鋤や鍬、馬や牛に引かせる短床犂といった農機具は、名越勢の手によって量産され、近隣の集落から一気に筑豊国全体に広まっていった。
筑豊国で生産している米や麦は、相変わらずの在来種だ。これは里で栽培している元の世界の品種を出回らせないために、供出する米は全て精米し、その量も厳しく統制しているためだ。
それでも、筑豊国全体の農地面積が増えていることと、揚水水車や足踏み式の踏車の普及による水利の向上により、今年の秋以降の領民の食生活は幾分と向上するはずだ。
もちろん今年は在来種の品種改良にもチャレンジする。そのために大隈の集落から種籾を一掴み調達している。
品種改良は小夜と黒に任せよう。
里の話で言えば、当初は制限しようとしていた家畜の増産であったが、名越勢の合流に加え里の評判を聞きつけた入植希望者達が増えてきたため、エステルの里帰りに合わせて豚と羊を30頭づつ増やした。
とてもではないが里の飼育場に収容できる数ではないので、放牧や育成も含めて名越勢に一任している。
そう考えると、名越勢の合流は里にとっても筑豊国にとっても一大転機であったのだ。
名越勢のもたらした労働力と労働に裏付けされた浸透力は、子供達だけでは成し得なかったものだ。
さて、三善の爺さんに依頼された二つの案件、壱岐対馬の監視と通信用勾玉だが、最初に手を付けたのは海上および港の監視だった。
元の世界で伝わっていた蒙古襲来の折には、蒙古の船が博多湾を埋め尽くしたらしい。
相当誇張されているにせよ、それなりの規模の軍船が襲来したはずだ。
事実、朝鮮半島の海岸線を監視している黒の精霊は、船の建造に伴う大量伐採の跡と、海岸で建造される船を見つけている。
「禿山がこんなに……こんな伐採の仕方って……」
黒が呆れたように呟く。
「黒。船の大きさや造船に要する期間がわかるか?」
「人物の身長との比較とか、定点観測していればわかる。船の大きさは……全長20m弱で幅3mぐらい。竜骨と甲板を備えた外洋船。推進力は帆と櫂。櫂は…だいたい40丁ぐらいだと思う。造船に掛かる時間は…一週間ぐらいは様子を見ないとわからない」
「わかった。定点観測を続けよう。たぶん艦隊の編成が終わっても多少は訓練をするだろうし、物資や人馬の積み込みも必要だ。まだ監視頻度は高くなくても大丈夫そうだ」
俺がそう言うと、黒は大きく頷きながら続けた。
「それよりも、妨害工作は必要ない?私達の力を使えば、侵攻を未然に防ぐことは可能。紅姉に言えば建造中の船を焼き払うこともできるし、上空から榴弾を落としてもいい。許可さえ出してくれたら、すぐにでも始められる」
そのとおりだ。博多の街に一切の被害を出さないようにするならば、直ちに攻勢に出るべきなのだ。
黒に言われるまでもなく、その選択肢は考えついてはいた。
侵攻してくるのは間違いなく軍人だ。いや、実際は軍属や徴用された人々もいるのだろうから、正確には軍人だけではないかもしれないが、それでも侵攻してくる以上は戦さで死ぬことを覚悟してくるはずだ。
仮にここで建造中の船を焼き払ったとする。
犠牲になるのは誰だ?
船大工とその家族だ。
それは許される犠牲なのだろうか。
その考えに行き当たって、こちらからの侵攻や予防的攻撃の選択肢は断念せざるを得なくなった。
そもそも、いかに精強を誇る蒙古軍とて、渡河ならともかく航海能力はないはずだ。被征服国家の残存軍を次の攻め手に使っていたらしいし、襲来してくるのも高麗軍が中心となるだろう。
高麗軍……命令を受けて嫌々従っているか、あるいは戦功を上げるために戦意旺盛なのか。
いずれにせよ攻めて来るのであれば撃退するだけだ。
それも民衆に出来るだけ損害を出さずに、可能であれば水際で阻止するべきだ。
だが、こちらから攻めるのは話が別だと思う。
先制的自衛権あるいは予防的攻撃は、元の世界でもその正当性の判断が分かれるところである。
ましてや、その被害が民衆に及ぶとなれば、二の足を踏むのは当然だろう。
「まったく……タケルは優しいなあ。見たこともない他人の被害なんか関係ないだろうに」
囲炉裏の間で黒と話し込んでいるうちに、周りにいつものメンバーが集まっていた。
青、紅、白、小夜、梅、椿、そしてエステルだ。
紅の発言が痛い。優しいというより“甘い”のは自覚している。
「その優しさが魅力の一つ。そのおかげで、里には子供達の笑顔が溢れるようになった。私はタケルの考えを支持する」
「そうですね。タケルさんの優しさがなかったら、私はあのまま木の根元で死んでいました。その優しさが万が一タケルさんの足元を掬うようなことがあったら、私が全力で支えます!」
「戦乱に民衆を巻き込まないようにするには、いち早く襲来を知らせ避難させることです。幸いこの調子なら避難民の受け入れは可能でしょう。もしもの事があれば、私達が水の壁でも火の壁でも作って、外敵の侵入を阻止します。旦那様はどうぞ思うようになさってください」
まったく……心強い仲間達だ。
「あ、そういえば、糸島の先の海上でクジラらしき影を見つけた。明日は漁に行くけど、いい?」
唐突に黒が確認してくる。
そういえばクジラを狩るためにヨットを作り、捕鯨砲まで開発していたんだったか。
「黒!ほんとか!?あんなに探しても見つからなかったのに、とうとう見つけたか!?」
「黒ちゃんそれほんと!?ようやくクジラの髭が手に入る?」
「髭が獲れるクジラかどうかは分からない。でも明らかにイルカや鮫とは違う影だった。もっと大きい。期待していいと思う」
黒の言葉に、紅と白、小夜が色めき立つ。
梅や椿は何のことだかさっぱりと言った顔できょとんとしている。
「いいけど、神湊の連中も連れて行ける範囲だよな?」
「大丈夫。明日は天候も穏やかなようだし、仮に逆風でも白がいれば問題ない」
黒の言葉に白が薄い胸をパンと叩く。
「わかった。気をつけて行ってこい」
「よっしゃ!じゃあ明日は早くから出るからな!今日はもう寝るぞ!ほら、お前達も解散!」
紅に急き立てられるように、この場はお開きとなった。
深刻な話をしていたはずが、最後にはしっかりと明るい話題で終わる。
本当に……この者達には感謝してもしきれない。




