146.爺さんの提案に乗る
「ところでタケルよ。お主これからどうするつもりじゃ?」
三善の爺さんが唐突に話しかけてきたのは、歓迎会を兼ねた酒宴も終わり、爺さんと弥太郎が泊まる宿泊所へ案内した時の事だった。
「どうするって、また漠然とした物言いだな」
とりあえず長くなりそうなので、宿泊所の縁側に腰掛ける。
頬をくすぐる風はまだ肌寒い。
「そうじゃなあ……お主はこの九州の三割ほどを治める武家を戦さで撃ち破った。そして里への急襲も阻止した。それも全く被害を出さずにじゃ。しかも打ち負かした相手を取り込み、自身の基盤を固めておる。その自覚はお主にあるか?」
いつもは飄々としている爺さんの顔が真剣になっている。
「俺は降りかかる火の粉を払っただけだ。だから正直に言うと自覚も何もない。ただ護らなければいけないものや人々が増えているとは思う」
弥太郎も俺の言葉に頷いている。
「護らねばならないものか……家長でも当主でもなんでもいいが、長というものはすべからく護るべきものを持ち、そのために悩み、苦しみ、時には戦うものじゃ」
「爺さんにも護るべきものがあるのか?」
俺の問い掛けに爺さんが禿げた頭をさすりながら答える。
「儂が護りたいものはこの地じゃ。もっと言えば博多と宰府、そしてそこに住まう民と精霊達じゃ。近いうちに蒙古が攻めてくる。もう船団の準備に入ったやもしれぬ。この戦さは避けられぬ。ならば一人でも多く民の命を救うためには、我が方に一人でも多くの味方が必要じゃ。タケルよ。これも降りかかる火の粉と思うて、協力してくれんか?」
爺さんが頭を下げる。年長者に頭を下げられるのはどうにも性に合わない。
「もとよりそのつもりだ。蒙古を迎え撃つ準備が、今回の襲撃者撃退にも役に立ってしまったがな」
「その話は聞いておる。何でもすざまじい轟音と飛び散る破片で敵を討つ石のような物を使ったらしいな?」
さすが爺さん。情報が早い。これも弥太郎のような乱破のなせる業か、あるいは独自の観測網を張っているのか。
「まあな。実戦投入は初めてだったし、いろいろ改良点も見つかった。蒙古の襲来には間に合うだろう。だがこの武器は門外不出だ。筑豊国の領地にしか配備しないからな」
爺さんは少し残念そうに首を振る。
「まあそれは仕方ないじゃろう。いずれにせよ、この地を護ってくれるのならばそれでよし。それで、お主に一つ頼みがあるのじゃが。いや二つか」
爺さんがわざわざ出てきたのだ。単なる物見遊山ではないと思っていたが、これが本題か。
「一つ目。壱岐と対馬を監視してはくれんか?蒙古が渡ってくるなら、必ずその2つの島には立ち寄る。立ち寄らんにせよ近くは通る。その地に守護はおるのじゃが、その者からの知らせが博多に届くのにも時間がかかるでな。一刻も早くとなれば、お主の力に頼るのが最も簡単じゃ」
「監視だけでいいのか?てっきり死守しろぐらい言うかと思ったが?」
「死守か。あの島にそんな価値はない。もちろん奪われれば取り返すが、あの島を死守したところで、素通りされれば無意味じゃ。敵もそこまで愚かではあるまい」
「わかった。明日にでも監視体制を作る。それでもう一つは?」
「まあ儂にとってはこっちのお願いのほうが大事じゃ。お主等と連絡が取れるように、勾玉を支給してくれんか?里の子達は全員持っているのだろう?」
そう来たか。まあこれも遅かれ早かれ想定はしていた事だ。各地から子供達を集め精霊の力が使えるよう指導しているのも、通信手段の確保という一面がある。
爺さんなら問題なく使えるし、そもそも今使っている勾玉は爺さんから受け取った物の改良品だ。
「それも承知した。ただ里の子供達との会話を盗み聞きされても困る。呼び掛けた相手にしか届かないように改良するから、少し待ってほしい。出来たら博多に届けるか弥太郎に預ける」
「承知した。しかしすんなりと聞いてくれるとは思わなんだ。ちった君主らしく聞く耳を持つようになったか?」
この爺さんは……こういう余計な事を言わなければ、まだ尊敬しようもあるのだが。
「それとだ。これは嬢ちゃん達には聞かせられん話じゃ。中で話そう」
そう言って爺さんと弥太郎が宿泊所に入っていく。
やれやれ……今度は何の話だ。
30分ほど爺さんの話を聞いて、母屋へ引き上げてきた。
囲炉裏の周りに式神達と小夜に加え、エステルと梅、椿も集まっていた。
いつの間にやらエステルは小夜の横に居座るようになっていた。まあ実習生の中でも特待生みたいなものか。
エステルを見ても特に反応しない俺を見て、紅と梅が顔を見合わせる。
「ほらなエステル。言った通りだろ?ただそこにいるだけじゃ、こいつは何の興味も示さないって」
「全く。いい加減にその鈍感さを改善すべきだと思う」
何の話だ?小声で小夜に聞くが、プイッと横を向かれてしまう。
まあいいか。
「青、紅。あの子達はどうだ?」
「はい。特に差し障りもなく、女の子達は眠ったようです。面倒見のいい椿や桃に任せておけば大丈夫でしょう」
「男の方は一波乱ありそうだぜ?お武家様でござい〜って感じを振りまいてやがったからな。早めにガス抜きってやつをやっといたほうがいいかもな」
そうか。同じ武家出身の千鶴や加乃も、実習の始めの頃には駄々を捏ねていたものだ。ましてや男の子なら尚更だろう。
「紅、男の子達は上手くやっていけそうか?」
「まあな。何せ男にとっては強い方が上だからな。実戦を経験した平太や、最前線に切り込んだ佐助や清彦の敵じゃない」
それは殴り合いが前提のように聞こえるが……まあ男の子には男の子にしかわからない解決法があるのだろう。戦いの先に芽生える友情なんてものは、少年漫画の普遍的なテーマだ。
「タケル。三善の爺さんとは何か話をした?」
黒が心配そうに……ではないな。これは何か厄介事を持ち込んできただろうという目だ。
「ああ。いよいよ蒙古の襲来が近いようだ。壱岐と対馬の監視を頼まれた。要は海上警備だな。あとは勾玉を一つ支給して欲しいそうだ」
「監視の件は私と白が網を張る。また子供達を輪番で当たらせる?」
「いや、今のところそこまでは必要ない。むしろ、奴らが集結する港を監視しておきたい。港を抑えておけば、一日一回程度の監視で十分だろう。壱岐や対馬に到達する前に情報を流せるからな」
「了解。明日、日が昇ったら探索を始める」
「黒にはもう一つ大事な役目を任せたい。勾玉に秘匿回線を付与したいのだが、できるか?」
ヒトクカイセンという聞き慣れない言葉に黒や小夜が首を傾げる。
「つまり聞かれたくない通話を聞かせないようにすればいい?」
「そうだ。爺さんに渡す勾玉には、里の皆の会話を聞かせたくはない。紅や平太が“今日の夕飯なに〜”なんて椿に聞いてる声を、わざわざ爺さんに聞かせる必要はないだろう?」
「え〜そんなこと聞いてないよー」
紅、返事が棒読みになってるぞ。
「どうだ黒。やれるか?」
「大丈夫。素材は何でもいい?里の実習生に渡すのと同じ素材で出来た勾玉を渡すのは、正直言って嫌」
「わかった。黒に任せる」
究極的には精霊の力を付与出来さえすれば、素材や形状は何でもいいのだ。白の精霊がものすごく協力的なら、俺達のように耳元で囁いてくれさえする。
それを具現化した物が勾玉で、子供達が常時携帯していても不自然ではないように首飾りに仕立てているだけだ。
「あの旦那様。私達に何かご指示は?」
小夜の隣に座ったエステルがそっと手を挙げる。
「エステルちゃん!私達もやらなきゃいけない事がたくさんあるよ!まずは食料の増産でしょ!当面は全力で田植えして、豚や鶏も増やすの。次は生糸や藍もバンバン作って、足りない物資を調達する元手にしなきゃ。国力を上げるための農地改革や農業指導も、ビシバシやってかなきゃね。今は太夫さんの所にしか水車の作り方を教えてないけど、穂波や鞍手の集落でも必要としてると思う。やる事はたくさんあるけど、手分けすれば今まで通りの負担で済むはず。みんな協力してね!」
何だか言わなければいけない事を、小夜が全部言ってくれた気がする。
「わお……ちっちゃい旦那様がいる」
エステルの感想に皆がどっと笑った。




