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142.襲撃者を取り調べる

青の戦舞に見とれているうちに、戦況は動き出していた。


「タケル!戦場を離脱する一団がある」

黒の報告で我に返る。


「黒!頼む!大将首は殺すな。ひっ捕らえてこい!」


「了解!」


俺は3Dスキャンを周囲3kmに放って、残存兵の位置を特定する。

北の森と南側の山に数十名が逃げ込んでいる。


「白!敵が逃走に移った。周囲3kmに網を展開できるか?」


「大丈夫!人が通れなければいいよね!?」


「ああ。任せる」


白が両手で頭上に大きな円を水平に描く仕草をして、パンっと両手を合わせる。

顔の横を風が駆け抜けていく。


「タケル兄さん!完成!」


「ああ。ありがとう。各員!掃討戦を始める。梅、佐助、清彦!北の森はお前達3人に任せる。白は弓隊の指揮を取り青の援護。南には俺と椿で向かう。一兵も逃がすな。ただし無理はするな!」


『了解!』



梅達が北の森へ向かったのを確認して、椿を伴って南の山へ駆ける。


しかし我ながら恐ろしい指示を出してしまった。

一兵も逃すな……か。それはつまり殲滅しろということだ。そしてあの三人。梅と佐助、清彦なら、土塁を突き破って侵入してくる敵を斬り伏せ続けたあの三人なら、きっと問題なく成し遂げてしまうだろう。

彼らはまだ数え年で15歳。元の世界なら中学生だ。

そんな彼らに殺戮を指示し、そしてやってのけてしまう力を与えてしまった。

しかも今は平太達10代前半の子供達も弓隊に加わらせている。

いくら里を護るためとは言え、これはやりすぎではないだろうか……


「タケル!敵!!」

椿の声に我に返る。

いかん……反応が遅れた。


右前方から飛来した矢を、椿が張った結界が阻止する。


「椿!助かった!俺が前衛、椿が後衛!行くぞ!」


俺は長巻を構えて矢が飛んできた方向へ突進する。


一瞬遅れて付いてくる椿が、俺の前方に盾状に結界を展開する。


目の前の藪を斬り上げると、藪の中から弓を握ったままの手が飛び出してきた。


悲鳴を聞き流し、血飛沫を避けながら次の敵を探す。


椿が敵の落とした弓と矢筒を拾った。

弓の弦を引き、感触を確かめている。


「椿。敵の位置をマップに示せば狙撃できるか?」


「もちろん!黒姉と白姉とはいつも練習してる」


「よし、じゃあ行くぞ!」


3Dスキャンの精度を上げて、半径数百mをスキャンし黒の窓に投影する。


そのマーキングを読み取り、椿が弓を引き絞る。


放たれた矢は木の梢よりも高く飛翔し、放物線を描いて敵にトップアタックを仕掛けた。


兜などとうに脱ぎ捨てていたところに真上から矢が降り注いだのでは、敵になす術もない。


矢に射すくめられた敵に襲いかかり、次々と斬りはらう。


ものの数分で南の山の掃討を終えた。


「梅です。北の森の殲滅が終わりました。16名を無力化、3名はもう助からないかと」


「了解した。南の山も掃討完了だ。炭焼き窯や化学実験室に被害なし。青はどうだ?」


「旦那様、敵本体の抵抗は無くなりました。投降した者達が30名ほどおります」


「こちら黒。脱出を図った一団を捕捉、これを撃滅。頭領と思しき一名を拘束してる」


「各員、了解した。白、梅、佐助、清彦、それに小夜と椿は青のところに集合。敵の武装解除ののちに、動ける者を使って負傷者と死傷者を一箇所に集めさせる。黒は拘束した奴を土塁の内側に連れてきてくれ」


『了解!』




「さて、貴様いったい何者だ?」


黒が縛り上げて膝まづかせた男の顎に、長巻の刃先を当てて尋ねる。

男は40歳過ぎだろうか。もう初老といったほうがよさそうだ。ボロボロになった髷には白いものが混じり、憔悴した頬は血と汗でぎらついている。


「殺せ……一思いに殺せ!!」


「なんだ。自殺志望者だったか。まさが自分の家の者を引き連れて自殺しにきたわけでもあるまい」


「当たり前だ!!」


「では何をしに来た?ただの挨拶ではないな。何故俺の里を襲った?」


「それは……約定により言えぬ!」


「約定か……わかった。約定に義理堅いお前に免じて、お前は生かしておいてやる。もちろん死にたくても死ねない呪い付きでな。それ以外は皆殺しだ。青、生き残りの選別は進んでいるか?」


「はい。もうじき完了いたします」


「では、生き残りも死者も合わせて焼き尽くしてやろう。もちろん、こいつの目の前で、こいつへの褒美を唱えながらな」


「なぜ……なぜそのような非道を……」

男は噛み破らんばかりの勢いで唇を噛みながらこちらを睨みつける。


「非道だと?女子供しかおらぬ里を、何百もの手勢で攻め立てるのは非道ではないのか。まさか一人も害さずに、ただ物見遊山をするつもりだったなどとは言うまい?」


「それは……」


「はあ……面倒ですね。旦那様。この者が口を割るまで、生き残りを処刑したします。よろしいですか?」

とうとう青が痺れを切らした。いつもなら青が起こる前に紅が動くから目立たないが、意外なほど青の堪忍袋の緒は短い。


「ああ」


俺の返事を聞いて、土塁の外に向かおうとする青の背中に、悲痛な声が反射した。


「わかった!話す!何でも話すから、助かる命は助けてやって欲しい!」


「青、話す気になったらしい。小夜と椿は生き残りの治療を。梅と佐助、清彦は小夜と椿の護衛を任せる。青と白、黒は一緒に話を聞こう」



結局、一度話すと決めた男はべらべらと話し始めた。


男の名前は名越元章なごえもとあき筑後国ちくごのくにの守護の本家筋だという。

しかし昨年の秋に、実の弟との権力闘争に敗れ、隠遁生活に入ったらしい。

元章を慕う家族同然の部下達を見捨てるわけにもいかず、どうしようもなくなった元章に、再起を促す奴が現れた。そいつがこの里を教え、この里を乗っ取れば部下を喰わせるのも容易だとか、筑豊全体を支配できるなどと甘く囁いたらしい。


「その話は少々変です。いかにこの里、そして首尾よく筑豊全体を乗っ取れたとしても、筑前国ちくぜんのくに少弐しょうに家が黙ってはいないでしょう。ここ筑豊は制度上は筑前国の一部なのですから」

青が疑問を提示する。


その疑問を聞いた元章が、ニヤリと唇を歪めて笑った。


「その少弐経資しょうにつねすけ殿からの密書を受け取ったのだ。この里さえ滅ぼせば、筑豊一帯を譲るとな!」


ああ。やっぱり?あまり驚かないぞ。

驚くというよりため息が出る。そんなに目の仇にするのなら、国など与えなければよかったのだ。

そもそも俺は初めから国作りがしたかったわけではない。小夜や式神達に囲まれて、のんびり暮らせればそれでよかったはずなのだ。


それにしてもだ。何かしっくりこない。“里を滅ぼせば筑豊を与える”現状、この筑豊国での最大戦力は確かにこの里にいる者達だ。それは図らずも今回の襲撃で証明されてしまった。

だが、この里を滅ぼすだけで、筑豊の支配権を確立できるものか?


「やはりその話は変ですね。よしんばこの里を滅ぼせたとしても、直轄は穂波郡まで。鞍手郡と宗像郡はそれぞれ佐伯家と宗像家が押さえています。この両家を経資つねすけはどうするつもりだったのでしょう」


あ……繋がった。

突然起きた豊前国宇都宮家の侵攻、それに続く筑豊国の動員、筑前国の出兵。そして図ったかのような里への名越なごえ家の襲来。

これが全て一本の線で繋がっているのだ……


とすれば、今最も危険なのは宇都宮家に勝利した宗像家と佐伯家だ。

何せ少弐景資しょうにかげすけの本隊と後詰合わせて一千が宗像郡直近にいる。

この一千が一斉に宗像郡に襲い掛かれば、たかが数百の宗像家と佐伯家はひとたまりもない。


「紅!桜!!無事か!?」

慌てて勾玉を使って紅と桜に呼びかける。


「おう!タケル!そっちはどうだ?こっちはぼちぼち遠賀川を渡るところだぞ。景資かげすけ達は宇都宮の残党を追って豊前国に向かったから、川を渡るのは俺達だけだ」


「紅、そこに氏盛殿はいるか?」


「ああ。隣にいるぜ?」


「よし。桜、氏盛殿にも伝わるように復唱してくれ。いいか?」


「はい。どうぞ」


「敵は名越元章なごえもとあき。だが黒幕は少弐家だ。川を渡り切った直後の挟撃に備えよ」


「復唱します。敵は名越元章。黒幕は少弐家。川を渡り切った直後の挟撃に備えよ。氏盛様!聞こえましたか?」


「おう!しかと理解した!しかしあのガキども、姑息な真似を考えおるわ!斎藤殿!奴らは襲ってくると思うか?」


氏盛の大声はよく聞こえる。顔を真っ赤にして起こっているのだろう。まさに怒髪天を突くというやつだ。


「いや、その可能性は低いと思う。理由は二つ。一つ目は宗像勢がほぼ無傷なこと。恐らく奴らの狙いは宗像勢と宇都宮勢との共倒れだったはずだ。ほぼ無傷の宗像勢を襲えば奴ら自身も傷つく。あいつらもバカじゃない。もう一つは、宇都宮家に大勝してしまったこと。これで奴らは本気で豊前国を攻めなければならなくなった。単に追い払っただけでは出兵した意味がないし、部下への恩賞も必要だろう」


「なるほど。出兵したからには恩賞を与えなければならない。その恩賞を筑豊国を切り取ることで充てるつもりだったのが、筑豊国が健在である今、もっとも弱体化している豊前国を攻めるしかなくなったわけか」


「ああ。そのとおりだ」


「しかし、斎藤殿の言葉を伝えているだけだとは思うが、いざ桜殿の口から聞くと、桜殿の言葉に聞こえるのう……さすが女神様じゃと言いたくなるわ」


「ん?じいさん、桜だったらたぶんタケルと同じことは考えつくと思うぜ?何せ桜・梅・椿はタケルが自分の後継者として指導してるからな」


「なんと……後継者を育てねばならんような歳でもあるまい。そもそも、斎藤殿とほとんど歳の差がないではないか!」


「まあその辺りはタケルに考えがあるんだろ。タケル!そろそろ川を渡り切るぜ!」


「わかった。こちらでも白と黒が警戒しているが、景資かげすけが引き返してくる気配はない。後詰は宗像を迂回して小隈おぐまに向かっている。渡河で使った筏はそのまま使わせてやれ」


「おう!儂らはこのまま宗像の守りを固める。斎藤殿!差し支えなければ、桜殿に赤間庄か大社に留まっていただきたいのじゃが、どうだろう?」


「それは連絡要員ということか?千鶴を返してもいいが」


「いや、千鶴では自分の身も他人の身も守れんじゃろう。桜殿なら適任と思うのだが……」

まあ氏盛が今更人質を欲しがるとも思えない。純粋に連絡要員が欲しいのだろう。とすれば確かに機転が利く桜は適任だ。


「桜。嫌なら拒否ってもいいが、どうする?」


「承知いたしました。ただ、柚子の顔を見たいので、毎晩里へ帰らせていただきます」


「だそうだ。その条件でなら認めよう」


こうして、桜は連絡要員として宗像に残り、紅だけが里に帰還することになった。

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