139.御牧郡攻防戦⓵
軍議が開かれていた客間から退散した俺達は、別室に別働隊となるメンバーのみを招集した。
宗像氏盛も参加してくれている。
佐伯太郎親成
佐伯次郎
大内義孝
赤松安孝
赤松孝利
涌井利長
涌井利次
大友能次
以上の8名と紅、白、黒、小夜、桜に俺を加えた14名が別働隊の主要メンバーとなる。
「さて、まずは戦力を確認しよう。斎藤家からは6人。全員が騎乗する。その内、桜は太郎の直掩に回ってもらう。何度か手合わせしているし、お互いの実力も分かっているはずだ。小夜は全体の支援と状況により負傷者の救護に回るから、実質的な戦力は4人だ。では各々の手勢について報告してくれ」
「では某から。大内家当主、義孝でござる。次女の加乃がお世話になっている。我が方は騎馬2、足軽8にござる」
「当方は赤松家当主、安孝じゃ。長男の初陣、見事先陣を切って見せよう。我が方は騎馬2、足軽8じゃ」
「赤松家長男、孝利です。騎馬1、足軽4です。我が友、太郎殿には遅れは取りませぬ!」
「涌井家当主の利長じゃ。見た所儂が最年長のようじゃが、お手柔らかに頼む。我が方からは次男の利次が初陣となる。手柄を上げよとは言わぬ。なんとか無事に返してやりたい。我が方の手勢は騎馬2、足軽8じゃ」
「涌井家次男、利次と申します。騎馬1、足軽4です。正直に申し上げると武芸には自信がありませぬが、父に恥を掻かせぬよう精いっぱい働きますゆえ、なにとぞお願い申し上げる」
「佐伯家からは私、太郎と、弟の次郎が参戦いたします。此度の戦が終われば、親成を名乗らせていただきます。騎馬2、足軽8でございます。
「少弐様から此度の別動隊参加の栄誉を賜りました、大友家長男、能次にございます。我が父、能則が病に臥せっておりますゆえ、父の名代として参戦いたします。当方からは騎馬10、足軽40にございます」
能次は年齢二十歳前後か。父の名代として参加するだけのことはありそうな、立派な若武者だ。
それにしても合計で騎馬20騎に徒歩の足軽80名か。足軽が弓兵の役目を果たしてくれるのならいいが、そうでないのなら足手まといにしかならないかもしれない。
いや、佐伯軍との戦いで感じたのだが、この時代の騎馬武者の足はさほど速くはない。騎馬だけで突撃するにしても、その突破力はたかが知れている。
ここは従来の戦法を変えずに、このままの編成で集団戦法を執ったほうが良さそうだ。
「皆、報告ご苦労だ。さて、少弐殿の命令は今夜のうちに別動隊は敵陣の背後に回れとのことだ。皆の率直な意見が聞きたいのだが、どう思う?」
俺の問い掛けに利長が口火を切る。
「斎藤殿!今更じゃが、あの命令は無体に過ぎる。敵陣を迂回しようにも、現時点では敵陣の位置さえ掴めておらぬ。万が一敵に見つかれば、少数では袋叩きに合うぞ!」
「そもそもどうやって渡河するのかが問題でござる。闇に乗じてとの仰せだったが、折からの雨で川は増水しておる。浅瀬のある上流域まで向かえばいいが、夜間に渡河するのならば今から動かねば間に合わぬ」
これは義孝の意見だ。
「二人の意見はもっともだ。白、敵陣の位置は掴めているか?」
「もちろん。地図を出しますね!」
白が小夜と一緒に一帯の地図を広げて見せる。
「宇都宮軍の本隊は遠賀川東岸のここ、多賀山に陣を張っています」
「ちょうど古賀村の辺りじゃな」
「そうです。恐らくこの辺りが渡河に適していると睨んでいるのでしょう。氏盛殿はどの辺りから渡河するおつもりか、お聞きしてもよろしいですか?」
「そうじゃな……敵の本陣の目の前で渡河するなど自殺行為に過ぎん。とすれば大きく上流に右回りで迂回し、小隈の辺りしか選択肢がないのう」
氏盛が孫のように年の離れた白の質問に、嬉しそうに答える。
「お言葉ですが、その辺りは先の野分の際に大規模に浚渫し、水深は十尺を超えております。いかようにして渡河なさるおつもりですか?」
「今大急ぎで竹の筏を作らせておる。対岸に向けて縄を張って、全員で引けばあっという間に渡河できる」
「わかりました。では私達の侵攻路は氏盛殿の真逆、左回りに洞山と山鹿御崎の間の浜に上陸し、山沿いに伏せながら本城村から折尾を抜け、多賀山の本陣の背後を突きます」
「浜に上陸するだと?海から攻めるつもりか!?どうやって!?」
利長の大声を、紅が涼しい顔で切り返す。
「それなら心配ないぜ。神湊や勝浦、波津や鐘崎の仲間が舟を出してくれるからな。奴らの舟を搔き集めれば、何の問題もなく渡れるさ」
「冬の荒れた海に、しかも夜間に舟など出せるか!」
「あいつらの腕を舐めちゃいけない。奴らは繰り出す。しかもこっちには風を操る白がいる。大船でもないが、ドーンと構えとけ!」
「しかし上陸したとしても陸路が長すぎるのではござらんか?とても百の軍を夜間に進軍させるのは……」
義孝が心配そうに呟く。
「それは進軍速度を体感した孝利と利次に聞こう。我が里から宗像までおよそ十里あるが、帰りに要した時間はどれくらいだ?」
「はい。余りにも早すぎて実感がありませんが、およそ一刻ほどだったかと」
そのとおりだ。十里つまり約40㎞を約30分強で辿り着いている。
十里を一刻と聞いて、皆にどよめきが走る。
「つまりはそういうことだ。多少上陸に手間取ったにせよ、明日の明け方には敵陣の背後から斬り込むことができる。氏盛殿、いかがか?」
「いやはや……恐れ入ったわ……さすがは三女神を擁する神威だけのことはある。しかし本隊の準備が追い付かぬやも知れんぞ。これは本当にお主らだけで敵陣を蹴散らすかもしれんのう……」
「なあ、少弐の大将は本当に渡河してくるんだろうな?俺達を捨て駒にする気満々だろ?」
紅が皆が抱えていた不安をズバリと言ってしまった。
「まあ奴にとっては、この儂も斎藤殿も目の上のタンコブ並みに目障りじゃろうからな。宇都宮家と仲良く共倒れしてくれれば万々歳じゃろうが、あんな肥前から移ってきた者どもに好きにはさせんよ。お前らだってそうじゃろう?」
「もちろんだ!先の戦いで救っていただいたこの命、このような戦さで散らす気はござらん!」
「ではお主らの配下にもよく言い聞かせておくことじゃ。時に斎藤殿、本隊との伝令はどうするつもりじゃ?狼煙でも上げるか?」
「いや、それには及ばん。申し訳ないが氏盛殿と少弐景資殿には精霊をそれぞれ張り付けさせていただく。状況が動けば、そのことを大声で口にするなりしていただければ、直接俺の耳に入る」
「なんと!それでは厠の中や褥の中も丸聞こえなのか!」
「まさか氏盛殿、その歳で睦事も無いだろう?」
俺のツッコミに皆が大笑いする。
「いや、氏盛殿ほどの剛の者なれば、戦さの前夜は余計に滾るのではあるまいか!」
「そうじゃ!今回初陣の者はまさか女子を抱いたことが無いなどと言わぬだろうな!未練が無きようにしておくのだぞ!」
「いや、いっそのこと三女神様にお相手願ってはどうだ?」
「何言ってんだ!俺らに相手して欲しかったら百人斬りでも達成してから来やがれってんだ!」
「百人かあ!そりゃ儂らでも無理じゃ!」
皆がドッと笑う。お前らそれは立派なセクハラだぞ……
「緊張もほぐれたところで、早速出立の準備に入る。日暮れと共に行動を開始する。皆、手勢を従えて神湊に集合してくれ!」
『おう!』
こうして、御牧郡の支配権を巡る戦いが幕を切った。




