138.軍議に参加する
目を覚ました次郎の話を聞きに、男の子の家に向かう。
扉を開けると、ムアッとした空気がどっと出てきた。
とりあえず部屋の空気を入れ替え、次郎達3人を起こす。
一応、武家に関わる話だから千鶴と加乃を同席させることにした。
「タケル様。こんな雨の日にお騒がせして申し訳ない」
部屋の中央で車座に座るとすぐに、次郎達3人が深々と頭を下げる。
「いや、困った時はお互い様だ。この天気では命懸けだっただろう。お前達こそ御苦労だったな。次郎と……」
そういえば後の二人の若者に見覚えがない。
佐伯軍に参加していた者の顔は覚えているはずだ。
「自分は佐伯殿の家臣が一人、赤松安孝が長男、孝利にございます!」
「私は湧井利長の次男、利次です!」
「タケル様。この二人は此度が初陣でございます。なにとぞお見知り置きを」
次郎が推挙してくれた。
「わかった。二人とも無駄に死ぬなよ。生きていてこそ強者になる資格がある。背を向けよとは言わんが、闇雲に突っ込むな」
「ははっ」
「それで、宗像に兵が集結しているようだが、何があった?」
「はい。実は……」
次郎が語るところによれば、御牧郡を巡る争いはこれが初めてではない。
馬の出産期を控えた春先には御牧川を挟んで睨み合うなど、毎年のように小競り合いは起きていた。
ただし今回は少し様子が違う。
宇都宮家が本腰を入れて領地拡張を図ったか、あるいは軍馬を大量に必要としているのか、遠賀川の西岸にまで騎馬の姿が目撃されたのだ。
それが一昨日のこと。
急報を受けた宗像氏盛は直ちに博多の少弐家へ使者を飛ばし、今に至る。
「なあ次郎、素朴な疑問なんだが。御牧郡っていや、この筑豊国のすぐ隣、しかも一報を受けたのが宗像家なら、まずはタケルの所に使者が来てもおかしくない。何で軍が集結し始めてからの報告になった?」
「それは……」
紅の質問に次郎が言い澱む。
「単純なことだろう。氏盛は俺達個人の武力は認めていても、数がモノを言う戦力としては考えていないということだ。佐伯軍を撃破したのも、その戦いを肌で感じたのは佐伯軍にいた者のみだからな。だから今回の要請は太郎を守れの一点だけなんだろう」
「お見通しでしたか。仰る通りです。我が父は、まずはタケル様にお伝えせねばと使者を走らせようとしたのです。しかし氏盛殿が、使者を出すならまずは少弐様のところだと」
「舐めてんのか?」
紅姉さん声が怖いです。
「滅相もございません!私個人は皆様の強さを骨身に沁みております!ただ……」
「個人の武は認めても、多数の軍を指揮する能力または多数の軍を相手する能力は未知数。そんな輩に軍を任せるわけにはいかん。そういうことだ。俺が氏盛や少弐の立場でも、そう判断する。俺なら敵の総大将の首を捕って来て終わりだが、そうもいかんのだろう?」
「はい。少弐様は筑豊国を失った代わりに、豊前国を手中に納める腹積もりではないかと父が申しております。そのため宇都宮家の主だった家臣は捕らえるか討ち果たす必要があると」
つまり戦って勝ちたいということだ。
ん?この戦いの遠因って……
「タケルだね」
「タケル兄さんだ」
「旦那様ですね」
「やっぱ俺の出番だな!」
紅の言い分は別としても、この戦さは避けられないのだろう。
参戦するしかないか。
「承知した。我等も参戦する。佐伯家名代であれば、佐伯軍の指揮権は俺にあるということでいいのだな?」
「はい。我が兄もこの戦さで改名する予定ですが、改名までは当主と言えども半人前。我が兄の後見をよろしくお願いいたします」
「よかろう。白、この雨はいつ止む?」
「あと1日は降り続けると思う!」
「そうか……では騎乗して結界を張って移動する。紅、白、黒、小夜、桜。準備はいいか?」
「もちろん!馬も平太達が回してくれている」
「よろしい。では直ちに出発する」
こうして次郎達3人を加えた9人は、子供達への挨拶もそこそこに宗像へ向けて出立した。
白の結界で雨を防ぐついでに、全体を円錐状の結界で覆うことで空気抵抗を減らした一団の速度は、異常に上がった。
馬が駆けるというより、滑るように音も無く飛んでいると言った方が正しい表現だろう。
里から宗像までのおよそ40kmの道のりを30分程度で走破し、大騒ぎしている少弐軍の武者達を放置して宗像の屋敷に滑り込んだ。
騎乗してきた馬を労っていると、奥から氏盛本人の声が聞こえてきた。
「おう!何事かと思えば斎藤殿!もう着いたのか!」
「氏盛殿。お久しぶりにございます」
「余所余所しいのう……なんじゃ?事の顛末を聞いて怒っておるのか?何せ儂にも立場と言うものがあるでの」
「それは分かっている。とりあえず太郎の護衛だろう。まあ気楽にやるさ」
「おう!それでこそ斎藤殿じゃ。してその護衛の話じゃがの、少々状況が変わりつつある。軍議を開いている最中だから、お主も参加せい!」
「いいのか?俺は外様だぞ?」
「何を言うか!お主はこの筑豊国の守護といっても差し支えなき存在だろうが。これはお主の戦さでもあるのじゃぞ。というか最近調子に乗っている少弐の小僧に一泡吹かせる良い機会じゃ!」
こいつ……本心はそれか?
有史以前から続く宗像家にとっては、ほんの十数年ほど前に移ってきた少弐家こそが外様なのだろう。
兎にも角にも、氏盛に案内されるままに軍議が開かれている客間に入る。
客間には左右に分かれて少弐家と宗像・佐伯家の家臣団が胡坐をかいて腰を下ろしていた。
上座にいるのは少弐景資、少弐家現当主、資能の次男だった。
胡乱げな目で見て俺を見た景資は、次に目が合った紅と黒を見てザっと血の気が引いている。
そう言えば少弐家との会談の際に景資と兄の経資の首に刃を押し当てたのはこの二人だったな。その時の恐怖を思い出したのだろう。
俺と目が合った太郎が、深々と頭を下げる。
俺は太郎の横に陣取り、腰を下ろした。俺の後ろに白・黒・小夜・桜そして紅が三角形を構成するように腰を下ろす。
「さて、軍議を中座してすまんかった。ちょうど斎藤殿が到着されたのでな。少弐家の面々は初めて顔を合わす者もおるやもしれん。斎藤殿、挨拶を」
「この度、佐伯家の名代を務めることになった斎藤健だ。よろしく頼む」
少弐家の家臣団がざわつく。中には少弐家との会談(という名の殴り込み)に同席していた顔もある。
つまりは半年前までは敵だった者が名代に就くと宣言したのだ。動揺もするだろう。
「斎藤殿は神威、つまり神の力を行使する者として通っておる。現に先の野分では多くの領民達が命を救われ、田畑への被害も食い止めていただいた。しかもこの儂を一騎打ちで打ち負かすほどの武の才を持っておる。斎藤殿の後ろに控える女子らも、斎藤殿に負けると劣らぬ武人じゃ」
その若さでか……しかも若い女だぞ……うちの娘より若いんじゃないか……
そんな少弐家家臣団の呟きを聞いて、佐伯家の家臣である大内義孝が胸を張る。加乃の父親だ。
「皆様方!誠に恥ずかしいことではござるが敢えて申し上げる。実はこの大内めも、こちらの紅様に一騎打ちを挑み敢え無く敗れ申した。そちらの桜様や小夜様にも我が家臣団は全く歯が立ちませなんだ。此度のお味方、我が方はありがたくお迎え申し上げる」
今度は宗像・佐伯家の家臣たちの間から同調の声が上がる。
「佐伯家現当主は今回が初陣であるし、その名代として現当主が斎藤殿を指名したのじゃ。景資殿も異論はござらんな」
氏盛が景資を見据える。
景資は少々目を泳がせ、紅の目に捕まって再び顔色を青ざめさせた。
「ああ。其の方らがそう決めた事であれば、好きにするが良い」
「では軍議を再開いたす。まず当方の数であるが、現時点で宗像に集結したのは総数五百。対する宇都宮家の軍勢は総数一千、陰陽師が同行していると予想される。少弐家の後詰はどうなっておりますかな?」
「心配するでない。糸島と筑紫からの軍勢一千が、明日には到着する手筈だ」
氏盛の問いかけに景資が不機嫌そうに答える。
俺の右斜め後ろから、白が俺に耳打ちする。
「あいつが言っているのは本当。後詰の一千が箱崎辺りで野営の構えに入っている」
「では、その後詰が到着するのを待つとして……」
氏盛の言葉を景資が遮る。
「それでは遅い!夜の闇に乗じて川を渡り、後詰と挟撃するのだ!」
「ほう?景資殿自ら率いる別動隊を動かすと。流石は勇猛で名高い景資殿ですな!では我ら宗像・佐伯両軍二百は川筋で睨みを効かせましょう。景資殿の別動隊三百が渡河されるのは……」
「何を言うか!本隊より別動隊が多いなど聞いたこともないわ!別動隊は其の方らじゃ!」
「何を申されます。この地は古来より宗像家が護ってきた土地ですぞ。その土地を離れて御牧郡側へ攻め入るなど、当方は絶対に承知いたしませぬ。数が合わぬと仰せなら、百でも二百でも当方にお貸しくださればよいのです。どうぞお行きください」
ああ。景資の企みも氏盛の心配も透けて見える。
少弐家の後詰一千が間違いなく味方だという保証がない以上、氏盛の手勢はこの場を離れるわけにはいかない。宇都宮家を攻撃している間に、本拠地が少弐家の手に落ちていたりしたら目も当てられない。
割って入るしかないか。
「つまりだ、誰かがキツツキの役目をせねばならんという事だろう?それならばその役目は俺が引き受ける。ただし、双方の陣営から五十ずつ貸せ。それでどうだ?」
「何!?どこの馬の骨ともわからん奴に五十も預けられるか!」
「そうか。ならば少弐は今回の戦さを指を咥えて見ているのだな。太郎、大内、ついてくるか?」
「はい!もちろんでございます。我が手勢でちょうど五十。不足する五十は氏盛殿がお貸しくださるでしょう」
太郎がはっきりと答える。まったく、煮え切らない大人達と違って頼もしい限りだ。
「おう!五十と言わず百でも連れて行くがいいが、そんなに少数で大丈夫なのか?」
氏盛が心配そうにしている。百も抜いたら宗像の護りが薄くなるだろう。
「この役目は少数精鋭のほうがいい。少弐家が兵を出さないなら、佐伯家の配下五十のみで行く。首尾よく行けば俺達だけで宇都宮家を討伐できる。そうなれば豊前国は我が領地だ。何せ少弐家は兵を出さんと言い切ったからな」
それを聞いた景資がいきり立つ。
「たった五十で何ができる!敵は陰陽師も抱えた一千じゃぞ!」
「五十じゃねえよ。また首筋に刃突き立てるぞおっさん!」
紅が凄む。
「私達がいることを忘れてもらっては困る。先の佐伯軍との戦いでは、私達四名で二百を壊滅させた。あの戦いの感触では相手が千人に増えても問題はない。しかも今回は六人いる。正直私達だけでも支障はないが、流石にそれでは手柄を独り占めしてしまう。だからお前達も戦さに参加させてやるとタケルは言っている」
あ~あ。黒がぶちまけてしまった。
黒や俺達の性格を知っている氏盛や佐伯家の面々は苦笑いしている。
「ええい!そこまで言うなら好きにしろ!大友!貴様の手勢がちょうど五十ぐらいであろう。奴の軍に加われ!手柄を立てて来い!」
大友と呼ばれた若武者が平伏す。見た感じは太郎とさほど歳が変わらないようだ。
「承知いたしました。我が手勢五十、斎藤殿の配下に加わります」
「これにて軍議を終わる!皆ご苦労であった!」
氏盛の号令で解散となった。
長居は無用だ。黒の一言で少弐家の面々になにやら不穏な空気も漂っている。
戦さの前に仕合いなど吹っ掛けられたら面倒だ。さっさと退散しよう。




