14.老陰陽師と出会う
じいさんに追いつくと、とある家の門をくぐる。敷地の周囲を高さ2mほどの板塀が囲んでいる、茅葺きの平屋建てだ。
門から玄関までは白っぽい石畳になっており、家屋と塀の間には池のある庭がある。池の周りには松やツツジが植えられていた。ところどころツツジの蕾が膨らんでいる。
じいさんは庭にした長い縁側に座ると、俺を手招きした。相変わらずにやけている。
「いつまで突っ立っておる。はよこっち来んか」
じいさんに促されるまま、俺は庭に足を踏み入れた。
「酒なんぞ気の利いたもんは出さんからな。あとその物騒なもんは傍に置いておけ」
じいさんは俺の担いだ槍を指差し言った。
別に危険はないだろう。おとなしく槍を縁側の柱に立てかけ、縁側の縁に腰を下ろす。
「さて…自己紹介はまだじゃったのう。儂は三善忠行、都で陰陽師をしておったが、隠居して博多とここをうろうろしておる。まあ失せ物探しから物の怪退治、政事の指南役まで引き受けておる」
充実した老後を送っているようで、羨ましいじいさんだ。じいさんが続ける。
「それで…お前さんは何者じゃ?」
急にじいさんの笑みが消え、鋭い視線で俺を睨みつける。空気が一気に重くなる。風景の色さえ重々しく変わって見えるほどだ。
「その落ち着き…纏う精霊の質と量…さぞかし修行を積んだ陰陽師か神職か…しかし若い…人間でないなら妖魔の類いか。ならば調伏せにゃあならん」
いや降参だ。逆らう意味もないし嘘さえつけないだろう。俺はおとなしく今までの事を全て話すことにした。遠く未来の日本で生活していたこと、事故に遭い恐らく命を落としたこと、そして不思議な光に会ったこと、気づくとこの世界にいたこと、精霊達が助けてくれること、小夜との出会い、この宰府に来たきっかけ、解消しない疑問など、洗いざらい全てぶちまけた。
いつのまにか、じいさんの傍らには若い女性が座っていた。身長はじいさんより高いようだ。長い黒髪を首元で一つに纏め、背筋を伸ばして座っている。服装は紺色の小袖に袴、一見すると合気道の道着のように見える。
じいさんは女性が持ってきたのであろう湯呑みを啜りながら、じっと俺の話を聞いていた。
俺が話し終わると、湯呑みを縁側に置くと、じっと俺の目を見ながら言った。
「広目天よ、そなたはどう思う?」
「私にはこの者が嘘をついているとは思えません」
広目天と呼ばれた女性はちらっと俺を見ながら、そう返した。
「ふむ…儂にもこやつが嘘や出まかせを言っているとは思えん…俄かには信じられんが…呪文も印も護符も無しで精霊を使役するじゃと…儂らが何年も修行せねば到達しない領域に、こやつは行き着いておると言うのか…」
じいさんは相変わらずじっと俺の目を見ながら呟く。
「そなた、大学とやらで学問を修めていたと言ったな。試みに問うが、何故月は満ち欠けをする?何故月の模様は変わる?」
いきなり口頭試問が始まった。
俺は槍の石突で庭の地面を掘りながら答える。
「月が満ち欠けするのは、地球の周りを月が回っているからだ。月と太陽と地球が一直線に並び、且つ太陽と地球の間に月が入っていると新月になる。太陽の光を月が遮り、地上には月の影しか届かないからな。逆に月と太陽の間に地球があると、太陽の光を反射し、満月になる。新月と満月の間の位置で、月は満ち欠けしているように見える」
じいさんはあご髭を撫でながら、しばらく考え込む。
「次じゃ…火は何故燃える?」
また漠然とした質問だ。
「そもそも燃えるとは激しい酸化だ。物質に酸素が触れ、激しく結びつくことで物質が変化する。変化の過程で熱と光を放つのが、物が燃えるということだ」
「この場所から池の先の松まで、槍5本離れているとする。松の根元から梢まで槍3本だとすると、この場所から松の梢までは槍何本じゃ?」
「だいたい6本弱だ」正確には5.8本分だが、小数点の概念があるかどうかわからなかった。
「こやつ…陰陽寮で学ぶようなことをあっさり答えおった…よしわかった。お前さんを弟子にする」




