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135.実習の日々②

家畜の世話の実習も順調に進んでいる。


本日の家畜担当は次のメンバーだ。

惣一朗、椿、与一、乙吉、嘉七、エステル、以上6名。


このうち、惣一朗と椿は日常的に家畜の世話を行っている。

エステルも故郷で豚の世話をしていたから、特に問題はない。

与一らの実習生組はこの里に来てから初めて家畜というものを世話するらしい。

恐る恐るブラッシングをしている3人は、早速椿から指導を受けている。


「いい?馬っていうのは臆病で賢い生き物なの。杉や松なんかよりよっぽど賢くて、人間の気持ちもちゃんと理解できるの。だから怯えて接すると馬も怯えるのよ。自分より大きな生き物だから、最初は怖いのは仕方ないけどね。早く慣れなさい」

一緒にブラッシングしてくれる椿の言葉に、3人は素直に頷いている。


惣一朗とエステルが飼い葉を大八車に積んで戻ってきた。

秋まではススキを中心とした飼い葉を与えていたが、草も枯れる冬は発酵させておいた飼料を与えている。いわゆるサイレージというやつだ。

飼料からはほのかに酸っぱい匂いがする。


馬とヤギ、ヒツジに食べさせるサイレージはススキや藁、笹の葉で作っている。

笹の葉は冬でも手に入るから、貴重な飼料になる。


一方で、豚やクジャクに与えるサイレージは、裁断したススキや藁、竹を乾燥させて粉にした物やトウモロコシの穂軸、籾殻などを混ぜた物を発酵させている。

その他にも、イノシシや豚の骨を割って取り出した髄や、卵の殻、魚の骨や野菜屑、オカラなども豚は食べてしまう。

これまで堆肥にできなかった廃棄物も、豚が消化し糞として出すことで堆肥にできる。

そう考えれば豚は本当に優秀な家畜だ。


「本当はドングリだけで育てると、美味しい豚になるんですけど……」

エステルが嘆いてる。


そう言えば元の世界でもイベリコ豚の最上級の肉はドングリだけで育てた豚から獲れるらしい。


「じゃあ今年の秋はドングリ狩りが必要だな。やっぱりエステルの故郷のドングリがいいのか?」


「はい!リンコナダのドングリと違って、こちらのドングリはちょっと渋みが強すぎました。似たような味のものもあったのですが、粒が小さいです」


そうか。それならエステルの里帰りに合わせて、地元のドングリを少し拾ってきてもらおう。


「でも、この酸っぱくした飼料はいいですね!リンコナダでは冬に森に放牧できる数以上の豚は、全て冬の初めには潰してしまいます。飼料が無くなるからです。でもこのサイレージという飼料があれば、冬でも豚を飼い続けれられます。やっぱり大きくしたほうが沢山肉も獲れますから!」


「ああ。このサイレージの最大の利点は、人間も家畜も食べられない竹や藁なんかも飼料にできる点だ。しかもサイレージを食べた家畜の糞は堆肥に利用できる」


「その堆肥なんですが、リンコナダでも休耕している畑で豚や牛を飼うことで似たような効果は出ていたと思います。この里ではそうはしないんですか?」


「この里には休耕している田畑というものがないからな。土地を休ませれば、ある程度の地力は回復するし、エステルのいうとおり家畜の糞をそのまま肥料にすることもできる。ただ、糞をそのまま使うと、まず地中の微生物が糞を分解して栄養素にしなければ作物が利用できない。堆肥はその分解工程を予め行ったものだ。だから即効性もあるし、生育中の畑にも撒くこともできる。追肥というやつだ」


家畜の世話を終えた子供達が俺とエステルの周りに集まり、話を聞いている。


「その堆肥なんですが、俺の村でも作ることはできますか?」

そう聞いてきたのは乙吉だ。


「ああ。別に作るのは難しくない。人間の糞尿や藁、落ち葉に籾殻、海の近くの集落なら魚の内臓や真水で煮た小魚なんかも堆肥にできる。まずいのは熟成が進んでいないものを田畑に撒いてしまうことだ。これだけは気を付けないといけない」


「万が一撒いてしまうとどうなりますか?」


「作物が枯れるだろうな。発酵が進んでいない、臭いがきつい間のものは毒だと思ってくれ」


「わかりました。気を付けます!」



今日の予定を終えて少し早い時間に家に戻ると、桜が加乃を叱っていた。

加乃が何かやらかしたらしく、普段は温厚な桜が珍しく強い口調で叱っている。


「桜、どうした?」

「タケル様!聞いてください。加乃ったらこんなにジャガイモを剥いてしまって!」


加乃の後ろには山と積まれたジャガイモ。皮も山のように積み上がっている。


「だって……」


「だってじゃないでしょ!夕飯の煮物の材料に、ジャガイモを10個剥いてって言ったのに!」


「10個どころじゃないな。30か50か……今夜はイモ尽くしだな!」


「え~イモかよ……少しだから美味しいんだよな……」


何事かと集まってきた子供達から、不満の声が上がる。


「加乃。なんで必要以上にジャガイモの皮を剥いたんだ?」

俺は加乃の前にしゃがみ込んで聞く。何か理由があるんだろう。


「だって……上手に剥けるようになったから、沢山食べてもらいたいって……」


「そうか。加乃は偉いな。こんなに綺麗に皮が剥けるようになったか。じゃあ、何で桜が加乃のことを叱っているかわかるか?」


「それは……言いつけを守らなかったから……」


「少し違うな。もちろん言いつけを守らなかったことにも怒っている。言いつけを守らないって事は、例えば馬の真後ろから近づいてはいけないとか、板の間の柵はきちんと閉めるとかの言いつけも守れないかもしれない。それはとっても危険なことだ。でも一番の理由は、さっき紅が言ったように、今夜のご飯がイモ尽くしになってしまって里の皆に迷惑がかかるからだ。それはわかるか?」


「うん……」


「皆に迷惑を掛けてしまったときに、なんて言わなきゃいけないか。加乃はわかっているだろう?」


「うん……ごめんなさい!」


加乃は深々と頭を下げる。

はい。よくできました。

加乃の頭をワシワシしてから立ち上がる。


「桜。家畜の世話はもう終わったし、子供達も小腹が空いているだろう。ちょっと何か作ろうと思うけど、夕食の時間を少し遅らせても構わないか?」


「はい?それは何とでも調整できますが……」


「よし。椿は鍋にラードを入れてきてくれ。惣一朗と与一は納屋の軒下に竈の準備だ。家では夕食の支度の邪魔になるからな。加乃とエステル、それに手隙の者は俺を手伝ってくれ。まな板と包丁を忘れないように」


そう言って大量のジャガイモを持って納屋に移動する。


作るのはフライドポテトだ。


5㎜ほどの厚さに輪切りにしたジャガイモを、棒状に切りそろえる。

軽く水で洗ってから水気を切り、小麦粉を少量まぶしてから熱したラードに投入する。

こんがりとキツネ色になったら、油から出してしっかり油を切る。

まだ熱いうちに塩を振れば、フライドポテトの完成だ。


ジャガイモを切るのは加乃とエステル、惣一朗に任せ、椿と二人でひたすらジャガイモを揚げる。

次々と揚がっていくフライドポテトは、竹で編んだ皿に盛りつける。


匂いに釣られたか、小動物チームや農作業チームの子供達も集まってきた。


つまみ食いしようとする杉や松を、椿が菜箸を刺す仕草で止めている。

いや、熱した油が付いた菜箸はある種の凶器だからな……


およそ30分ほどで過剰分のジャガイモの処理が終わった。

子供達も匂いで腹ペコになったようだ。


よし。フライドポテトを味わおう。



こんな感じで、加乃の失敗によって生まれた大量の剥いたジャガイモは、全て子供達の胃袋に収まった。

もちろん入植者エリアで暮らしている太夫一家と源七爺さん達にも差し入れした。



その日の夜に桜が俺に話しかけてきた。


「タケル様。今日は本当にありがとうございました。私だけではきちんと叱れなくって……」


「桜。叱る時には、どうして叱られているのか理由に気付かせてあげることが大事だ。普段は桜だってそうやって子供達をさとしているだろう?」


「はい……今日はついカッとなってしまって……ダメですね。青姉さんのようにいつも冷静でいようと心掛けているのですが……」


「別に青の真似をする必要はない。桜は立派に皆のお母さんをやってくれているし、俺や式神達の至らない点を支えてくれている。それに桜と梅しか子育ての経験は無いんだ。俺はいつも桜には感謝している」


そう言って桜の頭を撫でる。


「はい……ありがとうございます!おやすみなさい!」


女の子の家に戻る桜を見送る。


振り返ると紅がニヤニヤしながらこっちを見ていた。


「なんだタケル。すっかりいい雰囲気だったのに、今夜は桜と一緒に寝るのかと思ったぜ」


だから!せっかくいい話でまとめようとしているのに、いらんこと言わない!!

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