131.新年を迎える
とうとう年が明けた。
結局小夜の肩を抱いたまま、式神達と一緒に囲炉裏に当たりながら静かに年を越した。
小夜はすっかり泣き止み、俺の肩に頭を預けたままうつらうつらとしている。
ちなみにエステルは早々にダウンして、仏間で寝ている。
「なあ青、この世界の正月って、どんな感じで過ごすものなんだ?」
そう言えばなんとなく元の世界の正月をイメージして準備していたが、この世界での正月の迎え方を気にしていなかった。
「そうですね……ご先祖の霊や神様を迎えて、静かに敬いながら過ごすのが普通です」
「じゃあ初日の出を拝みに行ったり、夜も明ける前から初詣に行ったりとかは?」
「太陽の光そのものが神ですから、まずは朝日を家に迎え入れなければなりません。ですから夜も明ける前から留守にするということはなかなかないでしょうね」
「お天道様ってのは勝手に昇ってくるもんだしな。わざわざ詣でに行かなくてもいいんじゃないか?せっかく神様が家に来てくれているのに、別の神様にお参りしてたらバチがあたるぞ?」
なるほど……そういうものか。
だったら初日の出も初詣もナシだな。
「タケルの世界の正月ってどんな感じだったんだ?」
「そうだなあ……年越しイベントでは除夜の鐘が鳴ったり花火が上がったり。年が明けたら初詣行って、お年玉貰って初売りに行って、お節料理食べてって感じだったかな」
「花火って何?」
「お年玉??」
「お節料理って何か特別な料理があるのか?」
はい、一度に聞かない。
「花火ってのは金属の炎色反応を利用した光と音の演出だな。火薬を爆発させると光と音が出るだろ?あの光に炎色反応を使って色を付けたものだ」
「それなら今度開発したい」
「わかった。せっかく作った火薬が戦さの為だけにしか使われないのももったいないしな。平和利用を考えよう」
「じゃあ次は私の番ね!お年玉ってのは??貰うっていうからには貰う物なんでしょ?」
「ああ。普通は親が子に渡す金品……つまり銭だな。もともとは年神様の拠り所だった鏡餅を御歳魂と呼んだからとか、年の初めの賜り物だからお年賜だとか、いろいろ説はある。金品だから別に銭でなくても、例えば武家なら刀を送ったりしたみたいだがな」
「タケル兄さんも子供達に何か贈り物をする?」
「そうだな……守り刀でも打ってみるか。お前達も手伝ってくれ」
「了解~!」
「んじゃ次はお節料理ってのだ。なんか特別な料理か?」
紅はまず食い気か。お節料理……代表的なのは何だったか。
「黒豆、数の子、たたきごぼう、しっかり焼いた鯛とか、根菜類と鶏肉のがめ煮。要は保存が効く料理だな。基本的に正月期間はあまり火を使うべきではないという考え方があって、保存食を予め作って豪華に装ったものって感じだ」
「それでは正月中は温かい食事はしないのですか?少し寂しい気もしますが」
さすが皆のお母さん、青が心配そうに聞いてくる。
「いや、雑煮だけは別だ。年越しにお供えした餅やら魚なんかを料理するのは禁忌ではないからな」
「なんだかややこしいな!黒豆ってのは豆の煮たのだよな。数の子ってなんだ?」
「数の子はニシンという魚の卵を塩漬けにしてから、醤油ベースの出汁に漬け込んだものだ。ニシンは北の海でしか獲れないから、この辺りで試すならコノシロあたりが近いかも」
「魚の卵かあ。じゃあ今年の産卵期に獲って塩漬けにしとけば、来年は食べられるか」
「そうだな。一度試してみるか。コノシロの産卵期は梅雨から夏にかけてだ。川の汽水域に大挙して押し寄せてくるから、その時に漁をしてみよう」
「なんだか新年早々に今年やることがどんどん決まっていきますね。でもそろそろ寝ないといけませんよ」
青がやんわりと皆を促す。
「じゃあそろそろ寝るか」
「たまにはみんなで寝ようぜ!最初の夜みたいによ!」
紅の提案に黒と白が乗る。
「賛成!みんなで寝よう!エステルは仏間で寝ているから、私達はここでいいんじゃない?」
「なんか仲間外れみたいだけど、でも最初の6人だしね!」
まあ今夜ぐらいはそうしよう。幸せそうな小夜を引き離すのも気が引ける。
翌朝目覚めると、まだ小夜が右腕にしがみ付いたままだった。
左腕は白ががっちり押さえ込み、黒が足の間に入り込んでいる。
やれやれ、新年早々このパターンか。
青と紅はもう起きているらしい。
とりあえず3人を起こし、顔を洗わせる。
のんびり準備しているうちに、3人はもう女の子達の家に向かったようだ。
女の子の家の引き戸を開けると、板の間に子供達が勢揃いしていた。
手前から奥に向かって、きちんと年齢順に2列に座っている。
一番手前が桜と梅、一番奥が式神達4人だ。
「新年、明けましておめでとうございます!」
『おめでとうございます!』
梅の発声で皆が一斉に挨拶してくれた。
「あ……ああ、おめでとう」
突然のことで少々挙動不審になってしまう。
「タケルさまのおかげで、無事に新年を迎え歳を重ねることができました。今年もよろしくお願いいたします」
『よろしくお願いします!』
皆元気でよろしい。
「こちらこそよろしく。皆がいてくれたおかげで、この里もずいぶん豊かになった。ありがとう。そして今年も一緒に里を盛り上げていこう!」
『はい!』
ところで、桜の言い方が多少引っかかる。新年を迎えると歳を重ねる?どういう意味だ?
「年が明けたので、私と梅は15歳になりました。柚子と八重は2歳です」
つまり桜と梅、その息子と娘の柚子と八重の誕生日は元旦だったのか?
そう言えば誕生日を全く気にしていなかった。そもそも暦そのものをようやく先月辺りから導入したほどだ。
「タケル。この世界では年が明けると皆1歳づつ歳を重ねる。タケルは“何の月の何日”に生まれたから、その一年後に歳を重ねると思っているようだけど、皆は違う」
俺の疑問を察して、黒が教えてくれた。
なんとまあ……でもそうかもしれない。具体的な暦が農村に浸透しているわけもなく、ざっくりと今が睦月であるとか如月であるとか表現する程度だ。新年を迎えると同時に歳をとるというのは、合理的な考え方なのだろう。
子供達の年齢をまとめると、こうだ。
桜、15歳
梅、15歳
エステル、15歳
小夜、14歳
平太、11歳
椿、10歳
杉、10歳
惣一朗、10歳
桃、9歳
楓、9歳
惣二郎、9歳
ちよ、9歳
かさね、8歳
棗、7歳
松、7歳
柳、6歳
杏、4歳
樫、3歳
楠、3歳
柚子、2歳
八重、2歳
里に来た時にはまだ赤子だった柚子と八重も、この数か月で急に大きくなった。
年齢は数え年だから、実年齢はようやく1歳を過ぎたあたり。
ハイハイから掴まり立ちを覚え、板の間と土間を仕切る柵に掴まっている姿も見られるようになった。
よちよち歩きをしていた樫と楠は、トコトコと歩き、ずいぶんと滑らかに話すようになった。
杏は今までは樫と楠の遊び相手というか、立派なお姉さんをやっていた。今後は柚子と八重のお世話をする機会も増えるだろう。
柳はそろそろ年少組を卒業して、仕事を覚え始めてもいいかもしれない。
大隈の集落から途中合流した“ちよ”と“かさね”は、主に糸紡ぎや綿花と藍の生産などを担当してくれている。職人達との大事な繋ぎ役だ。
桃、楓、棗の3人は、蚕や鶏など小動物担当として頑張っている。
平太、杉、惣一朗、惣二郎、松の男の子5人組は、だいたいいつも一緒に行動している。腕白盛りで悪戯好きの杉や惣二郎に平太が振り回されているが、椿の助け(というか鉄槌)もあって、上手にコントロールしている。
桜や梅そして椿は、今後も子供達の中心となって盛り立ててくれるだろう。
こんな感じの総勢21名に式神達4人と俺を加えた26名が、現在の里の人口だ。




