130.年越し
さて、お祭りといっても何をメインに据えるか。
やっぱり正月を迎えるための準備といえば餅つきだろう。
もち米を蒸し、お湯で温めておいた木臼に移して杵でつく。
言葉にすれば簡単だが、これがなかなか難しい。
特に、杵を持つ者と合いの手で返す者の息が合わないと危険でもある。
そんな餅つきで意外なコンビネーションを見せたのが平太と椿だった。
よく一緒にいる……というより、平太に一方的に噛みついていることの多い椿だが、よく平太を見ているということだろうか。
一方で、いつも一緒にいるのに相性が悪かったのが惣一朗と惣二郎の兄弟だ。
こういうときは張り合ってしまうらしい。
餅で包む餡には、枝豆を粗く潰して甘く味付けした“ずんだ”や“いも餡”を白が用意してくれた。
餡以外にも、炒り豆やヨモギのペースト、サツマイモを蒸して刻んだものなどをを餅に練り込む。
つきあがった餅を小さく丸めるのは子供達に任せた。
餅が手や皿にくっ付くのを抑えるための餅とり粉には、コーンスターチを使用する。トウモロコシの粉を精製したデンプンだ。
エステルも子供達に混じって、一生懸命に餅を丸めている。
「なんか不思議な手触りですね!パン生地を練っている感じにも似ていますが、もっと柔らかいです!」
「エステル姉ちゃんの村では、お餅はつかないの?」
「そうですね~。このお餅って、お米からできてるんですよね?私の村でお米を食べる時は、お肉や野菜と一緒に煮込んでしまうことが多いです」
「そうなんだ!エステル姉ちゃんの村の料理も食べてみたい!」
「じゃあ、青さん達に相談して、何か作らせてもらいましょう!」
エステルと子供達はすっかり打ち解けたようだ。
忘れないうちに、鏡餅の分はしっかりと取り分けた。
直径20㎝ほどと10㎝ほどの二段重ねにして、紅白の紙で作った御幣とシダの葉を飾る。
上に乗せる橙の代わりに、黄色く熟したカボスを乗せて完成だ。
いそいそと鏡餅を作る姿を、不思議そうに子供達が見ている。
「タケル兄さん!なんでお餅を飾るの?」
「これはな、年神様を里に迎えるための拠り所だ」
「としがみさま?ってなに?」
「そうだなあ……里に実りをもたらしてくれる神様、皆のご先祖様、いろいろだな」
「そうなんだ!じゃあちゃんと綺麗に飾らないとだね!」
その夜の風呂には熟したカボスを浮かべた。
柚子が本来なのだろうが、残念ながら里では栽培していない。まあ香り付けというか縁起物だから、それっぽければ良しとしよう。
ちなみに、冬至の日に柚子湯に入るという習慣は江戸時代かららしい。しかも冬至と湯治の語呂合わせから来たようだ。当然のことながら子供達は初体験だ。
「誰だよ風呂にカボスなんか入れたの!」
「でもいい匂いだよ~!」
「なんだかいつものお風呂より温まる気がするよね!」
女の子達には概ね喜ばれたようだ。
翌日にはエステルと白がお菓子を焼いてくれた。
かぼちゃ入りのパンケーキと、サツマイモの入ったクッキーだ。
サトウキビの栽培を始めると聞いて、青が砂糖を奮発した。
パンケーキにはヤギ乳から作った生クリームがたっぷりと添えてある。
「最近ヤギも増えてきたけどよ、乳牛ってやつを飼ってもいいんじゃないか?」
「紅姉、これ以上家畜を増やしてどうするの?世話が大変になる」
「あ!それなら大丈夫です。俺達も手伝いますんで!」
「じゃあ惣一朗と惣二郎を家畜担当にするか!狩りよりは向いているだろうしな!」
「家畜担当というより、乳製品担当がいいんですけど……」
「それいいなあ!毎日クリーム作りたい放題だ!」
生クリームを口の周りに付けたまま、惣一朗達が主張している。どうやら生クリームが気に入ったらしい。
大晦日まで残すところ4日となった。
今日は羽根つき用の羽子板作りを行う。
三が日が開けたら、紅主催の階層別羽根つきトーナメントを開催する予定らしい。
紅がトーナメント表を作りながらニヤニヤしている。何か企んでいるようだ。
羽子板の作り方を教えるのは小夜だ。
板を切り出し、自分達の好きな色を塗る。
羽子は無患子の種と鶏の羽根で作る。
桃と棗は羽子板に鶏や鶉のイラストを描いたが、これがかなり写実的。
落ち着いたら子供たち向けの図鑑や教科書のイラストなんか担当させてもいいかもしれない。
押絵羽子板を作ったら産業化できそうな気もするが……まあそれは職人達が増えたら相談しよう。
大晦日まで残り3日。
大掃除を行う。
大掃除といっても、日常的に青が仕切って掃除しているから、家の方は特段やることがない。
メインの掃除場所を飼育小屋や鍛冶場、化学実験室に絞って手分けして掃除と片付けを行う。
特に蚕小屋や鳥小屋に入ることはあっても馬やヤギの小屋には寄り付かない桃や棗、馬やヤギの小屋はよく立ち入るが蚕小屋や鳥小屋に入ることは少ない平太や惣一朗には、お互いの領域を交換して掃除してもらう。
化学実験室は一部の子供達にとっては初めて立ち入る場所だから、見学も兼ねて皆で掃除することにした。
もちろん薬品庫などの掃除は黒と小夜に任せる。
「ねえねえ、黒姉と小夜姉は、いっつもここでドッカーンってなるやつ作ってるの?」
「いいなあ!私もドッカーンしたい!」
「あのねえ桃ちゃん棗ちゃん……別に私達はドッカーンってするために作ってるんじゃないのよ?みんなが元気に過ごしている里に、怖い人達が攻めて来た時に使う道具を作っているの」
「そうなんだ!ねえねえどうやって作るの~!」
「作るの~??」
「えっと……タケルさんどうしよう……」
「そうだな。年が明けたら簡単な理科の実験から初めてみようか?」
「ほんとに!?実験する!」
立ち入りそのものを規制している化学実験室に入れることもあって、子供達は興味津々といった具合だ。
大晦日当日のイベントは蕎麦打ちにした。
やっぱり年越し蕎麦は外せない。
入念に蕎麦を挽き、蕎麦粉を作る。
蕎麦粉:小麦粉を8:2の割合で混ぜる。
適量の水を加え、力を入れないように加減しながら均一になるように合わせていく。ここで水分が多い場所と少ない場所ができると、食感がボソボソになったり、茹でているときに切れやすくなってしまう。
均一な塊になったら掌で数分間捏ね上げ、蕎麦玉とする。
蕎麦玉を平たく押しつぶし、生地とする。
生地が出来上がったら、いよいよ延ばしの工程だ。
丸棒を使って板の上で均一な厚みになるように伸ばしていく。麺の長さを揃えるには、極力正方形に近づけるのがポイントだ。
延ばし終わった生地に打ち粉を振り、三つ折りに折りたたむ。
折りたたんだ生地を同じ太さになるように切っていけば、蕎麦の完成だ。
小さな子供達は小夜や白が手伝いながら、人数分の蕎麦を打ち終わる頃には、すっかり日が暮れていた。
あとは大釜で一気に茹で上げる。
茹で上げた蕎麦を丼に盛り、干し椎茸と鰹節を使った桜お手製の出汁に、甘辛く煮込んだ梅特製の油揚げ、玉ねぎと魚介類のかき揚げを乗せ、刻んだネギを散らせば、立派な年越し蕎麦の完成だ。
「うめええええ!自分で作ったとは思えん!」
「この油揚げに染みた甘い味がたまらん!梅姉ちゃんいいお嫁さんになるぜ!」
「うっさい!お前に言われても嬉しくねえ!」
「んじゃ誰に言われたら嬉しいんだ!?」
「そう言ってやんなよ杉、わかってんだろ?」
「杉!松!あんたら黙って食え!」
『へ~い』
騒いでいた杉と松も、椿に一喝されると大人しいものだ。
梅がいいお嫁さんになるかはさておき、いや良いお嫁さんになるとは思うのだが、蕎麦を打つのは里では初めてだった。うどんは時折昼食のメニューや鍋に入れていたのだが、蕎麦粉はガレットや蕎麦掻ぐらいにしか使っていなかった。
こんなに喜んで食べるのなら、今後は乾麺にしておいてメニューの一環に入れてもいいかもしれない。
何より桃や棗でも蕎麦なら打てることがわかったしな。
そんな感じで大晦日のイベントを終え、食器を片付け子供達を寝かせた頃には夜も更けていた。
母屋に戻り、囲炉裏の部屋でまったりと過ごす。
思えば激動の一年だった。去年の大晦日はどのように過ごしていたか思い出せないぐらい、この9か月間は充実していた。
「なんだか……夢みたいな一年でした。お母さん達が殺されて、私も死にそうになって……でもタケルさんに助けてもらって、今はこんなに幸せに暮らせているなんて……」
隣に座っていた小夜が身体を摺り寄せてくる。声からすると少し涙ぐんでいるようだ。
俺が小夜ぐらいの歳の頃は何を考えていただろう。まだ中学生ぐらい。何かに追われるでもなく、ぼんやりと過ごしていたように思う。少なくとも死を覚悟するような体験はしていない。
「そうだな。これからも辛いことや大変なことがあるかもしれない。でもそれ以上に嬉しいことや幸せなことがあるように俺や皆が支えていく。一緒に生きよう」
「はい!」
未だ小さい小夜の肩を抱きながら、年越しを迎えた。




