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128.リンコナダ防衛戦④

考えられる最悪の状況だ。

エストレマドゥーラの騎士を名乗るイカーサ達は、他の村を襲って連れてきたであろう民衆を前面に押し出して進軍してくる。


粗末なワンピースのようなフード付きの裾の長い服を身に着け、手には棍棒を持ちゆっくりと歩く男達。


男達の後ろから時折騎士達が馬をけしかけたり槍で小突いたりしているから、進んで侵攻してきているようには見えない。


肉の盾、あるいは肉の壁と言われるやつか。


このまま村の弓隊が射かければ、間違いなく他の村の住人達は死ぬ。ただし迎撃を躊躇すれば、そのまま村の中に乱入される。


「タケル兄さん!敵はこのままでは30分で到着します。セビリアでも衛兵と騎士達が門の前に整列していますが、たぶん間に合いません!」

整列など……何を悠長なことを……


「タケルよ、ひとっ走りして、援軍を連れてくるか?」

「いや、それよりアーロンとルカを北面に連れて来てくれ。奴らに襲われた4つの村に知り合いがいる連中もだ。俺も向かう。伝達が終われば紅はそのまま東門の守備に就け」

「了解。白と黒は?」

「二人は俺についてこい。状況により先に仕掛けるかもしれん」


白と黒を伴って、北面の土塁の上から敵の様子を伺う。

そこへアーロンとルカ、それに3人の男がやってきた。3人は近くの村出身だったり、義理の兄がいたりするらしい。

5人に敵集団の先頭を歩く人々を、土塁の上の板塀の隙間から見てもらう。


「ああ!なんという事だ!あれは俺の息子だ!」

「俺の父もいる!なぜだ!」

「おお神よ!我らの天の父よ!何故このような仕打ちを我らにお与えなのですか!」


やはりそうか……これでは村人達は戦えない。戦って、仮に勝ったとしても大きな禍根を残す。

これが奴らの戦い方か……


いいだろう。そちらがそういう手を使うなら、こちらも遠慮はしない。

“神の力”というやつを行使してやる。


敵は民衆を前面に押し立てたまま、北面の杭に沿って東に方向転換し、ゆっくりと東門の前に展開した。

俺達も東門側の土塁の上に展開する。


「お前ら、さっきはよくもコケにしてくれたな!これから我らの本気を見せてやる!どうだ!我ら栄光あるエストレマドゥーラ騎士団に従う村の連中だ!これだけの数が我らの栄光のために、自ら犠牲になる覚悟を決めているのだ!参ったか!!」


「おうおう栄光ある豚泥棒のおっさん!ずいぶん自信たっぷりじゃねえか?そいつらが“自ら犠牲になる覚悟”があるって?とてもそうは見えないけどなあ!そこの若いのなんて震えてるじゃねえか!」

紅が舌戦の応酬を始める。


「やかましい!こいつらは名誉ある死を賜るのだ!我らは神が遣わせし栄光あるエストレマドゥーラ騎士団!我らのために死ぬことこそ、こいつらの本望であろう!」

「だってよタケル!こいつらも神様に遣わされたらしいぞ?こっちの神様の使いはどうする?」


「そうだな。そろそろこいつの声も聞き飽きた。決着をつけよう。黒!敵のマーキングは済んでいるな?」

「もちろん」

「では始める!」



そう言うと俺は民衆と騎士達の間に高さ3mの土壁を一気に出現させ、民衆と騎士達を分断する。

そのまま土壁で村の周囲を取り囲み、二重の防壁とした。


「お前達、武器を捨て投降するか、侵略者どもの手先となって神の怒りに触れるか、好きな方を選べ!」

土壁の内側に取り残された民衆はしばらく呆然としていたが、一人二人と手にしていた棍棒を投げ捨て、とうとう全員が地に平伏ひれふした。


「わかった。それがお前達の答えならば、俺はお前達を迎え入れる。ルカ!アーロン!門を開け!一人ずつ民衆を迎え入れよ!紅!警戒を怠るな!白!全員まとめて結界で覆っておくように。万が一敵がまぎれていたら厄介だ」

「了解!!お前達!命が惜しいなら早く言うとおりにしろ!」

紅が民衆をボディチェックしながら誘導し、まずはアーロンやその他の村人の関係者を選抜、その選抜者に身元を確認するやり方で、次々に迎え入れていく。


その間に俺は騎士達の後方と側方にも壁を出現させ、奴らが逃げられないようにしていた。


壁といってもそんなに分厚いものではない。たかが30cmほどだから、全力で体当たりでもすれば簡単に突破できるはずだ。

だがチャレンジしたものはいなかった。誰が目の前の壁にわざわざ体当たりなどするだろうか。


およそ30分ほどで、民衆の武装解除とボディチェック、身元の確認が終わり、無事受け入れに成功した。

今のところ敵側の人間は紛れ込んではいないようだが、念には念を入れて白の結界で受け入れた民衆をドーム状に覆う。


さて、いよいよ本当の敵を撃退しなければならない。

「よし、では敵の殲滅を開始する!弓隊は土塁の上へ!」

『おう!』

「壁を崩すぞ!弓隊は敵の射手を最優先で狙え!」

『おおおおう!』


俺は騎士達を閉じ込めていた内側の壁を一気に崩す。

土壁に前後左右を挟まれ、おびまどあわれな馬を必死に押さえつける騎士達が姿を見せた。

「弓隊狙え!……撃て!」

15人の村の弓隊に加え、今回は紅、白、黒も射手に加わり、18本の矢が一斉に敵の射手を襲った。

10名ほどの敵の射手はすべも倒れる。


「次だ!白、敵騎士の手綱を斬れ!紅!火種で馬を驚かせろ!」

『了解!』

白がその場で小太刀を抜き、一閃させる。

白の作り出した真空の見えない刃が馬の首の近くを通り抜け、次々と手綱を切断する。

紅が馬の尻に向かって真っ赤な火種を飛ばし、馬の混乱に拍車を掛ける。


何人かの騎士が土塁まで辿り着いたが、全ての騎士が落馬した。


落馬した騎士は全身を強打し、あるいは馬に踏みつけられ、しばらくはまともに立ち上がることさえできないだろう。


「エステル!総攻撃だ!弓隊は倒れた騎士を狙え!土塁の近くまで辿り着いた敵には湯を浴びせ、投石をしろ!奴らを立ち上がらせるな!」

『おおおおおっ!』

村人の多くが土塁に上り、攻撃を始めた。


これでリンコナダの勝ちは揺るがない。もう大丈夫だろう。


俺は紅と白、黒を誘い、村の中心部で負傷者の救護に備えていた小夜のところに向かう。

「タケル兄さん!援軍が街を出ました。第一陣が50騎、第二陣が歩兵のみ100名。第一陣はおよそ30分で到着します」

そうか、ではそろそろ俺達も引き上げるとしよう。


「小夜!しばらく放置して悪かった。変わりないか?」

「タケルさん!大丈夫です!私の力をエステルさんが“神の奇跡だ!”って言いに来てくれてからは、皆が優しくなりました!」

「そうか。それはエステルに感謝しなくてはな。それはそうと、そろそろ引き上げるぞ。援軍が到着する」

「おや旦那!援軍を待たずに帰っちゃうのかい?旦那がいなけりゃこの村はどうなっていたことか……」

小夜の相手をしてくれていたおばさんが話しかけてきた。

「いや、エステルも言っていたのだろう?これは神の奇跡だと。神の奇跡が為政者に使われることがあってはならん。援軍に会うつもりはない」

「そうかい?残念だねえ」


俺達はエステルを探して東門に移動した。

「エステル!援軍が来る!攻撃を中止しろ!」

土塁の上から見下ろすと……そこには見るも無残な光景が広がっていた。

倒れた騎士の身体には何本も矢が突き刺さり、土塁近くで倒れた騎士の身体は湯で焼け爛れている。

自分で命じたこととはいえ、村人達がここまで徹底的に攻撃するとは思わなかった。


「小夜!騎士達を極力助けたい!最低限の生命維持を手伝ってくれ!紅、白、黒!騎士達の運搬を頼む!」

俺は外側の土塀を崩すと、騎士達の治療を始めた。別に歩けるほどまで回復させる必要はないが、このまま殺してしまうのも後味が悪い。


紅がイカーサを発見した。落馬して馬に蹴られ動けなくなっているだけのようだ。骨折でもしたのだろう。

「これはこれは栄光ある豚泥棒の親分!豚を盗むのは上手だったみたいだが、村をかすめ取るのには失敗したみたいだな!何せ俺達には“神の奇跡”が付いているからな!わっはっは!!思い知ったか!!」


ああ……イカーサと紅が舌戦を繰り広げていたのは……

「似た者同士だから…」「だね…」


「さて、エステル!ハコブさん!俺達は当初の約束通り引き上げる。援軍は上手に誤魔化しておいてくれ」

「承知いたしました。本当は勝利報告までご一緒願いたいのですが……」

「それはダメだ。俺達は異邦人だ。帰る場所があるし帰りを待つ者達もいる」


「タケルさん!私も連れて行ってください!!」

突然エステルが抱きついてくる。


はい?何を言っているんだこの娘は……


「あ、タケル悪い。さっき門のこと話しちまった……」

「ついでにエステルが門を使えることも確認済」

「やった!これでお姉さんが増えるね!白ちゃん!」

「そだね!小夜ちゃん!」


こいつら……完全に外堀を埋められている。

「タケルさん!連れて行くと言われるまで、この腕は放しません!」

しばし振りほどこうと足掻いてみたが、断念した。

「わかった。2年間だけ受け入れる。2年たったらこの村に帰す。それでいいか?」

「2年ですね!それまでにタケルさんの子を産みます!子がいれば帰すなんて言わないですよね!旦那様!」


いや、やっぱり今の無し!連れて行かない!

そう言う俺の口を紅が塞ぎ、黒に指示する。

「ほら黒、さっさと門を開け!じゃあ村のみんな!元気でな!なんかあったらこの紅姉さんと愉快な仲間たちを呼べ!時々はエステルも里帰りさせてやるよ!じゃあな!」

小夜、白の順で門を通り、エステルが絡みついたままの俺も門に押し込められる。


こうして俺達は豚の買い付けからようやく里に帰りついた。

大晦日まであと10日弱を残す、深夜のことだった。


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