127.リンコナダ防衛線③
さて、とりあえず第一波は凌いだが、問題は次だ。
最初に攻めてきたのは10騎。そのうち2騎はイザークを追いかけ白と黒が無力化したから、実質8騎のみだった。
次の攻撃では残りの40騎ほどが一斉に襲い掛かってくるだろう。
白の偵察報告では、総勢50騎の内、弓を持った者が10騎ほどはいるとのことだった。とすれば次は距離のアドバンテージはなく、高低差で若干有利という程度だ。
勝った勝ったと大騒ぎしている村人達を、紅が引き締めている。
「お前達!さっきのは前哨戦だ!次が本番だぞ!」
とりあえず先ほどの戦いでわかった事は、敵の突撃が杭の近くから始まれば、早い段階で離れた距離で破砕できること。ただし、一射目では倒せないぐらいには敵の練度が高いことだ。
こちらの射手は15名、敵は40騎。どう考えても射手が足りない。次は土塁に取り付かれるのは間違いない。
俺は村人達を集め、次の戦いに備えた準備を急がせる。
「皆よく戦ってくれた。初戦はリンコナダの勝利だ!」
ドッと皆が歓声を上げる。
「だがしかし、敵の戦力は未だに残っている。しかも残った戦力のほうが我々よりも圧倒的に強力だ。すぐにも敵が再び攻めてくる。だから次の手を打たなければならない」
「旦那!俺達は旦那の指示に従いますぜ!」
「そうだ!何でも言ってくれ!」
「ありがとう。では全体を3つの班に分ける。第一班の指揮はエステル。村中の鍋を集めて湯を沸かしてくれ。土塁に取りつく敵に頭から浴びせてやるためだ」
「わかりました!では土塁の近くで湯を沸かします。お母さんたち!協力お願いします!」
「第二班の指揮はダビド!お前に任せる。次は弓隊だけでは飛び道具が足りない。子供達も使って投石用の石を集めてくれ。人の頭ぐらいの大きさのものは土塁の上に、拳ぐらいの大きさの石は土塁の内側に積み上げてくれ。ただしあまり遠くまでは行くなよ」
「承知です!」
「第三班の指揮はルカに頼む。門の前で倒れている連中で生きている者を回収してくれ。彼らは貴重な証言者だ。死なずに済むなら助けたい。小夜、奴らの治療を頼む。動けない程度でいい」
「承知いたしました。ただ奴らは盗賊です。村に引き込んで大丈夫ですかな?」
「その心配はもっともだ。紅、助かった連中はきっちりと拘束しておくように」
「また稲架掛けにしといてやるよ!おら!お前ら行くぞ!時間が惜しい!」
紅の声で、皆が一斉に動き出した。
「白、黒、セビリアに向かったイザークの動向が知りたい。偵察を頼む」
「了解!黒がマーキングしているから、すぐに見えると思う!」
さて、一般的に攻城戦の場合は攻撃側には防御側の3倍の兵力が必要らしい。
言い換えれば防御に徹するなら攻撃側の1/3の戦力でいい……とはならない。
よく訓練された軍隊が守る堅牢な砦なら、その計算は成り立つかもしれない。だがここは単なる土塁に囲まれた村で、守るのはただの村人だ。
今は一時的に気分が高揚しているが、この戦さを乗り切れば大半の村人が深刻なトラウマを抱えるかもしれない。人を殺すとはきっとそういう事だろう。
ではこの戦力差を埋めるにはどうする……
ベストは敵の第二波が到達する前に、セビリアからの援軍が間に合うことだ。
敵と同数、あるいは多少少ない程度でも、援軍が来た時点で村の勝ちは動かなくなるだろう。
援軍が来ない、あるいは間に合わない場合はどうする……
俺達だけで討って出るか。里で佐伯軍を相手に行った漸減作戦の再現を、この地で行う……もっとも確実なのはその方法だ。村人に命の危険を及ぼすことなく、確実に敵を殲滅できる。
だがそれでいいのだろうか。そもそもこの戦さは俺達には何ら関係ない。
援軍を自前で用意する?
例えば桜や梅なら、あるいは平太や惣一朗なら、立派に戦力としてカウントできる。射手としても腕前も申し分ないし、白や紅の弓術と組み合わせれば突撃破砕線をもっと遠い地点に設定できる。
だがこんな戦いであの子達にトラウマを負わせていいのだろうか。自分の里や国、自分の仲間を護るために戦うのならば仕方ないと割り切ることもできるだろう。だがここはあくまでも異国の地だ。
そうか、ここは異国だ。里での防衛線であくまでも通常攻撃に拘ったのは、異能の力を振るうことで人々が恐れることを、俺が忌避したからだ。
だがこの地ではどうだ。敵対勢力を殲滅する超常現象、例えばソドムとゴモラを滅ぼした天からの火などいくらでも聖典に出てきたではないか。
ん?ピンチになったら遠慮なく精霊の力を借りて、“これが神の力だ!わっはっは!思い知ったか!”と高笑いすればいいのか?
まあイカーサのようなキャラならやるだろうな。
そんな事を思い悩んでいるうちに、各班の指揮者達から報告が上がってきた。
「第一班は湯を沸かす準備ができました!順次煮立たせておきます!」
「第二班、石の準備は終わった!まだ集めてくるなら言ってくれ!」
「第三班、負傷者の回収は終わりました。8名中3名は死亡、残り5名はサヨさんが治療中です。全員の武具や装備は一か所に集めています」
「タケル兄さん!イザークは無事にセビリアに到着して、そのまま衛兵の詰め所に駆け込んだみたい。街中を衛兵や騎士達が慌ただしく動いているけど、まだセビリアを出発はしていない」
「了解した。では次の襲来に備えて、各自食事や休憩を取ってくれ。紅、白、黒はちょっと相談がある」
そう伝え、式神達を残して解散させる。が、エステルだけが俺の傍から離れない。
「どうした?お前も皆と一緒に休憩してこい?」
「いえ、皆さんを集められたということは、何やら大事なお話なのでしょう。私にもお聞かせください」
「タケル。いいんじゃないか?イカーサとのやり取り見ただろ?こいつ結構肝が据わっているぜ」
まあ、いいか。
「白、黒、ご苦労だがもう一度偵察を頼みたい。奴らの動きが遅すぎるのが気になる」
「了解!」
「紅、もしかしたら大規模に精霊の力を行使するかもしれない。できそうか?」
「そうだなあ……見渡す限りを焼野原にするなんてことは無理だが、例えば火の精霊で攻撃するとか、混乱させるとかは可能だと思うぜ!」
「私の風なら、刃の様に切り裂くぐらいはできますよ!必要なのは速度で、量ではありませんから!」
「はあ……こういう時に私の力では攻撃参加しにくい……いっそのこと敵を全部呑み込んじゃう?それなら私一人が突入すれば事足りるけど」
「いや、黒の提案は怖すぎるからやめよう。紅と白には状況によって命じる可能性がある。力を貯めておいてくれ」
『了解』
「あの……先ほどから言われているセイレイの力とは何ですか?」
あ……エステルに説明していいのか?この大地には精霊なるスピリチュアルな力が満ちていてだな…
「そりゃお前さん達がさっき言ってた、“神の力”ってやつだ。なんせこのタケルは俺達の国じゃ“神の使い”って言われててだな?」
紅のざっくりとした説明に、エステルが顔を輝かせる。
「ではセイレイとはSankta Spiritoなのですね!それならサヨさんがあっという間に傷を癒してしまうのもわかります!少しだけ皆が気味悪がってたので、私から皆に説明してきます!」
エステルが村人達のほうへ駆け出していく。
小夜が気味悪がられるか。それは想定していなかった。反省点だ……
「タケル!敵が見えた!でも様子が変だ!」
黒が窓に写した敵影は……騎馬が40騎ほどに、歩兵が100人ほどもいる。だがあの歩兵は……
「こいつらの服装、村の連中とそっくりだ!奴ら他の村の住人を動員しやがった!?」




