125.リンコナダ防衛戦①
エステルの父、ハコブとの短い話し合いの結果、防衛戦の指揮権を委譲されることになった。
こちらから出した条件は、正規軍の応援が来れば俺達はさっさと撤退すること。
ハコブが出した条件は、村人を死なせないこと。まあこれは土塁の中に敵を侵入させなければ大丈夫だろう。
「わかった。その条件で指揮を執らせてもらう。では話を進めよう。この中で従軍経験があるものは一歩前へ!」
少し期待したのだが、誰も前に出るものはいない。
「次だ。この中で弓矢を使える者は一歩前へ!」
男が10人、エステルも含めた女5人が前に出た。さすがに弓矢は成人になる頃には一通り触れる機会があるのだろう。ウサギやハトは狩っているようだし。
「残った者で、槍や剣を使える者はいるか?豚の屠殺経験がある者も前に出てくれ」
すると、ほとんどの成人が前に出てきた。
「よし、今前にいる者達で、防衛線を構築する。残った者達は負傷者の救護と伝令役を頼む」
防衛線と聞いて、進み出た者達に動揺が走る。
「安心して欲しい。皆は土塁から外には出さない。皆土塁の内側で戦う。これは絶対だ」
「でも、そうしたら畑が荒らされるんじゃ……」
「その可能性は薄い。盗賊どもは村を荒らしに来るのではない。奪いに来るのだ。だから畑を荒らせば自分達の首を絞めることぐらい承知している」
「万が一畑を荒らすようなバカがいたら、俺と黒が討って出てやるから安心しろ!」
紅の声で不安は解消したようだ。
「では次だ。お前達の中で馬に乗れる者はいるか?できればセビリアの衛兵に顔馴染みがいる者がいいが」
「それなら俺だ!」
イザークが手を挙げる。
「エステルの兄貴とは幼馴染だし、豚やハムを売りに行っているから少しは顔が利く」
「それは好都合だ。ではセビリアの街への伝令はイザークに頼む。盗賊が攻めてきたら、真っ先に村から脱出して衛兵か騎士を連れてきてくれ。村を守るための最重要任務だ」
「それって真っ先に逃げ出せってことか?」
イザークが不満の声を上げる。
「それは違う。もしお前が攻め手側だったら、攻めようとする村から街の方向へ駆け出す馬を見逃すか?」
「いや、援軍を呼びに行ったかもしれないから、真っ先に追いかけて捕まえる」
「そうだ。俺でもそうする。お前に任せるのは一番最初に犠牲になるかもしれない危険な任務だ。どうだ?受けられるか?」
お調子者のお前で大丈夫か?怖くなって逃げ出すんじゃないか?そんな声が村人から上がる。
「大丈夫だ!そんな危険な仕事は俺にしかできねえ!」
イザークが胸を張って答える。
「では、その任務はイザークに任せる。男達は手分けして武器になりそうなものを集めてくれ。女達は家に不要な布があれば持ってくるように。よろしく頼む」
村人達が散っていくと、後には式神達と小夜が残された。
「すっかり掌握しちまったな」
紅が少し皮肉めいた顔で笑いかけてくる。
「こうなるとは予想もしていなかった。うまい事乗ってくれたが、さてどうなることやら」
「究極的には私達さえいればいい。でも、それでは意味がない」
「タケル兄さん、どうしてみんなに準備を振ったの?元気のいい一部だけを使って、他の者には通常の作業をやらせてもいいのに」
「そうだな。白の言うとおりだ。多分そのほうが効率はいい。だがな、目の前に危機が迫っているとき、なかなか人間は日常生活を送れないものだ。無駄かもしれないが目の前の仕事をこなしていれば恐怖は薄れる。逆に一度発生した恐怖心は、周囲に伝染する。盛り上がっているうちに戦闘準備を整えたほうがいい」
「なるほどねえ……人を使うって難しいね!」
まったくそのとおりだ。それも直接の部下でない人間に指示するなど、この上なく難しい。
では俺の直接の部下に、気楽に指示を出そう。といっても彼女達は意思を汲んで独自に判断してくれることも多いが。
「さて、お前達にも働いてもらうぞ?白は偵察を頼む。必要に応じて黒に敵のマーキングを要請。紅は集まった武器のチェックと防衛線の準備だ。特に弓を扱える人間の必中範囲を明確にしておいてくれ。防衛線は弓矢の必中距離に設定する。その先50mは何もないほうがいい。必要に応じて東の森は切り開いてくれ。黒は豚泥棒から回収した矢と槍、革鎧を複製して欲しい。最低でも矢が千本、槍と革鎧は戦う村人の数だけ必要だ。小夜は女達が集めた布を浄化した後は、紅の応援を頼む」
『了解!』
こうして、およそ2日間かけてリンコナダ 防衛戦の準備は整った。
村の東の森は約50mほど後退し、土塁から30mの距離にほぼ2m間隔で高さ1mほどの杭が村をぐるりと取り囲むように打ち込まれた。ただし、既に麦が育っている畑だけは杭を打たず、代わりにロープが貼ってある。
この杭の目的は距離の目安にするためだ。
ハトやウサギに比べると人型の的ははるかに大きい。だから、まだ遠いのに近いと感じてしまう。この杭を越えた敵に対してだけ矢を射る。こうすれば無駄遣いにはならない。
ついでに杭に藁で作った人型を被せて、弓矢の練習台にしている。これは紅のアイデアだ。人を撃ったことの無い人間は、同じ人間を撃つことに躊躇う。まあ当然のことだ。だからこそ躊躇なく矢を放つ訓練が必要だ。
土塁の上はただの木の柵が設置されていたが、胸までの高さの板張りとした。
白の偵察の結果、敵の全容が明らかになる。
盗賊達の数はおよそ50名。
リンコナダ より北側の4つの村を占拠している。
盗賊達がリンコナダ の北側2kmにある川向かいの村に集結したのは、復活祭を1週間後に控えた12月18日の早朝だった。
「タケル兄さん!そろそろ敵が来ます!」
白が報告してくれた。
「了解だ。ハコブさん!エステル!皆に戦闘準備を」
『はい!』
革鎧を着込み、手には槍や弓を持った者達が物見櫓の前に集まる。人数は27名。村の人口の6割程度が戦闘に直接参加する。乳幼児や老人はハコブの家に避難してもらい、白が作った結界で保護する。
農作業用のフォークや草刈り鎌などは、予備武器として土塁のあちこちに立てかけてある。
「皆この数日間、準備に良く働いてくれた。いよいよ敵が来る!敵の数はおよそ50名。騎乗した者や徒歩の者、様々だ」
ついに来たか……大丈夫だろうか……そんな声が漏れ聞こえてくる。
「いいか?最初に言ったが、この村を守るのは、この村に生きるお前達自身の手によってだ。お前達がこの村を守ろうとするなら、俺達5人は全力でお前達を守る。だから安心して戦ってくれ!」
村人達の顔が引き締まる。
「お前達!戦さとは気合いだ!声がでけえほうが勝つ!俺の後に続いて声を出せ!足踏みをしろ!いいか!」
紅の煽りに応えて、少しずつ村人達が声を上げ始める。
27名の直接参加するものだけでなく、救護や伝令役のまだ幼さの残る子供や、弓の狙いがつけられなくなった老人まで、声を上げ大地を踏み鳴らす。
頃合いを見て俺が右手で長巻を掲げる。
一瞬訪れる静寂。
「時は満ちた!全員持ち場に付け!」
『おう!!』
こうしてリンコナダ 防衛戦は幕を開けた。




