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124.隅っこの村

エステル達の案内でリンコナダに到着した。


リンコナダの村は、直径100mほどに渡って高さ1mほどの土塁とその上に木の柵が張り巡らされた、少々いびつな円形をしている。空濠からぼりを掘った土を盛り上げて土塁を築いているから、空濠の底から土塁の頂上までの高さは約2mある。

村の中心部には物見櫓が立ち、その近くには井戸があるようだ。

村人達の家は、物見櫓を囲むように放射状に建てられている。


家は木造平屋建て。

エステルの家を見せてもらったが、玄関の開き戸を開けると居間兼作業場兼台所といった感じの部屋があり、奥に2部屋ある造りが一般的らしい。床は踏み固められた土間だった。そのため家の基礎は外よりも一段高く盛り土が施されている。

窓は一部屋に一つ。胸ぐらいの位置の壁を開け、外に開く窓板がついている。開けておく時はかい棒を使う。

ちなみに寝るときはベッドらしく、寝台が人数分置いてある。

エステルの家は両親と兄、弟と妹の6人家族だが、兄はセビリアで衛兵をしているとの事だった。


家と土塁の間には、キャベツや麦などを植えた畑と家畜小屋がある。

村の中で飼っている家畜は牛と馬。これは誰かの所有物としてではなく、村の共有財産という位置づけらしい。牛は主に乳牛として、馬は農耕馬として使われている。


タンパク質はウサギやハトを狩ったり、あるいは豚を潰すことで得ている。

川が近くを流れてはいるが、漁というものは特にはしないようだ。


土塁の外には一辺が200mほどに区分けされた畑が広がっている。

里の畑や田と比べると、一区画が非常に大きい。


畑は村から見て西側に集中しており、東側はまだ未開の森、北側にはオリーブやイチジクなどの果樹を植えている。


畑の更に西側には、大きくS字型に蛇行した川が流れている。村はこの蛇行したS字型の最初の懐に位置している。つまり川が運んできた養分を含んだ大地の上に村があるのだ。



ここで小夜が首を傾げ始める。

「里にあって、この村にないもの、な~んだ」

「水路……だね」

黒の呟きに小夜が答える。

「エステルさん!畑への水遣りはどうしてるんですか?」

そう、里の田畑を拓く際に最も重要視したものが、この村にはない。

「水遣りですか?雨が降るから、わざわざ水遣りというものはしていませんが……」

エステルがキョトンとした顔をしている。


夏は少雨乾燥、冬に降水量が集中し温暖なこの地方では、夏は休耕し冬に小麦や大麦を育てるらしい。作物を育てている間は雨が降るため、わざわざ水遣りを考える必要がない。典型的な地中海式農業だ。


なお、稲だけは川の近くの湿地を利用して夏に栽培されるようだ。米は里で栽培している短粒種でもなく、東南アジアやインドなどの長粒種でもない。ちょうど中間にあたるような種類だった。


さて、この村を発展させるにはどうするか……


そんなことを考えながら広大な畑を見ていると、紅に袖を引っ張られた。

「タケル。余計なことを考えてるだろう?俺達はただの買い物客だ。差し迫った危険が目の前で起きたから、仕方なく手を貸している。それを忘れてはいけない。タケル自身がそう言ってたよな」


そのとおりだ。まさか紅にそれを言われるとは思いもしなかったが。

「いや、青がいない時は俺がタケルの“ぶれーき”役ってのにならなきゃいけないからな!時々真面目なことを言うと、クラっとくるだろ?」

「紅姉、それを言うならグラっとじゃない?」

「というか自分で言わなきゃいいのに……」

黒と小夜が俺の想いを代弁してくれた。白も同意するように頷いている。


「まあ、小夜の意見ももっともだが、紅がいいことを言ってくれた。小夜を連れてきたことで、思考回路が農業改革に傾いてしまっていた。紅、ありがとう」

「いやあ、もっと褒めていいんだぜ?」

そんな会話を、エステルが不思議そうに見つめている。


「エステル、村の農業のことはだいたい分かった。本題の、盗賊から村を守る話がしたいのだが」

「それでしたら村の中央に戻りましょう。ちょうどルカさんやアーロンさんが、村の皆を集めているようですから」

エステルに促されて、俺達は畑エリアから村の中心部に戻った。



そこではルカ達が集まった村人に向かって熱弁を振るっていた。村人は50人ほど。見た感じ戦力になりそうな成人男性は半分ほど。


「……俺達はあっという間に10人もの賊に取り囲まれてしまった!絶体絶命だと思ったその時だ!」

「そこに黒髪の若い偉丈夫が現れた!その方はお供の3人の女と一緒に、賊どもをあっという間に打ち倒してしまった!」

おお!という歓声とともに、拍手が巻き起こる。

「しかしだ、ここにいるアーロンさんの話では、打ち倒した10人の賊はただの前触れらしい。じきにもっと多くの賊が、この村を襲ってくるということだ!奴らに襲われた村の連中は、奴隷のようにこき使われるらしい……」


まあ…どうしましょ。これから太陽の復活祭だというのに。今からでも逃げる?でも一体どこへ?そんな呟きが村人達の間から聞こえてくる。


「そこでだ!この村を守るため、俺達を助けてくれたお方を村に案内した。それがこのお方、タケル様だ!」

「ささっ、タケル様、どうぞこちらへ!」

ダビドに勧められるまま、俺達は村人達の前に立つ。

え……これ何か俺も話さなきゃいけないやつ?


仕方ない。ここは覚悟を決めよう。別に嫌われようが何だろうが、俺達にはさほど関係ない。


「今紹介された、タケルだ。俺達5人はこの地に豚を買い求めにやってきて、偶然、そこにいるエステル達が襲われているところに出くわした。だから助けた。ただそれだけだ。先ほどルカさんが、“この村を守るため俺達を案内した”と言った。それは間違ってはいない。確かに俺達は請われてこの村にやってきた。だが間違っている。何が間違っているか、わかるかダビド?」


先ほど俺を村人の前に立たせた張本人に話を振ってみる。

ダビドは俯き加減に、しどろもどろに答える。

「いや……わかりません……」

「ではエステル、お前はどうだ。俺達がここにいる理由は、この村を守るためか。お前達は俺達を傭兵として雇ったのか?」


エステルは顔を上げ、毅然と答える。

「いいえ。私はあなたを傭兵として迎え入れたのではありません。この村を守る手助けをして欲しいとお願いしました。この村を守るのは、この村に生きる私達の役目です!」


「そのとおりだ。お前達が自分達の村を守るというなら、手助けはする。もちろん、俺達を雇って自分達は家で震えていたいなら、雇われてやってもいい。ただし、俺達を雇うなら即金で銀貨を用意しろ。紅、見せてやれ」

俺は腰に付けていた銀貨の袋を取り外し、紅に向かって投げる。


キャッチした紅が袋の口を開いて、近くの村人に見せた。

「一袋に銀貨が100枚入っている。これの5倍、500枚の銀貨を持ってくれば、お前達に雇われよう。どうする?」

この時代の銀貨は1枚3,000円ほどらしい。500枚で150万円。5人を雇うならし少々安すぎるぐらいだ。


そんな……銀貨500枚なんて準備できないぞ……豚を全部売れば……いや、全部売ったって半分にも満たない……

村人達が動揺している。

いやあ恐ろしく嫌われるだろうな。


「いいかお前達。今回の襲撃を俺達を雇って事なきを得たとしよう。次に襲われたらどうする?また俺達を呼ぶか?それとも他の傭兵を雇うか?その傭兵が銀貨1,000枚を要求したら、お前達は払うのか?」


それを聞いてエステルがはっとした顔でこちらを見る。ようやく俺の真意に気付いたらしい。


「あなた達!ここまで言われて、まだわからないの!?私達の村は私達自身で守るしかないの!私達が戦うというなら、タケルさん達は一緒に戦ってくれる。もちろん私も戦うわ!私と一緒に戦ってくれる人はいないの!?」


「俺は戦う!」「俺もだ!」

真っ先に手を挙げたのはダビドとイサーク。先の遭遇では全く見せ場がなかったから、今回は張り切っているといった感じか。


ルカとアーロンが手を挙げると、次々と男達が手を挙げた。


「女達だって戦えることはあるぜ!怪我人の救護や食事の準備、腕っぷしに自信がある奴は男どもと肩を並べることだってできるだろ?どうだ!」

紅の煽りに応えて、女達も次々と手を挙げた。


「採決を行う!村の皆で戦うことに反対の者は自分の家に帰るように!」

流石にこの条件で自分の家に帰ろうとする者は誰一人いなかった。少々ズルい言い方だが。


「村の全員で戦うことに決まるが、それでよいのだな?」

「おう!俺達の村は自分達で守るんだ!」

「そうだ!奴隷になんてなってたまるか!せっかく拓いた村だ!俺達全員で守ろう!」

皆口々に叫ぶ。うまい事乗せられたようだ。


「よし、皆の熱意はわかった。俺達も協力しよう。では村の代表者は前へ」

「私が村の代表を務めております。エステルの父、ハコブです。ですが私に戦いの指揮などできませぬ。どうか我らの指揮を執っていただきたい」

代表者として進み出たのは、エステルの家で会った人の良さそうな中年の男だった。

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