123.エステルの村に向かう
とりあえず紅の頭を一発引っぱたいてしまったのをパワハラとか体罰とは言わないで欲しい。
エステルの案内で村へと向かい始めたが、小夜から鬼のように着信がある。
よし、選手交代だ。紅に代わって小夜……
「え~それはないぜ!?今から俺が必要なんだろ!」
「誤解させるような言い方をした紅が悪い。あ、私はタケルの一番弟子だからついて行く」
「私がいないと通訳が難しいだろうから、私もついて行くよ!やっぱ紅姉が交代するしかないじゃん」
しゃがみ込んで頭を抱えていた紅が、突然立ち上がる。起死回生のアイデアを思い付いたらしい。
「じゃあ小夜も連れてくればいいじゃん!あいつ置いてきぼりだから拗ねてんだよ。なあタケル!いいだろ?」
「ダメだ。時差8時間って言ったろう。こっちが中天だから里はもう夜だ。こんな時間から連れまわせるか!」
「ん?それが理由なら、今から紅と交代させても同じなのでは?」
黒が冷静にツッコミを入れる。まあ確かにそうだ。
「タケル。小夜なら大丈夫。自分の身ぐらい自分で守れる」
「私達もいるしね!紅姉は敵に突っ込んじゃうけど~」
まあこの二人を護衛に付けていれば大丈夫か。遅かれ早かれ、海外には連れていくつもりだったしな。
「仕方ない。本人が望むなら小夜も連れてこよう」
そういって俺は小夜からの着信に出る。通信が繋がるなり、小夜に向かって言った。
「すまん小夜。手伝ってくれ」
「え……タケルさんどうかしたんですか!?」
「豚は手に入れたんだが、代わりに豚を提供してくれた村の米と麦の収量を上げられないか検討したい。俺だけでは手が回りそうにないんだ」
「了解です。紅姉は脳筋だから、そういう事には役に立たないですよね~!」
「おい小夜!聞こえてるぞ!」
「タケルさん!今から行ってもいいですか?」
「大丈夫か?眠くないか?というかもう寝間着だろう?来るならちゃんと着替えて……」
「大丈夫です!もうタケルさん達と同じ服に着替えてます!黒ちゃん!門開いてくれる?」
「了~解~」
小夜め……行く気満々で着替えまで済ませていたらしい。
黒が門を開くと、小夜が中から飛び出し、そのまま俺の首に抱きついてきた。
その光景を見て、エステルと村の4人が呆気に取られている。精霊が見えない者にとっては、何もない空間から人が飛び出してきたようにしか見えない。腰を抜かさなかっただけマシというものだ。
「タケルさん!お待たせ~!!」
「ああ。急にすまなかった。ありがとう」
俺は小夜を首から外しながら、エステル達に紹介する。
「この子はサヨ。栽培品種の改良が得意だ。まあ……俺の娘みたいなもの……痛っ!」
「タケルさん?前から言おう言おうと思ってはいましたが、いい機会だからはっきり言います。いい加減私達を子供扱いするのはやめてください!ましてや自分の娘とか!!」
小夜が俺の耳を掴んで引きよせながら言う。
「あっ!失礼しました。私はサヨ。タケルさんの嫁の一人です」
改めて小夜がエステルに自己紹介している。
「Unu el la fianc^oj……??Pligamio!一夫多妻なのですか!?」
どうやら“嫁の一人”の翻訳に失敗したらしい。まあなかなかそういう表現はしないだろう。
「まあ他のお嫁さん候補は、まだ探し中みたいですけどね。タケルさん?」
「え……まあ……そうだな」
別に長い付き合いになる相手でもなし、円滑に進めるための嘘は方便というやつだ。
「とりあえずさあ、進まないか?もう昼も過ぎちゃうぜ?」
この騒ぎの原因となった癖に、紅が皆を促す。
エステル達5人と俺達5人の合計10人で、エステルの村を目指す。
直線距離なら500mほどのはずだが、こちらには馬もいるから、遠回りにはなるが一旦街道まで出てから村を目指している。
小夜は白と一緒にエステルから村のことをいろいろと聞き出していた。
エステル達はセビリアから派遣された開拓民という位置付け。といっても、派遣されたのは先々代で、ルカやアーロンが第二世代、エステルやダビド、イサークは第三世代のようだ。
開拓民の主な役目は農作物や肉を市内に供給すること。代わりに市内からは安全の保障と不足する物資の供給を受けることになっている……らしいが、安全の保障という意味では心持たないというのが実情らしい。
セビリアは昔からある商業都市で、海からは海産物や渡来品の品々が、内陸部からは輸出する穀類やワイン、木材などが集まり、大層栄えているらしい。
ただし、その富も為政者が変わるたびに散逸し、なかなか庶民の暮らし向きは向上しないようだ。
「ねえねえ、エステルさんの村は、なんて呼ばれているの?」
「呼び名……ですか?単純にRinconadaと呼ばれています」
「“りんこなだ”?どういう意味?」
「隅っこって意味ですね。セビリアからみれば開拓村なんてみんな隅っこですから。あとは北の村とか、方角と組み合わせて呼ばれることが多いですね」
「なんかちょっと失礼じゃない?せめて地名とかないの?」
「そうですね……もっと村が豊かになったり大きなことを成し遂げたら、地名ができるかもしれませんね!」
「じゃあ村が豊かになるためのお手伝いをしなきゃだね!村で作っている農作物ってどんなのがあるの?」
「麦と稲、あとは葉物野菜と豆ですね。豚はたくさん飼っていますが、この時期は放牧してるので村の中にはほとんどいません。もうじき太陽の復活祭なので、お祭りの準備で忙しくなります」
「私達の里でも麦や稲は育ててるよ!あと豆やトウモロコシ、ジャガイモにサツマイモなんかもね!」
「“とうもろこし”や“じゃがいも”というのは聞いたことがありませんが……そいういえばサヨさんは農産物の改良が得意と紹介されていましたが、その若さでどうやって学ばれたのですか?」
「えっと、全部タケルさんに教えてもらったことだよ?」
「タケルさんに……やはりすごい方なのですね。先ほども神の奇跡の御業をお見せになられましたし、きっと聖人様なのですね!!」
紅が俺の傍でエステル達に聞こえないよう呟く。
「タケルよう……神の御業とか聖人とか言われているが……気づいてるか?妙に精霊が少ない」
「ああ。一神教のせいだろう。この地方はイスラム教国家とキリスト教国家が争っていたが、両方とも一神教だ。イスラム教は精霊の存在を認めてはいるが、キリスト教はそうではない。精霊達も自分達の存在を認めない場所には近づかなくなるんじゃないか?」
「そりゃ居心地が悪くなるからな。タケルや俺達に惹かれて集まり始めてはいるが、多く見積もっても里の五割ってとこだ。気を付けたほうがいい」
「一応、神の奇跡ってことで納得はしているようだが、魔女狩りにでも遭ったらたまらないからな。せいぜい気を付けよう」
そんな話をしているうちに、目的であるエステルの村が見えてきた。
粗末な土塁と板塀に囲まれ、十戸ほどの木造の家が建っている。
中心部には一段高い土盛りがあり、その上に物見櫓が立っている。
土塁と板塀の間を通り抜け木製の門を潜ると、エステルが振り返った。
「ようこそ“隅っこの村”、リンコナダへ!」




