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119.イベリア遠征

翌日の昼一番で、昨日と同じメンバーでヨーロッパ方面へ遠征する。

昨日と違う点は、完全に冬装備であることだ。


今日の服装はグレーの乗馬服に黒お手製の鹿革の革ジャン。

紅と黒、白も同じ乗馬服だが、上着は必要ないらしい。

その代わり紅は赤いバンダナを頭に巻いている。

武装は昨日と同じように小太刀のみ。必要に応じて黒の収納から武器は取り出せる。



白と黒による先行偵察の結果、フランスやドイツはすでに雪景色だった。

中世ヨーロッパの風俗を垣間見たい気もするが、目的が果たせなければ意味がない。

やむなく行先をイベリア半島に定める。何と言ってもイベリコ豚は元の世界でも人気の品種だ。


この時代のイベリア半島は、小国家が激しく覇権を争っている。


およそ500年以上に渡って続いたキリスト教勢力とムスリム勢力のイベリア半島の覇権を掛けた再征服活動レコンギスタは、1200年代中頃にはキリスト教勢力がジブラルタル海峡に到達し、グラナダを除く全域をキリスト教勢力の版図とすることで一応の終焉を迎えている。しかし今度はキリスト教勢力同士が反目し合い、小国家に分かれて争い合うようになっていた。


そんな半島に赴くのだ。当然……紅が張り切る。

「タケル!今度こそ俺の出番だよな!戦が起きてるんだろ?」

「いや、争っているといっても、四六時中戦乱が起きているわけではないだろう。そもそも別に戦場に赴くわけじゃないからな!」

「わかってるって!でも、万が一の時は今回は我慢しないからな!」

「紅姉が我慢してたことあったっけ??」

「あ!青姉に甘酒の順番譲ってたよ?」

「お前らなあ!そんなのは我慢って言わないだろ!」

……論点はそこなのか?


まあ昨日のムンバイ同様、俺達は一介の買い物客に過ぎない。静かに目的の物を見つけ、正当な対価を支払って去るのみだ。


目的地はイベリア半島南部の町、セビリア。北太平洋に面したこの地域は、地中海性気候の恩恵を受け、この時期でも雪や氷とは無縁の温暖な気候だ。

街の中心部を大きな川が流れ、川の下流域は湿地帯になっている。


白と黒の偵察映像では、赤い屋根に白い土壁の家々が、整然と並んでいる風景が広がっていた。

今回は都市部には用はない。むしろトラブルに巻き込まれる恐れしかない。


俺達は都市部を避け、およそ5kmほど離れた街の北に拡がる森林地帯の間を走る道沿いに降り立った。


里との時差は8時間。里で昼食を済ませて出てきたが、ここではまだ早朝の空が白み始めた時間帯だ。


森林は樹皮がゴツゴツした幹の太い常緑樹をメインに、数種類の常緑樹で構成されている。コルクガシやその他のカシの木のようだ。

足元には楕円形や先の尖った落ち葉に混じって、いろいろな形のドングリが落ちている。

落ち葉がところどころで掘り返されているから、やはり豚の放牧が行われているみたいだ。


豚の放牧というと馴染みが薄いが、ペストを克服しジャガイモが欧州の食文化を席捲することで人口が爆発的に増加するまでは、豚は放牧する家畜だった。


春から夏までは人里で育て、森の恵みが実る秋になれば森に放し放牧する。

放牧された豚は、森の中で人間が食用にしない木の実や虫などを食べ、すくすくと生長する。


ある程度育った豚は飼い主が回収し、食用にするという流れだ。

幼少期を人里で育った豚は飼い主の声を覚えており、放牧した森の中で飼い主が呼べば、そこかしこから豚が集まってくるらしい。


これだけ落ち葉が堆積していれば、少しひっくり返せば虫や小動物が出てくるだろうし、ドングリもたっぷりと落ちている。いや実に合理的な放牧だ。


そんなことを話しながら、とりあえず目的の豚を探す。


「タケル、豚ってのはコークスみたいに薄い黒色のイノシシか?」

紅が小声でささやく。

3Dスキャンを使うまでもなく、あっさりと紅が発見してしまった。まあ豚と言っても原種はイノシシだ。紅の野生の勘にはかなわないのだろう。

「ああ。多分この地方の豚は黒豚だからな」

「え?豚って白っぽい毛が薄いイノシシじゃないの?タケル兄さんの図鑑に載ってた豚さんは白っぽかったよ?」

「豚にもいろいろな種類がいるからな。この地方の豚は黒い体毛に黒いひづめが特徴だ」

「まあ美味しいお肉なら何色でもいい。肉はたぶん黒くない」

そうだな。黒い肉はいくらなんでも食べたくない。


とりあえず豚がいることはわかった。あとは買い取りを交渉できる人間を探さなければならないが……

「白、周辺に民家か人影はあるか?」

「ちょっと待ってね……あった!北にだいたい1kmの地点に集落っぽい木造家屋があるよ!人影は……集落から出てきた人達がいる。5人でまとまって、こっちに向かってくるよ。森の中は木が邪魔をして見えない」

「見つかったとは思えないが、念のためマーキングしておこう。黒!頼む」

「了解」


あとは森の中の探査だ。3Dスキャンを使って、半径1kmに絞って探査する。

すると、およそ500mほど北の地点で10名ほどの人影を発見した。ちょうど最初に見つけた5人組との中間地点だ。周りの豚の動きから察するに、豚を追いかけ回しているようだ。

ん?追いかけ回す??


「タケル、さっきの話だと、人が飼っている豚は自分から寄ってくる……じゃなかった?」

黒も同じ疑問を感じたようだ。何かがおかしい。

「なあ、何か変だぜ。血の匂いがする。行ったほうがよくないか?」

「よし、移動する」

そう言って俺達は豚達が逃げ惑う地点へと移動を開始した。


森と言っても疎林に近い。大きく枝を伸ばした常緑樹の下は日の光が届きにくいから、下草が少ない。

さほど苦も無く、10人ほどの集団に近づき、コルクガシの大樹の陰に身を潜めた。


倒木の近くで、男達が大きな豚を囲み、矢を射かけ槍で突いている。

その周りでは、数名の男達が網を広げ、豚を追いかけまわしている。こちらは生け捕りにするつもりのようだ。

現に、男達が乗ってきたのであろう荷馬車の荷台には、10頭ほどの豚が詰め込まれている。


「なんだあいつら、下手くそだな」

紅が吐き捨てるように呟く。一応狙いは付けているようだが、刺さりも狙いも甘い。

致命傷にもならない傷は余計に大きな豚を興奮させ、暴れさせる。


しかし見ているだけで不愉快になる光景だ。

狩りが神聖なものとは言わないが、もっと獲物に対して敬意を払うべきだ。


俺や紅は極力一撃で獲物を絶命させるよう努力している。苦痛が肉の質を落とすという側面もあるが、一番の理由は獲物に対する敬意だ。

別に東北のマタギのように獲物の心臓を山の神に捧げるようなことまではしないが、命をいただくという点に感謝を忘れたことはない。


しかし、家畜に対してこんな屠殺とさつのやり方をするとは……こいつらは放牧している者達ではないのか。豚泥棒か、あるいは単なる盗賊だと考えれば合点がいくが。


「どうするタケル、止めさせるか?」

紅が聞いてくる。一応指示を仰ぐ聞き方をしているが、止めるべきだという強い意思が込められている。

「ああ、止めよう」

そう言って指示を出そうとしたその時だった。



「あなた達!そこまでよ!!」

若い女の声が、朝もやがまだ残る森を貫いて響き渡った。

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