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12.行商人を助ける②

駆け寄ってきた小夜が、そのまま飛びついてくる。かろうじて手は首にかかったが、身長の関係でそのまま首にぶら下がってしまう。仕方ないので腰に左手を回し、少し持ち上げる。軽い…そして薄い。

「助けてほしいとは思ってたけど、タケルさんが斬られちゃったらどうしようと思ってた…無事でよかった…」

半分泣いているような声で耳元で囁いてくる。


そうか…小夜を守れたのか。この小さな子供が傷つかなくてよかった。そしてトラウマになるような殺し合いにならなくてよかった…そう思って気づいた。戦いを決意してから、全く自分が殺されるとは心配していなかったのだ。


確かに最悪の場合は精霊の力を借りれば無傷で凌げるだろう。リュックサックから猟銃を取り出せば、あるいは黒い精霊の窓を使えば、長距離からの狙撃で済んだのだ。だがそうはしなかった。結局追い剥ぎ達との真正面からの斬り合いを選んだ。斬り合いと呼べるのは頭との一戦だけだったかもしれないが。

そして斬り合ったあとでも不思議と落ち着いている。自分が無傷だったことよりも、小夜が無傷だったことの方が嬉しい。

これが子を思う親の気持ちだろうか…

「小夜が無事でよかった…小夜のためなら俺は大丈夫だよ」

そう小夜の耳元で囁き返す。俺の首にかけた小夜の手の力が、一層強くなった。


視界の端で何かが動く。そういえば行商人の存在を忘れていた。

「あのう…」小夜と顔見知りだった行商人が声をかけてくる。

「助けていただいて本当にありがとうございました。小夜ちゃんのお知り合いですか?」

そう問いかけられたので、小夜の腰を何度か叩き、小夜を地面に下ろす。素直に下りてくれたが、そのまま俺の左手を胸に抱えて離れない。

「確か塩の行商をされているんですよね?ケガはありませんか?」そう尋ねると、行商人達もようやく安心したようだ。目の前でほぼ一瞬で追い剥ぎ達が倒されたのだ。化け物扱いされても仕方ないだろう。

「はい…私達は無事です…小夜ちゃんの…お兄さんですか?」

お兄さん?何を言っているのだろう。そういえば、先程の追い剥ぎも俺をガキ扱いしていたが…ふと思いついて、小夜に小声で尋ねる。

「小夜…このおじさんと俺だと、どっちが年上に見える?」

小夜は驚いた表情で行商人と俺の顔を見比べ、驚愕の発言をした。

「えっと…タケルさんのほうが一回り下…かな?」


ええええ…そういえばこの世界に来てから、自分の顔を鏡で見てはいない。いやそもそも鏡を見る習慣など、会社員を辞めてから等に忘れている。

確かにこちらの世界の初日で、自分の身体が大学生の頃並みに引き締まったとは感じていたが…

塩の行商人が怪訝そうな顔でこちらを見ている。

「ああ…小夜の兄だ。今回の冬はだいぶ厳しくってな。心配になって里に帰ったら、両親が死んでいた。小夜をひとりにするわけにもいかず、こうして連れ歩いている」

そう言うと、小夜が腕を引きながら言った。

「タケルお兄ちゃん!この人はうちの里に何年か前から来てくれていた塩のおじさんだよ!他の人は初めて見るけど、同じ行商人さんだと思う!」

小夜も話を合わせてくれた。賢い子で助かる。


「そうでしたか!いや、去年の実りが乏しかったのは聞いていて心配していたんです。そろそろ田植えの時期ですし、その前に顔を出しておこうと思って向かっていた途中でした」

そう言って、残りの2人の行商人を手招く。

「こちらの2人は主に布と毛皮を扱う商いをしている親子でして、彦兵衛と権太といいます。私は塩を扱っております、弥太郎でございます」

何とも古式ゆかしい名前だ。彦兵衛は30歳後半だろうか。20代手間とおぼしき息子に、行商を教えているにだろう。弥太郎は20代半ばだろうか。3人とも身長150cm前後で、俺より頭一つ分小さい。

「小夜の兄でタケルと言います。数年前から里を離れ、各地を巡っていました」

そう言うと、行商人達は何かを納得したようだ。

「武者修行の旅ですか!あの里にそんな剛の者がいたとは聞いたこともなかったですが、そんなお兄さんならあの強さも納得できます!」

うまい具合に勘違いしてくれたようで助かった。

行商人に今後の予定を聞いたが、今回の行商は中止し、一旦宰府まで下るそうだ。助かったとはいえ、この辺りに悪党がいたことは報告しなければならないらしい。


さて…この追い剥ぎどもをどうしよう。幸か不幸か、全員息がある。そういえば追い剥ぎにはどんな刑罰が待っているのだろう。

彦兵衛に聞くと、追い剥ぎや荘園を襲う連中は悪党と呼ばれ、よくて島流し、まあ普通は首を刎ねて終わり。島流しになるのは、それなりに身分が高い武士階級だという。一方で、追い剥ぎを撃退することは別に罪にはならないとのことだった。悪党は戦さに負けた側の武士や足軽がなることもあるし、敵対する荘園に雇われた者達のこともあるらしい。まあ食い詰めた傭兵のようなものか。

このまま捨て置いても特に問題はないだろうが、あとで逆恨みされても困る。自分がしてきた罪はきっちり償ってもらおう。


とりあえず出血を止め、弥太郎が持っていた荒縄で後ろ手に縛り、ついでに5人とも近くの木を抱かせるように縛り付けた。ちょうどよい具合に、辺りが白んできた。結局ほぼ徹夜だ。俺はともかく小夜は大丈夫だろうか。

悪党どもを少しだけ緑の精霊で覆うと、次々と意識を取り戻した。状況が把握できず、キョロキョロと辺りを見渡している。

その視線が俺の顔で止まり…一斉に悲鳴を上げた。


特に最初に太刀で斬りつけてきた男の怯えかたがひどい。奥歯を嚙み鳴らし「助けて…」としか言わない。小石で倒された槍持ちの若者は、イマイチ状況がわからないようだ。まあ俺を目にすることなく意識が飛んでいたからな。

俺はゆっくりと悪党どもに近づき、頭の前にしゃがみ込む。

「さて…お頭さんよ…どうするね?」

頭は忌々しげに俺を睨みつけ、そして視線を逸らして吐き捨てた。

「殺せ!どうせ役人に突き出されても首を刎ねられるだけだ。今殺されても大差ない!」

頭の言葉を聞いて、槍持ちの若者はようやく状況を理解したらしい。

「嫌だ!俺はまだ誰も殺してない!ようやく頭の仲間になってこれで生きていけると思ったのに、どうして死ななきゃいけないんだ!」

おいおい、お前最初に権太を刺し殺そうとしただろう。早く一人前になりたかったってことか?

「まあいい。お前等を殺すのは簡単だが、それは役人達の仕事だ。お前等も何人もの命を奪ってきたんだ。最後はおとなしくケジメをつけるんだな」

そう言うと、まず土の精霊で悪党どもの体重を倍ほどに調整する。自分一人を担いでいるようなものだ。そう簡単には逃げられないだろう。

そうして、全員の足の縄を切り、立たせる。


悪党どもを頭一つ分高い位置から見下ろし、こう告げる。

「宰府に下り全員役人に引き渡す。逃げようとした場合その場で突き殺すから覚悟しろ」

悪党どもも観念したようだ。


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