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117.スンの農園から様々なものを買い取る

「さあ、食べてくれ。うちの皆が大好きなダールだ。このチャパティで包んで食べるんだ」

スンが勧める料理は、黄色いカレーのような煮込み料理だ。

中に入っているのは、割った豆と……何かの肉だ。チャパティはナンの様にも見えるが、膨らんではいない。発酵させていないナンだろうか。

紅が真っ先にチャパティにダールを包み、齧り付く。


「おう!辛いけど、旨いなあ。これ何の肉だ?」

紅がスンに聞いている。

「これは羊の肉だ。ヒンドゥーにとっては牛は神聖なものだし、俺達ムスリムにとっては豚は禁忌だからな。必然的に食べられる肉は鶏か羊、山羊ぐらいだ」

「ふーん。信じてる神様によって食べられるものが違うのか。難儀なことだなあ」

紅よ、そう言うが仏教徒なんかそもそも殺生が禁忌だぞ?



「この“ちゃぱてぃ”というのは、主原料は小麦粉?」

「そうだ。粉と言っても、荒く潰したものだから少し茶色い。それを水で練って焼いたものだ」

「発酵させて膨らましたりはしないの?」

「ああ。膨らませたものを焼く地方もあるが、この辺りではそのまま焼いてしまうな」

「そうなんだ。でもこれはこれで美味しいよね!」

「山芋なんか入れたら、もちもちしそう」

「やまいも?なんだそれは?」

今度は白と黒の会話にスンが入ってくる。


「これ」

そう言って黒が収納から長い自然薯じねんじょを数本取り出す。

「これは……球根か?」

「これが自然薯という種類の山芋。栽培するには手のひらぐらいの幅に切って、切り口を数日間乾燥させて土に植える。するとツルが伸びてくるから、支柱や杭に絡ませて育てる。だいたい半年ぐらいで収穫できる」

「これはどうやって食べるのだ?」

「そのまま皮を剥いて摺りおろしてもいいし、短冊状に切って酢や塩を掛けても美味しく食べられるよ!焼いても油で揚げても美味しいし、すり潰した魚やお肉に山芋を混ぜて焼くのが人気かな!」

「そうか。これをいただけないだろうか?ぜひ農園で育ててみたい」

「タケル?いいよね?」

「もちろんだ。この食事のお礼として受け取ってくれ」

「ありがとう。大事に育てる。ではそろそろお前達が必要な物を選びに行くか」



スンの農園からは様々なものを入手できた。

胡椒は挿し木で増やすそうだが、スンの勧めもあって小振りの苗を5株にした。

月桂樹や肉桂の苗木も3本ずつ選び出した。

ゴムの木は若い枝を数本切り取り持ち帰る。スンは一体何に使うのかと怪訝そうだ。

忘れてはならないのがサトウキビだ。これは茎を土に埋めれば芽がでるから、良く育ったものから10本選んだ。


「なんだ?たった10本でいいのか?」

スンが聞いてくる。

「10本と言っても、増やす時には肘ぐらいまでの長さに切って使うだろう?この長さなら1本から10本取れる。一気に百株になってしまうぞ」

「まあそうだな。それだけの畑を拓くのも大変か」


そんな話をしながら池までの道を歩いていると、目の前にクジャクのつがいが現れた。

「え……クジャクまで飼っているのか?」

「いや、あれは野生だ。わざわざ飼うほどのものじゃないが……持って帰るか?」

いやいや、雄は尾羽まで入れれば2mを超えるビッグサイズだ。とてもじゃないが……

「いいのか!?じゃあ連れて帰る!白!黒!この前のヤギ狩りの要領で行くぞ!」

はい、紅さんならそう言うと思っていました……

白が作る風の壁に行先を制限された哀れなクジャク達は紅に追い立てられて黒の持つ収納への入り口に突進し……敢えなく収納されてしまう。


「いやあ綺麗な鳥だったから、里を闊歩させたら似合うだろうなって思ってな!つい獲っちまったぜ。いいだろうタケル?」

事後承諾を求めるんじゃないよ。

「いやクジャクは飛ぶぞ?逃げ出したらどうするんだ?」

「それなら羽を少し切っておけばいい。家禽はみなそうしているだろう?飛べないことがわかれば、じきに逃げ出すことを諦める」

スンが余計なアドバイスをする。

「……お前が面倒見ろよ。鶏担当の子供達には荷が重すぎるぞ」

「了解!馬やヤギと一緒に、俺が面倒見るよ!」


「他に何か必要なものはあるか?羊なんかどうだ?肉は旨いし、羊毛も獲れるぞ?」

羊かあ……羊毛は魅力的だが、なにせ放牧が必要だからな……確か10頭あたり1㏊、つまり100m四方の草地が必要だったはずだ。

ここは家畜担当の紅の意見を聞いてみよう。

「ん?100m四方の草地?そんなの河川敷を使えばいいじゃん。そろそろ子犬達にも仕事をさせないといけないし、連れて帰ろうぜ!」

紅ならそう言うだろうな。

「それなら雄2頭と雌3頭を連れて行くといい。ちょっと農園の入り口で待ってろ」

そう言ってスンが近くにいた若者を連れて、どこかに向かう。


待ってろと言われた俺達は、大人しく農園の入り口で待つことにした。

「しっかし、色んなものを手に入れたな!これで一気に里がにぎやかになるぜ!」

「いや、これからが大変だぞ?植物や動物は検疫と順応のために、しばらく隔離した環境で育てなきゃならん」

「検疫……?ってなに?」

「里にはない病気や病原体を持ち込んでいないかの検査だ。幸いヤギにはそういった病気は無かったが、今回は土ごと持ち込む苗があるからな。その土が原因で、一気に里の作物が枯れたりしたら洒落にならん」

「確かに。順応とは、温度や湿度、水に慣れさせること?」

「そうだ。水は大丈夫だろう。この辺りは硬水つまりイオン濃度の高い水だが、里で使う水は軟水だからな。軟水から硬水への切り替えは大変だが、硬水から軟水への切り替えはさほど問題にはならない。問題なのは温度と湿度だ」

「この暑さから、里の寒さに慣れさせなきゃならんからなあ……やっぱり白の出番か?」

「そうだね!私が結界を張って、紅姉が暖めれば解決だね!」

そう、結界を張って加温または冷却すれば温度と湿度の問題はクリアできる。小夜・椿といった、複数の精霊を同時に使役できる者でも同じことは可能だが、持続時間が短い。寝たりして意識が途切れると解除されてしまう。

その点、精霊自身である式神達は持続時間という概念がない。精霊達が意思を汲み取って、勝手にやってるだけと表現したのは黒だったか。


そんな話をしていると、市場のほうからスンたちが戻ってきた。

ラバが引く荷車には、羊が5頭乗っている。

それと、一緒に連れて行った若者が握る手綱には……ラバよりも更に一回り小さい生き物が繋がれている。あっちはロバか。


「お待たせした。受け取った砂金で、羊とロバを買ってきた。ロバはつがいだから役に立つだろう」

スンが黒を促し、荷台から直接羊を収納させた。ロバも同様に手綱ごと収納してしまう。

「それと、先ほど預かった銀貨を両替したものに、砂金の余りを銀貨に変えたものだ。少々増えたが」

今度はスンが俺に布袋を手渡す。ずっしりと重い。中を覗くと、同じドゥニエ銀貨が入っていた。

しかし量がかなり増えている。

「銀貨の両替分が1.5倍、砂金の余りを換金した分も加えると、だいたい3倍といったところだ」

「ん??スン、お前の取り分は?」

「手間賃として銀貨10枚は受け取った。それで十分だ。それと、これはお土産だ。里の子供達に食べさせてあげるといい。羊肉の串焼きだ。黒い収納は時間も止まるのだろう?」

「ああ。ありがとう」

「あとこれは里の女性達に渡してくれ。高価なものではないが、先ほど白いのが熱心に見ていたからな」

今度は白が包みを受け取る。

「いいのか?」

流石に土産といっても貰いすぎだ。包みの中身は宝石をあしらった装飾品アクセサリーだろう。

「気にするな。代金はちゃんと銀貨から引いてある。代わりに買い物をしてきたと思え。どうせ市場に連れていくと収拾がつかなくなるだろう?」

全くその通りだ。しかし良く気が利く男だ。


「紅姉、何か言いたいことは?」

「あ~いや特には……いや!不愛想とか変な奴とか言って済まなかった!」

「なに、気にするな。いつも言われていることだ」

スンは笑って紅をなだめている。付き合えばいい奴というのはこういうことだったのだろう。


「それより、お前達はどうやって帰るんだ?」

「それは簡単。私が門を開けば、直接里に戻れる」

「門?」

「門。タケル?いい?」

俺が頷くのを確認して、黒が門を開く。

「これは……収納ではないのか?収納されて一体どうやって移動する?」

「いいから中に顔を突っ込んでみろって!」

紅が促すと、スンは恐る恐る顔を門の中に入れる。

しばらく体だけバタバタさせていたスンが、顔を門から引き抜く。


「なんだあそこは……寒いぞ!」

「まあ向こうは冬だからな。温かくなればいい場所だぞ。春になったら迎えにくるから、今度はスンが俺達の里に来てみないか?」

「寒くないなら大丈夫だ。お前の国にも行ってみたいからな。是非迎えに来てくれ」


俺とスンは固い握手をしてから別れた。

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