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116.精霊(ジン)使いとの邂逅

異国のジン使いと言ったか。

イスラム世界でのジンと言えば、精霊や妖怪・魔人といった、およそ人にあらざる存在の総称だったはずだ。俺に向かってジンを使役する者だとスンは言った。つまり俺や紅達の存在を見抜いたということ。


気付けば紅と黒が静かに俺の両隣から一歩前に進み、白が俺の斜め後方に陣取っている。


スンが少しでも危険な動きをすれば、紅が抜刀してスンに襲い掛かり、白がすかさず結界を発動、その間に黒が門を開き俺を押し込める、そんなフォーメーションだ。


しかし、問題のスンに目立った動きはない。紅・黒・白をしげしげと見ながら、何やら呟いている。

「人型の精霊ジンとは珍しい。普通はタカやライオンを使うものだが……」

どうやら俺達のことに気付いてはいるが、純粋に興味を持っているだけのようだ。とりあえず差し迫った危険はないものと判断する。


「紅、居合の構えを解け。白も結界発動準備はしなくていい。黒もだ」

そういうと、少々残念そうな表情で紅が振り返る。


「そう残念な顔をするな。お前達が暴れると、この農園で働く人達に迷惑がかかる。お前達も見ただろう?」

最初に会った恰幅の良いお姉さん以外にも、農園にはいきいきと仕事をしている老若男女様々な人達がいた。スンの足元にまとわりつく子供達の数は、そのままスンが慕われている証だろう。

「まあなあ……あれだけ子供がくっついてくるってことは、良いご主人様をやってるんだろうけどな」

「不愛想だけど」

「でもタケル兄さんも大概不愛想だよね。しかも偉そうだし」

こら、白よ。俺がいつ誰に偉そうにした?


「え?タケル兄さん気付いてないの?私達とか子供達には全然だけど、他の集落の人達にはすっごく偉そうにしてるよ?特に話し方とか」

「実際偉いから仕方ない。タケルは長老のような雰囲気を醸し出している」

ああ。そういうことか。実際、他の集落の村長達とは精神年齢で言えば同世代なのだ。


「タケルよう、そんなことより、こいつどうするよ?」

気付くとスンが紅に近寄り、髪に触れたり頬っぺたをつついたりしている。

「やめっ!触るなって!」

「ふむ……どこからどう見ても人間なのだが……本性は火か……しかし……」

スンが紅の正面から両手で紅の顔を挟み、目を覗こうと顔を近づけた瞬間、紅が爆発した。


「ぐえtttっ」

強烈なアッパーカットを顎に受けたスンが、潰されるカエルのような鳴き声を上げて3mほど吹き飛ぶ。

「あ、タケル悪りい……つい我慢できなくてさ」

「やっぱり紅姉に我慢は無理だった」

「いや今のはどう考えてもこいつが悪いだろう!黒!お前ならどうしてた!」

「迷わず左右から小太刀を叩き込む」

「お前のほうがひどいじゃないか!!」


スンがよろよろと立ち上がる。

「すまん、つい我を忘れていた。失礼した」

「ほう……今のを受けて立ち上がるか。お主なかなかやるのう……」

紅、これはバトル主体の話ではないぞ。というか紅に場を任せると、どうしてもそっち系に行ってしまう。

「こちらこそ、うちの若いのが失礼した」

紅を押しのけて頭を下げる。

スンも軽く頭を下げてから、再度問うてきた。

「それで、ジン使いが我が農園に何の用だ?」


「実はな……」

そう言って俺は話を切り出した。別に隠すようなことではない。

遠い東の島国に領地を得たこと。そして領内の身寄りのない子供達を多数迎え入れたこと。

今後、領内で同じような境遇の子供達を増やさないためには、生活水準の底上げが必要であること。

そのためには、新たな農作物や家畜が必要なこと。

その作物や家畜選定し、世界中を探していたこと。

それらの一部がこの地にあることを知り、対価を携えて訪れたこと。


スンは時折頷きながら、黙って俺の話を聞いている。

「これが対価の金と銀貨だ。これで俺達が必要とする物を売って欲しい」

そう言って巾着袋の中身を見せる。

「これは砂金と……ドゥニエ銀貨か?いや……ドゥニエ銀貨にしては異様に純度が高い」

「ああ。銀の板を見せても仕方ないと思ってな。刻印を押させてもらった」

「まさか自分で鋳造したのか?」

「そうだ。現物がなかったから、純度までは分からなかった」

「そうか……これは相応の銀貨と交換してやらねばな。しかし遠い異国にも俺と似たような考えを持つものがいたとはな」


「似たような考え?」

俺が問うと、今度はスンが語り始めた。


「ああ。この農園で働く者達は、皆この地では不可触民ダリットと呼ばれている、カースト階級の外側に置かれた者達だ。俺は10年前にこの農園を継いだ。最初は途方に暮れたが、これは神が与えた機会だと思った。ずっとダリット達を何とかしたいと思っていたからな。ダリットとは、先祖の職業によって身分を固定された者達だ。触る、あるいは声を聴くだけでも穢れる存在とされ、数百年に渡って厳しく抑圧されてきた。だからまずは近くのダリット達を迎え入れ、この農園で働いてもらうことにした」


「そうか。しかしお前自身や以前から農園で働いていた者達は抵抗がなかったのか?」

「俺達の祖先はアラブだからな。そもそもカーストに縛られてはいない。親父の下で働いていた者達も、優しくダリット達を迎え入れてくれた」

「それは良かったな。それで、俺達をジン使いとジンと呼んだな。ジンとは目に見えない存在のことだろう?それが分かったということは、お前も?」

「そうだ。俺もジン使いだ。と言っても俺の力は風を抑えたり作物の成長を手助けする程度。お前たちのように人型のジンは初めて見た」

「まあそうだろうな。俺達のような式神は、土の精霊を操れないと作り出せないからな」

そういって紅達が会話に入ってくる。


「土?お前は火の精霊ジンではないのか?」

「おう!本性は火だぜ?でも体は土の精霊が造っているからな」

「その土の精霊を固定化しているのが、タケルの力。ちなみにこっちの白い子は風、私は虚無」

白がペコリと頭を下げる。

「お兄さんも私と同じ力が使えるよね?だから私のこと最初にじっと見てたんでしょ?」

「ああ。そのとおりだ。しかし精霊ジンを人型にするとは……風の精霊ジンを集めて鷹や鷲を形作ることはあるが、まさか人型にして、しかも自律させるとは思いもしなかった。てっきり魔人か何かだと思っていたのだが、どうも違うようだからな」

いきなり紅に吹き飛ばされたスンだったが、別に根に持っているわけではなさそうだ。


「よし、決めた。この農園にある好きなものを持って行ってくれ。対価はこの砂金でいい。銀貨はこの地で使えるものに両替してやろう。それでどうだ?」

「ああ。よろしく頼む」

「ではとりあえず飯にしよう。お前達も食べていくがいい」

そういってスンは迎えに来たであろう年配の女性と一緒に歩き出した。


「飯だ飯!とりあえず腹減ったな!」

「香辛料を使った料理が出るのかな?楽しみ!」

紅と白がスンの後を追って走り出す。俺と黒も後を追う。


石造りの二階建ての家では、10人ほどの男女が車座になってスンの到着を待っていた。

「客を四人連れてきた。少し間を開けてくれ。あと、誰か銀貨の壺を持ってきてくれ」

そうスンが促し、俺達も車座に加わる。


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