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113.入植者を迎える準備をする

ようやく暦が確定した。

昨夜は青と黒にも協力してもらい、元の世界のカレンダーから今の世界の暦への返還作業を行った。

厳密には閏年や閏月があるのだろうが、この辺りは年明けに陰陽師が入植したら調整しよう。


いずれにせよ今は文永八年霜月、西暦に直すと1271年11月の半ばだ。

元の世界の史実どおりなら、あと三年で蒙古襲来が起きる。

恐らく今頃は元から京都の朝廷へ何度も使者が派遣されていることだろう。

まあ、この里にも筑豊の国にも、今のところ戦火の兆しはない。

防衛戦の準備を始めるのは、文永十一年に入ってからにしよう。


まずは目の前の仕事を片付けることにする。入植者が一か月半後にはやってくる。

入植者だから最初は何もない原野でいい……というわけにはいかない。

相応の覚悟はしてきてもらうが、約束通り水利の確保と最初の宿舎ぐらいは準備しておかなければならない。



麦と冬野菜の種まきを終えてから、大学建設の仕事に取り掛かる。


まずは敷地のススキを刈り、ざっくりと区画を決める。

自噴しない程度の深さにある地下水脈の位置を中心に広場を設定し、その北東側を住居エリアとする。

住居エリアを幅5mの道で囲み、道に沿って水路を掘る。

この辺りの基本コンセプトは里と同じだ。

違うのは敷地の東側に貯水池を設けたことと、北側に遊水池を設けたこと。

貯水池は文字通り水を貯める場所だが、遊水池は逆に余分な水を地下浸透させる場所だ。

池や水路を掘ることで出た土砂は、住居エリアや道路の底上げに使用した。


肝心の泉から大学まで流すメインの水路は総延長500mほどにもなった。

幅2mの範囲で砂礫層を取り除き、粘土層を露出させてから水路の壁に粘土を塗り板を張る。

黒の見立てどおり一か月を要する大工事となったが、一か月で終わったと評することもできるだろう。


取り除いた土砂のうち、住居エリアの底上げにも使用しなかった分で周囲に土塁を築く。これは防衛設備というより害獣や山崩れによる土砂の侵入防止だ。


最初の住居は、新しく子供達の家として建てた家をそのままコピーした。

入植者達が実際に住む家や工房は大工が到着してから建てればいい。それぞれの希望やこだわりがあるだろう。

入植者達が落ち着いたあとは、この家はそのまま集会所にでも使おう。


これらの作業を進めている合間にも、ちょくちょくと様子を見に来る近隣集落の者が増えた。

縁の深い小野谷おのだにや交易を行っている大隈おおくまの連中が多いが、穂波ほなみ飯塚いいづか、遠くは神湊こうのみなと宮地みやじといった海沿いの集落からの訪問者もいる。


最初は訪問者と会うことを嫌がっていた椿や平太といった近隣集落出身の子供達も、回数を重ねるにつれて忌避することはなくなった。むしろ自分達がどれだけ幸せに生活しているかを誇示するかのように作業に打ち込むようになった。



それにしても、訪問者のほぼ全員が作業の様子を見て驚きの声を上げ、里の蔵の中を見て愕然とし、子供達のおやつを食べて歓声を上げ、お土産にソーセージを買い求めていくから、ソーセージがいくらあっても足りない。

紅がお土産用にとウサギ肉で小ぶりのソーセージを作り始めたほどだ。

「タケルよう、この調子じゃこの辺の獲物だけじゃ足りないぞ?もう寒くなるし、獲物も獲りにくくなる。本格的に畜産を始めたほうが良くないか?」

危機感を覚えた紅が母屋で相談してきた。師走も半ばに差し掛かった頃だ。


「こうなるのも想定して、物々交換ではなく銭で支払えにしていたんだがなあ……」

「この辺りの集落では肉食の風習は無かったはずですが、この人気は異常です。牧畜を行うにも、里の牧場の面積は限られています。旦那様が以前仰っていた豚というものを導入するべきでしょうか」

青の提案も最もだ。豚なら牛やヤギのように放牧は不要だし、一年も飼育すればイノシシとほぼ同等の肉が手に入る。このままではイノシシやシカを狩り尽くしてしまう。


捕獲したウリ坊は立派なイノシシに成長し、紅や他の子供達にも懐いているが、外見はイノシシのままだ。

緑の精霊による成長促進も試みたが、芳しい成果は上げられなかった。


確かに緑の精霊の力を借りれば、大きく立派に、そして短期間で成長するし、妊娠期間も短縮できた。

このまま何世代も飼育し、選抜を繰り返せばあるいは豚のように家畜化できるかもしれないが、気の遠くなるような作業になるだろう。


この時代、ヨーロッパではすでにイノシシの家畜化つまり豚への品種改良がされているはずだが、手っ取り早くヨーロッパから入手するべきだろうか。


そういえば胡椒やゴムの木といった、到底日本では自生しない植物の入手も必要だった。

この機会に採集旅行をしてもいいかもしれない。


「あ!胡椒!ゴム!!すっかり忘れていた。タケル。いつ手に入る?」

さっそく黒が喰いついてきた。この流れでは海外での採集と仕入れは避けられそうにない。


しかし、海外から仕入れるといっても、最初の中東でのヤギ狩りとは訳が違う。

野生動物を仕入れることに意味はないのだ。海外で飼育されている、生きた豚を連れて帰らねばならない。

まさか盗むわけにはいかないから、とすれば現地住民との交渉が……言葉が通じるのか?


「それなら大丈夫。タケル兄さん最初に私達がやっていたことを忘れた?今でも続いているけど」

白が意味ありげな笑顔を浮かべる。

「この世界のどこに行っても、私達精霊は存在しています。私達は言葉を持たず、その地の精霊同士が意思を通わせるなど造作もないこと。そもそも私達精霊は全であり個です」

「だからね、タケル兄さんの発した言葉を他の国の言葉に翻訳して相手の耳に伝えるなんて簡単なこと。今でもやっていることだよ?」


そうだった……あまりにも自然だからすっかり忘れていた。

試しに精霊の力を切ってみると、今でも小夜の言葉がわからないところがある。それぐらい日常的に頼り切っていたのだ。

それなら割り切って存分に使わせてもらおう。

師走の残りの時間は、海外での採集と仕入れに充てることにした。


海外に向かうといっても、そもそも黒の門を使用するから、領内の視察とほぼ変わらない。

時差と、この地ほど平和ではない可能性があることを考慮しなければならないが。

とすると、同行するメンバーは……


「当然俺だろ。狩りと言えば俺、戦闘と言っても俺、俺を外す選択肢はないよなあ?」

「もちろん私も参加する。タケルの傍に控えるのは私の役目」

「ちょっと黒ちゃん!いつの間にそんな役目を勝手に!タケルさんの傍には私もいるからね!」

「小夜、怒る気持ちもわかる。でもタケルの一番弟子は私。タケルがそう言った」

「はあああああ?タケルさん何黒ちゃんに言ったのっ!」

「まあまあ小夜ちゃん落ち着いて?いろいろ誤解がありそうだから……ね?あ、もちろん私は参加するよ?私がいないと言葉が通じないでしょ」


そんな感じで騒ぎ立てる式神達+αを他所に、早々に青が辞退を申し出る。

「私は遠慮いたします。里のこともありますし、主要メンバーが抜けると、子供達が動揺しますから」

「そうだな。俺が不在の間は、今までどおり青に一任する。海外に向かうメンバーは紅と白、黒は固定。安全が確保されている場合にのみ小夜と椿に交互に参加して欲しい」

そう俺が告げると、小夜が手を挙げる。


「質問!どうして私だけでなく椿ちゃんも?」

「見分を深めるためだ。椿だけでなく、惣一朗や平太もローテーションに入れたい。子供達にとってはこの里が全てだ。桜や梅は領内を巡る旅に連れて行ったが、椿や平太達は災害復旧にしか連れて行っていない。里以外の、あるいはこの国以外の日常を見る機会はなかったはずだ。だからいい機会だし連れていく」

理由を聞いてしばらく小夜が考え込む。

「わかりました。でも、できるだけ一緒に行きますからね!」

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