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110.見学者の反応

里の東側一帯にズラリと並んだ10棟の高床倉庫を見せる。

入り口の階段を登り扉を開けると、ぎっしりと詰まれた俵が目に飛び込む。

ここからは青が説明してくれる。


「こちらの蔵は米倉です。俵は百俵、およそ四十石を二棟に分けて収納しています」

「こ…この米は全てこちらの里で収穫されたものですか?」

「はい。この秋の収穫分まで含めています。来年の種籾に使う分は除いていますから、ここにあるのは全て来年の収穫までの備蓄になります」


この里では春に麦が穫れるし、夏前には1回目の稲刈りを行う。この冬を乗り切れるだけの備蓄にしては多すぎるのだが、万が一領内を大災害が襲ったりすれば緊急支援も必要になる。作れる時に作って、貯められる時に貯めておくのも領主の務めだろう。


「まさか……たったあれだけの広さの田で、これほどの米が穫れるはずが……どこかに隠し田でもお持ちか?」

「いや、そんなものはない。里の水田の五反強のみで、この収穫を得ている」

「五反ですと?五反の田からは16俵も穫れれば十分のはずでは。どう考えても合いませぬ!」


ふむ…では俺からきちんと説明しよう。

「お前の田の反収はいくらだ?わかるか?」

「反収ですか…三俵といったところですな」

三俵、つまり180Kgだ。里の田の反収は800Kg近い。ここにまず大きな勘違いがある。

「俺の里の田の反収は13俵近い。だから一回の刈り入れでおよそ65俵、それが年二回で130俵。うち30俵は里の食料に回すから、毎年の余剰は100俵になる。計算は合うぞ?」


「少々お待ちください。今、反収が十三俵と仰いましたか?私達の田では良い年でも四俵、悪い年では三俵しか穫れません。その差は一体何故……」

「山野を拓き水を張っただけの田では、そんな収穫量は得られない。せいぜい反収6から7俵といったところだろう。しかも何年も使った田ではなおさら収量は落ちる。お前達の田がその状態だ。例えば洪水や山崩れの土が流れ込んだ田は、翌年の収量が上がるのではないか?」

「そういわれますと、そうですな。頑張って田を再開したご褒美かと思っておりましたが」

「田畑の土が持っている地力というのは無限ではない。数年で地力が底を尽き、痩せた土地になってしまう。だからその地力を補う必要がある。それが先ほど見せた堆肥だ。適切な時期に適切な量を施肥することで、地力は回復し収量は増える」

「では、あの堆肥というものを使えば、私達の田も同じような収量を得られますか!?」

「ああ。何倍もというわけにはいかないだろうが、今よりも確実に増える。お前たちの暮らし向きもきっと良くなる」


年貢というものは、その年の収穫量に応じて決められるわけではない。あくまでも田の面積によって予め納めるべき年貢の量は決められている。

不作だろうが豊作だろうが、徴収される年貢の量は一定なのだ。だから少しでも収量を上げれば、上がった分だけ農家の取り分が増えるのだ。


「では隣の蔵へ参りましょう。……こちらの蔵と隣の蔵には米以外の穀類や豆、イモ、日持ちのする野菜などが収納されています。天井から吊るされているのはトウモロコシと玉ねぎですね。どのように調理するかは、今夜の夕食でお楽しみください」

この蔵では見学者達の反応は今まで通りに戻った。

「この土色のイモは何かね?」

「それはジャガイモです。夕食でお出ししますので、お楽しみに」

「このトウモロコシというのはどんな味なのだ?」

「ああ…それも夕食に取り入れてもらうか。青、献立にトウモロコシは入っているか?」

いろどりで添える程度なら追加できます」

「じゃあそれで頼む。では次に移ろう」


次に、粉挽水車の水車小屋を見学していただく。

稼働している水車は3基。それぞれ脱穀・精製・そして製粉用に使用している。

水車小屋の中では、“ちよ”と“かさね”が麦の粉挽をデモンストレーションしてくれていた。


「外を流れる水路のお水が、水車を回して、この石臼を回すの。石臼の上の穴から麦を入れるとね、この隙間から粉が出てくるの!」

「私達の役目は、この穴に麦を入れることと、出てきた麦粉を回収することです。石臼を回すのは水車がやってくれるから、大きな石臼でも平気です!」


懸命に説明する二人に、豪農の一人が声を掛ける。おおかた自分の孫娘の姿でも重ね合わせたのだろう。

「お嬢ちゃんたち、ここでの暮らしは辛くないかい?」

「辛い?どうして??ご飯は美味しいし、タケル様も他のみんなも優しいし、私達でもできる仕事で里のみんなの役に立てているし。何にも辛いことなんてないよっ!」

「大隈での生活のほうがよっぽど辛かった。お父さんとお母さんが死んで、おじさんの家に引き取られたけど、朝から晩まで畑仕事をやっても食事がない日もあった。でもここでの暮らしは違う。午前中は勉強と修練、午後からは作業。『自分にあった仕事を見つけるには、いろいろな作業を経験する事』と言われて、本当にいろいろな作業をやらせてもらえる。そして食事は一日3回出る。これが一番嬉しい」


“ちよ”と“かさね”の言葉を聞いた見学者達が、きまりが悪そうに下を向く。

孤児たちの扱いは他の場所でも似たり寄ったりなのだろう。


「はい!では次の蔵へご案内します!」

青が見学者達を水車小屋から連れ出した。最後になった俺は、出ていく前に二人を抱き寄せる。

「お前達が里に来てくれてよかった。ありがとう。今後もよろしく頼む」

「はい!タケル様のためなら!」

「タケル兄ちゃん任せて!」


残りの蔵は五棟。それぞれ加工肉と乳製品・木炭・石炭、生糸と綿・麻、革や角・骨などの獲物から得た素材を保管している。


天井からぶら下がるソーセージを見て、その味を知っている氏盛が歓声を上げる。

「斎藤殿!一束土産として持って帰っていいか?いやタダでとは言わん。何と引き換えじゃ?」

「里の中で食べるのならタダにしといてやるが、持って帰るのは有料だな。対価は……一本五文、一束20本なら百文だ」

「文?渡来銭か。物々交換では……ダメだろうな。ここには何でも揃っておるしのう……」

「まあこれ以上に食料があっても仕方ないしな。銭であれば腐らないし、保管場所にも困らない」

問題は通貨価値が一定ではないことだが、これは使用者側からコントロールできることではない。


ぐるっと案内しているうちに、辺りがすっかり暗くなってしまった。

宿舎に戻ると、桜と梅そして白が食事の支度を整えてくれていた。

今夜のメニューは白ご飯・イノシシ肉の味噌汁・肉じゃが・焼きソーセージ。デザートとしてサツマイモと米粉から作った団子を添える。


宿舎の大部屋で車座になった宿泊者達は、早速食事を始めた。


いちいち給仕をするのもめんどくさいから、部屋の真ん中にドンっとお替りのお櫃と鍋、そしてソーセージを積んでおく。食べ終わった頃に片付けに来ると言い残して、俺達は退室する。

子供じゃないんだし、そもそも旅館でもない。本当は片付けぐらいやらせたいところだが、いい歳こいたおっさん達にそんな高度なことは難しいだろう。腹いっぱい食べてさっさと寝てもらおう。


肉を受け付けない者がいるかもしれないと思って、豆腐をメインにした精進料理も準備していたのだが、どうやら不要のようだ。

漁のために海へ向かうことが増えた紅達に海水を持ち帰ってもらい、にがりを作ったことで、里の料理に豆腐が最近加わっていた。特に白のお気に入りだ。触感と色が大好きらしい。

水分を抜きさえすれば日持ちする豆腐は、保存食としても非常に優秀だ。

豆腐料理は俺達の食事に消えていった。


食事を終えた見学者達にはあっさりと眠っていただき、俺と紅で適当に寝相だけを整えておく。

まあ宅飲みをやった後の状態みたいなものだ。このまま朝までぐっすり眠ってもらおう。

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